第四百九十六話:聖教勇者連盟の学び舎
外に出ると、太陽が少しばかり傾き始めていた。
恐らくだけど、多分三十分から一時間くらいで終わったんじゃなかろうか。話していた時間を含めると、もう少し短いかもしれない。
魔力を消費しないのはいいけれど、若干違和感が残るのは気になる。
霊体化は精霊がよくやるもので、一時的に体を魔力そのものに変換して物体をすり抜けることができる能力だ。魔力生命体である精霊だからこそできる技で、これによってありとあらゆるところに登場することができる。
私も体は精霊なのでそれができるのだけど、精霊の中でも人間寄りの身体なので結構意識しないと霊体化は難しい。しかも、その状態で契約で繋がった紐を切る作業をするのだからかなり精神的に疲れる。
手を生身に戻しても少し違和感が残るのはそのせいだろう。なんとなく、霊体化している時の感覚が残っている感じがしてしまうのだ。
まあ、それもすぐに消えるからいいっちゃいいんだけど、もしこの方法を続けるなら、一日に相手できるのはせいぜい数人だろうな。
「ハクお嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま。何もなかった?」
「はい、特に何も。ただ、会議とやらは終わったようですね」
どうやら私がシュピネルさんを相手にしている間に会議は終わったらしい。
会議の内容は竜の谷に攻め込んで竜を殲滅してしまえと言う過激派に対し、それは流石に無茶だし竜との約束を反故にするわけにはいかないという保守派が説得しているという形だ。
今のところ、人数的にはほぼ五分と言った感じだが、声の大きさは過激派の方が断然大きいらしい。
竜は悪だと教え込んだ張本人であろう神官達はほとんどが過激派に賛成し、勇者である神代さんを篭絡すべく色々と手を回しているらしい。
今回の会議がどう転んだかはわからないが、きっとまた話は平行線のまま終わったんじゃないかな。神代さんの話だと、神代さんがうんと言わない限りは決まらないと言っているようだし。
「ハクちゃん、えっと、中で何してたの?」
「何って、ああ、そういえば説明してませんでしたね」
私は神代さんに洗脳のことについて説明する。
最初は、転生者が子供の頃から教え込まれているからそう信じ切っているのかとも思ったけど、実際はそうではなく、洗脳によって無理矢理強制された思考だった。
もし洗脳されているのなら、その状態でいくら竜の事を説明しても受け入れてもらえるはずもない。だから、本当に洗脳されているのかどうかを確かめるためにもシュピネルさんに色々質問をし、実際に確認することでその事実を突き止めようとした。
結果、シュピネルさんは洗脳されていた。呪いをかけられ、自分の意思を曲げられていたのだ。
「つまり、みんなを説得するためには、まず洗脳を解かなきゃいけないってこと?」
「そうなりますね」
まあ、もしかしたら洗脳関係なく竜の事は悪だと思い込んでる人もいるかもしれないけどね。
シュピネルさんの様子を見る限り、恐らく洗脳は保険の意味合いが強いと思う。
あの洗脳はその人物が何か疑問に思った時、それを考えられなくするように仕向けていたように思える。だから、初めから竜は悪だと認識している人がいるならそもそも洗脳関係なしにそう信じているのだから意味がない。
神代さんが初め竜を信頼できなかったように、転生者が地球から転生してきたのなら、小説やアニメなどのイメージで竜が悪だと思っていてもおかしくはないだろう。まあ、もしかしたらそうでないものもあるかもしれないが、この世界でそう教え込まれたのなら、ああそういう展開なのかと思ってもおかしくない。
好戦的な人は多くの人が主人公気質と言うか、俺が一番強いと思っている人が多いようだし、竜を倒して世界の平和を守る自分に酔いしれている人も普通にいそうだ。
それでも、今まで私の話を信じてくれた人がいるように、意思が強い人にはその洗脳もあまり効果を発揮していないらしい。何か信念を持っている人はその傾向が強いのかもしれないね。
「ハクちゃんは呪いの解呪もできるの?」
「一応。ただ、ちょっと問題があるみたいで……」
「問題?」
「はい。エル、ちょっと聞きたいんだけど」
私はエルにシュピネルさんに起こった感情の変化を伝える。
少なくとも、私が治療をする前は私への好感度はそれほど高くはなかったはずだ。多少信用はしてくれていたようだが、好意を向けるまでは至っていなかったと思う。
それが、治療が終わった瞬間あの態度だ。確実に私が何かやってしまった影響だろう。
普通の精霊が人の身体を通り抜けたところでその人は別に何も感じない。私と普通の精霊が違うところがあるとすれば、それは竜の血が流れているか否かだろう。
だから、竜であるエルなら何か知っているのではないかと思って聞いてみたのだが、エルは心当たりはないようだった。
「そういうことでしたらリュミナリア様に聞いてみるのがよろしいかと。精霊の事ならばあの方の右に出る者はいません」
「そっか。それじゃあ、後で聞いてみようかな」
確かに、お母さんなら何か知っていてもおかしくはない。どうせここに来た以上はお父さんにも会いに行かなければならなかっただろうし、そのついでに会いに行けば問題はないだろう。
この原因がはっきりするまでは別の事をするべきだろうな。これに関しては私一人じゃどうしようもできないし、ルナさんあたりにも手伝ってもらいたいところだ。
「ひとまず、会議が終わったならルナさんも手が空いたでしょうし、話をしに行きましょうか」
探知魔法を見てみると、人が集まっていた建物から人が外に出て行っているのがわかる。建物内には数名が残っているだけだが、ルナさんはその中の一人だった。
他にも見覚えのある魔力があり、どうやら近くにエミさんもいる様子。他は知らないけど、もしかしたらアイリーンさんもいるのかもね。
「シュピネルさんも来ますか?」
「……ええ、行くわ」
少し遅れて出てきたシュピネルさんもどうやら同行したい様子。きっとアイリーンさんと色々話し合いたいのだろう。
そういうわけで、四人で建物に向かうことにした。
「ここ、何の建物なんですか?」
「詳しくは知らないけど、ルナさんは学び舎って言ってたよ」
学び舎、要は学校か。
聖教勇者連盟に保護された転生者達はここで色々と学ぶらしいし、そのための校舎と言うことなのだろう。となると、みんながいるのは教室とかなのかな。
「早く竜を殺せないかなぁ」
「勇者は大量の竜を前に無双していたんだろ? なら、俺達も合わされば無敵なんじゃないか?」
「ルナさんもなぁ、竜との契約を守る必要があるっていうけど、別に守る必要なくね? 相手は竜だぜ?」
「勇者様がもっと積極的なら話は早いんだけどな」
校舎に近づくと、そこらでたむろしている人々から愚痴のような声が聞こえてくる。
どうやら彼らは過激派のようだ。自分達が勝つことを疑っていない。
確かに、通常の竜なら彼らでも相手にできることだろう。竜の谷を飛び出した若い竜が狩られることもそう珍しいことではない。
だが、竜の谷で研鑽を続ける大人の竜達は違う。若い竜と同じだと思ってかかれば、一瞬で全滅することだろう。それに、仮に大人の竜を何とか出来たとしても、竜の谷にはお父さんがいる。
以前、勇者達に後れを取ったお父さんだけど、その強さは他の竜とは比較にならない。神代さんが本気で戦えば多少善戦はするかもしれないけど、それでも善戦止まり、勝てはしないだろう。
町ではぐれゴブリンを倒せたから、ゴブリンの巣に挑んでも余裕で勝てると勘違いしているようなものだ。ゴブリンですら、集まればベテラン冒険者を殺しうる力を持っているのに、それを竜でやられたらどうなるか、言わなくてもわかるだろう。
いずれはきちんと考えを改めさせなければ。そう思いながら、校舎の中へと入っていった。
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