第四百九十五話:本当の自分
本来、呪いを解くためには教会で解呪してもらう必要がある。
その方法は至ってシンプルで、浄化魔法を使うことによって解呪するのだ。
この方法を取る場合、私がさっきやったように直接手を触れる必要はなく、魔法が正常にかかれば普通に解呪することができる。
ただ、これには一つ問題があって、もの凄く時間がかかるのだ。
私も一度やってもらったことがあったけど、あの時もかなりの時間がかかった。詠唱もかなり長ったらしく、記憶力のいい私でも覚えきれないほどだったし。
それに魔力もかなりの量が必要のようで、私一人の呪いを解くのに十人近くの神官が詠唱に参加していた。
まあ、多分私ならその分の魔力は補えそうな気がしないでもないけど、途中で眠くなって魔法陣を見る機会がなかったので浄化魔法を開発するには一から手をつける必要があった。
そして、その過程で思いついたのが直接呪いを断ち切る先程の方法だ。
この方法なら、直接触れる必要があるとはいえ、短時間で解呪することができる。魔力も消費しないし、こちらの方が圧倒的に楽だ。
ただ、この方法だと魂を傷つけてしまう可能性があるからあまり連発するものじゃないとは思うけど、一人一回程度ならリスクも少ないし、やってみてもいいとは思う。
そんなわけでシュピネルさんの解呪には無事成功したのだが、少し様子がおかしい。
いや、ずっと息が荒くて涙目になっていて体を掻き抱くようにしているけれど、それは魂に触れたことによってちょっと敏感になっているだけだろうと思っていた。
けれど、それらが落ち着いて体の震えも収まっても、こちらを見る目は何か怪しい。
なんというか、まるで愛しいものでも見るかのような感じだ。私ほどではないにしろ、話している時は無表情を貫いていたシュピネルさんがだ。
そういえば、テトも呪いを解いてから私に対して色々様子がおかしかったし、もしかしたらこの手法は何か副作用でもあるんだろうか。
「えっと、シュピネルさん? 大丈夫ですか?」
「え、ええ……大丈夫、大丈夫よ……」
私が目を合わせると、少し顔を赤くして目をそらす。
明らかに先程までと態度が違うけれど、理由がよくわからない。
いや、恐らく先程の解呪がいけなかったんだろうけど、あれで何が変わるんだろう?
そりゃ、魂に触れるかもしれない作業ではあるけど、極力触らないようにはしていたし、紐を千切る時に多少刺激があったかもしれないが、それも微々たるものだったはず。
それとも、魂と言う繊細なものだから、それくらいの刺激でも何かしら影響を与えてしまうのだろうか? もしそうだとしたら、この方法はあまり使えないことになってしまうが……。
「気分はどうですか?」
「凄く、ほわほわしているというか、幸せと言うか……あなたを見ていると変な気分になってくるわ」
「そうですか……。では、竜を討伐すべきと言う考えは変わりましたか?」
「……いえ、それは変わらないわ。だけど、その前に一度話し合ってもいいとは思う」
私への妙な感情はともかく、竜への敵愾心は少し減ったのかな?
恐らく、呪いが解けた影響で自分で考える力が強くなったのだろう。元々、シュピネルさんは友人との安全な生活を守るために竜を敵視していたわけだし、その気持ちが強く出ているなら竜と戦うという気持ちは変わらないだろう。ただ、竜がただ単に殺戮の限りを尽くす化け物ではないということも理解しているようだ。
問答無用で討伐しに行くから、話し合いをしたいに変わっただけでも凄い変化である。
そして、こういう変化を示したということは、やはりあの呪いは洗脳っぽいものだということなのだろう。
呪いの強弱はあるかもしれないが、全員解呪すれば竜と敵対する転生者はいなくなるのではないだろうか。それを教え込んだと思われる神官はともかく、転生者だけでも洗脳から解放できればかなり進展すると思う。
今の時点でも洗脳が解けかかっている人は多数いるのだ、数が多いとはいえ、この本部にいる人だけならそこまで時間はかからないはず。
「……あなたの言う通り、声がはっきり聞こえるわ」
「それはよかった」
「思考がクリアになって、私がやりたいことがはっきりと見えた。私はただ、アイリーンと一緒にいたかっただけなのね」
出来ることならいつまでもそばにいたかった。だけど、使命に沿って魔物を倒す毎日は友人との時間を削っていた。
それでも合間合間に会うことで、これが自分の幸せだと思っていた。
本来なら、どこへ行こうと自由なのだから友人と共に気ままに旅をするなりお店でも開くなりすればよかったはずなのに。
いつの間にか、友人よりも魔物退治の方が優先順位が高くなっていた。
もちろん、魔物を退治することは大事だ。人族への被害を減らすことにも繋がるし、ひいては世界平和にも繋がる話だから。
だけど、それを考えるべきは本当に自分でなければいけないのか。他の人がやればいいのではないか。そんな考えが浮かんでもいいはずなのに、今の今までそんなことを思いもしなかった。
知らず知らずのうちに思考を誘導され、これこそが自分の幸せだと勘違いしていた。
でも、今ならばはっきりとわかる。本当の幸せは、すぐそばにあったのだ。
「ありがとう、ハク。あなたのおかげで自分のやるべきことを見つけられた」
「それは何よりです。うまくいったようでよかったです」
若干、妙な副作用があったとはいえ、シュピネルさんは本当の自分を取り戻したと言っていいだろう。
そして、これによって他の転生者達も恐らく洗脳されているであろうということがわかった。
出来ることなら、今すぐにでも全員の呪いを解きたいところだけど、流石にそれは無茶が過ぎる。
この方法は直接手を触れる必要があるので接近しなきゃいけないし、一回につき一人しか相手にできない。一人一人呼び出すとしても、私は彼らにとって災厄を呼び込む竜の巫女らしいから、今回みたいに容易に接近させてはくれないだろう。
一応、顔はあまり知られていないはずだから偽名を使えばもしかしたらいけるかもしれないけど、そもそもこの方法は何か欠陥があるようなので使う前に一度調べておきたい。
糸口は掴んだけど、かなり大変そうだ。これなら、教会に話を通していっぺんに解呪してもらった方が楽かな? ……いや、聖教勇者連盟は教会が元にある組織だし、何かしらの対策をしていそうな予感がする。
世界中にある教会がどれほど聖教勇者連盟と関わりがあるかわからないし、安易に教会に頼るのはまずそうだね。
「とりあえず、エルに聞いてみようか」
このまま魂に触れる方法で除去していくか、それとも教会に頼るのか、どちらにしても私一人の一存では決められない。
転生者達を納得させる方法も必要だし、神代さんにもこのことは伝えておいた方がいいかもしれない。
……そういえば、洗脳の呪いがかけられているということは、神官の中にそれをかけた人がいるってことだよね。まあ、恐らくは幹部クラスの人だろうけど、今も聖庭で一緒に暮らしているはずの神官達の中にそういう人がいたら少し厄介かもしれない。
洗脳をしていたという証拠を見つけることも大事だし、色々やることはありそうだ。
まず調べるとしたら、まあ城だろう。もっと早く思いついていればよかったのだけど、未だに無人なのだからまだ取り返せる範囲だ。
私はひとまずシュピネルさんに服を着るように指示を出すと、部屋を後にした。
感想、誤字報告ありがとうございます。




