第四百九十四話:呪いの痕跡と解呪
「……一つ、いいですか?」
「なに?」
「もし、あなたの感じているその声をはっきりと聞けるようになるとしたら、どうしますか?」
シュピネルさんが聞こえているという声。それは恐らく、シュピネルさんの本当の気持ちだろう。
何か疑問に思う度に、そんなことは考えなくていいと感じてしまうなんてどう考えてもおかしい。明らかに思考を誘導されている。
とすれば、もう洗脳かそれに類する何かを仕掛けられていることは明白。それが呪いに分類されるかどうかはともかく、何かされていることは確かだ。
詳しく解析すれば原因もはっきりすると思う。そのためにも、私はシュピネルさんに触れる必要がある。でも、それにはシュピネルさんの同意が必要だ。
「……もしそれが本当なら、ぜひともそうしてほしいわね。あなたにはそれができるの?」
「はい、恐らくは」
「ふむ……」
どういうわけか、私と話していると声が強くなるらしい。つまり、今は洗脳とは関係なく、シュピネルさんの本音に近い声が聞けるということだ。
シュピネルさんはしばらく悩んだと思うと、不意に手を上下させる。すると、私の身体を拘束していた糸がふわりと解けてなくなった。
「なら、やって見せてちょうだい。私も、自分の心をはっきりさせたい」
「わかりました。やるだけやってみましょう」
どうやら信用してくれたようだ。
恐らく、ここまで素直なのは元々シュピネルさんの心が強いからだろう。もしかしたら、竜の役割の話も半分くらいは信じていたかもしれない。
私はシュピネルさんに了承を取ると、まず体を調べるところから始めた。
もしこれが呪いと言う形なら、何かしらの痕跡が体に残っているはずである。通常はその痕跡を目視することはできないが、看破魔法を使えばそれも可能だ。
とりあえずやってみるが……見たところ露出している部分にはその痕跡はないように思える。
まあ、万が一看破魔法をかけられた時に見られては大変だから当たり前と言えば当たり前かもしれないけど。
「シュピネルさん、ちょっと服を脱いでいただけますか?」
「……確かに私はあまり女性らしくないと思っているけど、流石に男の前で脱ぐほど破廉恥じゃないわよ」
「え? あ、そっか……」
そういえばここには神代さんがいたんだった。
神代さんは一応心配してか、ずっと私とシュピネルさんの事を見ていたようだったけど、なんだかはらはらした様子で手をあわあわさせている以外特に何もしていない。
ルナさんあたりに用意してもらったのか、服装はちゃんとこの世界基準ものに変わっているし、神代さんを選んだ神具レーヴァテインもきちんと剣帯を用意してもらったようで腰にぶら下がっている。
格好は立派なのに、何とも頼りないことだ。でもまあ、あの日の夜に見せてくれたようにやる時はやる人だってわかっているので、そこまでの落胆感はないけどね。
「神代さん、すいませんが少し後ろを向いていてもらえますか?」
「男が見ていないからと言って脱ぐとも言ってないんだけど……」
「じゃあエルにも後ろ向いててもらいますから」
「そういうことじゃないだけどね……」
む、結構我儘だな。
いや、まあ、外で脱げと言っているんだから当然の反応なんだけど、確認のためには必要なことだしやってほしいんだけどな。
その後、適当な個室で私と一対一ならいいということになり、建物に入って検査を行うことになった。
シュピネルさんはすでに成人しているようだけど、体の方はあまり成長していないように思える。流石に私よりは高いけど、小柄と言うか、可愛らしい印象を受ける。
包帯を巻いているから怪我でもしているのかとも思ったけど、そんなことはなく、解いてみれば普通に綺麗な手足が露わになった。
やっぱり中二病なのでは? 右目のそれは魔眼でも封印してるの?
目の包帯だけは外したがらなかったので、気にはなったけど、あまりそういうことに突っ込むのも失礼な気がしたので特に何も言うことなく事務的に体を観察していく。
しばらく観察していると、ようやく見つけた。背中に丸い文様が描かれている。
呪いの文様についてはよくわかっていないけど、呪いの文様がある時点で呪いをかけられていることは確定だ。隷属の首輪のように文様の代わりに所持しているだけで呪われると言うものもあるけど、今回はちゃんと体に刻み込むようなものだったらしい。
「見つけました。やっぱり呪いがかけられてるみたいですね」
「呪い? よくわかったわね。私の呪われた右目は見るだけで相手の力を奪ってしまうの」
「え? いや、そういうことではなく……」
いきなり中二病発病するのやめてくれませんかね。さっきまで割と普通だったのに。
「背中に呪いの文様が描かれています。多分、これが原因かと」
「え? 背中? そ、そう、そんなものがあったのね」
かと思ったら、今度は顔を赤らめて黙り込んでしまった。
あれかな、自分の中二病設定に気付いてくれたと思ったら実は全く違いましたってことに気付いて恥ずかしくなっちゃった感じ?
私は別に中二病と言うわけではなかったからよくわからないけど、まあ確かに話がずれていたら少し恥ずかしいか。
……いや、待てよ、確か【鑑定】した時に【魔眼持ち】があったから、もしかしてホントに持ってる? だから右目の包帯は外したがらなかったのか。
となると、ここに来た理由は魔眼のせいかもね。他にも糸を操ることができるようだけど、それも十分強いし、戦力的にはかなり高い人なのかもしれない。
「これから解呪を試みてみます。少しびっくりするかもしれませんけど、落ち着いて動かずにいてくださいね」
「何をする気?」
「具体的に言えば、魂と繋がっている呪いの紐を断ち切ります」
テトにやった時の要領で呪いの紐を断ち切っていけば、きちんと呪いは解けるはずだ。ただ、魂に直接触れる作業になるので、かなり精密な作業を要求される。
いきなり動かれたりして魂を傷つけてしまったら事だ。だから、予め忠告はしておく。
「……わかったわ。やってちょうだい」
「わかりました。では、失礼します」
私は一度深呼吸をした後、呪いの文様の上に手を置き、手を霊体化させる。
魔力の塊となった手はそのまま背中を貫通し、シュピネルさんの体の中へと入っていく。
「んっ……!?」
びくりとシュピネルさんの体が震える。まあ、意思を持った魔力の塊が体を通り抜ける体験なんてそうそうないだろうし、これくらいは仕方がない。
慎重に呪いの下を辿っていき、やがて魂のある場所まで辿り着く。見えはしないけど、結構しつこくこびりついているようだ。まるで植物の根っこのようである。
これは、少し時間がかかるかも。私はもう一度深呼吸をし、端の方から慎重に取り除いていく。
「んぅ……!? んぁ……!?」
「シュピネルさん、少し静かにしていてください」
テトの時はだいぶ静かなものだったが、そういえばあの時は声を奪われていたんだっけ。
まあ、魂を触られるのは苦しい、と言うか気持ちがいい? ようなので、声が出るのは仕方がないけど、あまり艶っぽい声を出されると私も集中できない。
でも、どうしようもないのであまり考えないようにしながら取り除く作業を進めていく。
「……これで、最後」
どれほど時間が経っただろう、私としては数時間はやった気分だけど、窓の外を見てみる限りそこまで時間は経過していないようにも思える。
ともあれ、これで呪いの下は断ち切った。これが洗脳の呪いだとしたら、完全に解放されたはずである。
私は背中から手を抜き、文様を確認する。すでに文様はなくなっており、痕跡も綺麗さっぱりなくなっていることを確認できた。
「はぁ……はぁ……」
多分、これで大丈夫のはずだが、さっきからシュピネルさんの息が荒い。
これ、あんまり長時間やると耐えられない人も出てきそうだなぁ。
これがうまくいけば、今後もやる必要があると思うので、その辺りにも注意しておくことにしよう。
私はシュピネルさんが落ち着くのを待ち、話しかける機会を窺った。
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