第五十二話:満月の影響
翌日、太陽が天高く上がったタイミングで私は宿を出た。
目的地はギルド。昨日捕まえた男の尋問の結果を聞きに行くのだ。
首を突っ込んでしまった以上、やはり気になる。お姉ちゃんからは宿で大人しくしているように言われたけど、聞きに行くくらいなら許してくれないかな。
人々で賑わう通りを抜けてギルドへと辿り着く。
昼ということもあって併設されている酒場には結構な人がいた。
ちらちらとこちらを見てくる視線を往なしつつ受付へと向かう。
「あの、すいません」
「はい、どのようなご用件でしょうか?」
「昨日捕まった男の尋問結果を知りたいのですが」
「申し訳ありません、そう言ったことは部外者の方には……」
部外者というか被害者なんですけどね。
ちょっと直球すぎたか。その後も何度か頼んでみるが、教えられないと一点張り。
昨日は話してくれたのに……いや、あれはミーシャさんに話してたのか。見た目幼女の私に話すわけないよね。
ああ、身長が欲しい。
「おや、嬢ちゃん。こんなところでどうしたんですかい?」
どうにも教えてくれなさそうなのでしぶしぶ帰ろうとしていると、ふと声をかけられた。
顔を上げてみると、優し気な印象を持つ細めの男性が立っていた。
「ゼムルスさん。いえ、ちょっと事件の進捗を聞こうとしてました」
「その様子じゃ聞けなかったみたいで」
「はい……」
せめて事情を知ってるギルドマスターか、あるいは事件のことを調べてるお姉ちゃんかミーシャさんが一緒なら聞けたかもしれないけど、どうにも見た目の印象というのは変えがたい。
ギルド証も見せてみたけど、完全に子供扱いだった。
いや、子供だけどさ。精神はもう四十近く行ってるんだけど。
そんなこと言っても信じてくれるはずもなく、痛い子を見る目で見られるのは明らかなので言わないけどね。悲しいなぁ。
「ま、そういうことだったら俺が教えましょうかい?」
「え、ゼムルスさん何か知ってるんですか?」
「そりゃもう。これでも例の組織の摘発依頼を受けているもんでね」
これでも情報収集は得意なんだ、とニッと笑って見せる。
そういえば、事情説明の時もいたよね。
これからどうやって情報を集めようかと思案していたところだからとてもありがたい申し出だった。
ここではなんだということでギルドの近くにあるカフェへと移動する。
酒場でもよかったけど、目立ってしょうがないからこっちにした。
「それで、嬢ちゃんは何が聞きたいんで?」
「昨日捕まった男の尋問結果を聞きたいなと思いまして」
捕まえた時間からして、早ければもう尋問が終わっていても不思議ではない。
他にも捕まえたメンバーは結構あっさりとアジトの場所を話してるみたいだし、早々に片が付くと踏んでいた。
そう問うと、ゼムルスさんは少し困ったような笑みを浮かべて答えてくれた。
「すいやせんね、俺もその話は聞いてるんすが、まだ結果は出てないようで」
「あれ、そうなんですか?」
「ええ。結構口が堅いみたいっすよ」
それは意外だ。てっきりすぐに話すと思っていたのに。
もしかして、重要な位置にいる人物だったりするのだろうか? だとしたら是が非でも口を割らせたいところだね。
「帳簿にあったっていう大量の魔石の行方も未だつかめないままみたいですぜ」
「あんな大量の魔石、一体何に使うんでしょうね」
「おや、嬢ちゃんもそのこと知ってたか。まあ、もしその魔石で何かしようってんなら明後日じゃないっすかね」
「どうして?」
「満月だから。大気中の魔力が最も高まる日ですわ。魔法で何かやるならうってつけの日でしょう?」
自然界には魔力が溢れている。それは目に見えないものだけど、確かにそこに存在している。
ゼムルスさんの話では魔力と月には密接な関係があるとされ、月の満ち引きによって魔力の量が変動するらしい。そして、魔力が最も集まりやすいのが満月の日なのだとか。
魔石は魔法の触媒として使われることがある。だから、奴らが魔石を使って何か大規模な魔法を使おうとしていると考えても不思議じゃない。
「まあ、王都で何かやるとも限りやせんがね。なんせ今の時期は闘技大会の影響で周辺の魔物を倒すんで魔石が手に入りやすいから、その影響で魔石を扱う商人が大量に買い付けるもんで、すでに外に持ち出された魔石は結構な数になるでしょうし」
「検問には引っかからないんですか?」
「魔石は魔道具の材料としてよく使うし、魔術師だって普通に購入するものだから別に珍しくもないっすよ。それに今は森にあるダンジョンから魔物が溢れたって話もちょくちょく聞くもんで供給が増えてるでしょうし」
持ってても別段不思議なものじゃないから検問には引っかからない。
流石に今なら早ければ警戒して止めているかもしれないけど、それ以前に通してしまったものまではわからない。
もし、王都ではない別の場所で何かをしようとしているのだとしたらもう手遅れの可能性もあるわけか。
「ところで、嬢ちゃんはなんでこのことを知りたいんで?」
「まあ、一応当事者ですし」
呪いも無事に解かれた今、ギルドに協力こそするが特段首を突っ込む気はなかったのだが、昨日ミーシャさんと一緒に犯人を捕まえたことで興味が出てきてしまった。
お姉ちゃんからは止められているけど、気になるものは気になるし、少し情報を集めるくらいはしてもいいよね。
深くまでは突っ込まないように気を付けよう。
「まあ確かに、嬢ちゃんも結構苦労したようで。そのことに関しては無事で何よりでさ」
「ありがとうございます」
「ま、何か情報が入ったら嬢ちゃんにも伝えるから、ほどほどにな」
「はい」
その後は適当に話をして別れた。
ゼムルスさんはどうにも私を過大評価しているようで、やたらと褒めてくる。
闘技大会の話になった時は友人が私に瞬殺されたのを見て大いに笑わせてもらったと上機嫌に語っていた。
そういえばゼムルスさんの友達が飛び入り参加したとか言ってたね。いつの間にか戦っていたらしい。どこでだろう?
あんまり遅くなってもお姉ちゃんに怒られるので早々に宿へと戻る。
部屋に戻って腰を落ち着けると、ゼムルスさんに聞いた話を思い起こした。
昨日から考えている魔石の使い道。その多くは魔道具の材料や魔法の触媒と言ったもの。そして、魔物を引き寄せる撒き餌としての利用方法。
どれもありそうではあるけど、結局のところ何をしたいのかはわからない。
一番危険なのは魔法の触媒としての利用だろうか。仮に人の多いところで大規模な魔法を発動すれば多くの被害が出てしまうだろうし。
でも、ただ単に騒ぎを起こしたいだけならそんなことしなくても魔法を連発すればいいだけだ。初級魔法だって生身の人間が食らえば大怪我は免れないのだから。
一発大きな魔法を発動させるとなると……何かの破壊とか?
王都での重要な拠点というとお城があるけど、流石にお城は警備が厳重だろうし無理だと思うんだけど。
他には何かあるのかな。王都の地理とかは全然知らないのでよくわからない。
「ねぇアリア。王都で重要な拠点って何かわかる?」
「うーん、お城くらいじゃない? 私もそんなに知らないからよくわかんないけど」
「そっかぁ」
アリアもよく知らないようだった。
うーん、お姉ちゃんにでも聞いてみようかな。詳しそうだし。
ひとまず明日はその辺りのことについて調べようと結論を出し、余った時間で少し魔法の研究をしていたらあっという間に日が暮れてしまった。
感想ありがとうございます。