第四百九十一話:転生者の問題
聖庭は静かなものだった。
本来なら、内部に設置された教会や転生者達が営むお店などに多くの人が集まっているのだろうが、今は人影はあまりなく、荒れてしまった花壇も相まって少し寂しい雰囲気を見せている。
でもまあ、別に人がいないわけではない。現在はお昼過ぎだが、建物内にはきちんと人の反応がある。
多くは一か所に集まっているようだから、恐らくご飯でも食べているか、何か会議でもしているのかもしれない。
「神代さんの反応は……あっちか」
幸いと言うかなんというか、神代さんはそんな人だかりとは離れた場所にいた。位置を考えると、おそらく時計塔の方かな。
時計塔なんて、そんじょそこらではお目にかかれないとても貴重なものだけど、ここには普通に存在している。というか、その他にも色々とこの世界の基準では新しすぎるようなものはたくさんある。
例えば建物だってそうだ。ほとんどの家は石造りや木造の家だが、ここではレンガやコンクリートなども使っているように見える。
店を見ても、トランプや将棋の他になんと漫画まである。恐らく、転生者の誰かが描いているんだろうが、ラインナップだけ見れば多少偏っているとはいえ前世の世界とそう変わりない。
聞くところによれば、醤油や味噌もセフィリア聖教国が開発したものだと言われているし、転生者による技術の革新がここでは顕著なのかもしれない。
聖教勇者連盟と言う最強の組織に加え、技術力でも他国を圧倒的に引き離しているとか、そりゃ大国になるよね。他の国が下手に逆らわないのも納得できる。
「神代さん、お久しぶりです」
「わっ! な、何だハクちゃんか、びっくりした」
時計塔についてもいないと思ったら、なんと外壁の縁に座っていたので跳躍魔法で飛び乗って隣に降り立つ。エルは竜の翼を出してついてきたようだ。
ここ、結構眺めがいいね。聖庭を一望することができる。
こうしてみると、聖庭と言う名にふさわしい場所だったんだな。道は丁寧に整えられているし、建物も白が多く清楚な印象を受ける。今は焼き払われてしまったが、色とりどりの花々も咲き乱れていただろうし、きっと天上の世界を想像したらこんな場所になるんじゃないだろうか。
そんな場所を見下ろしながら物思いにふけっている様子の神代さん。一体どうしたんだろうか?
「久しぶりだね、ハクちゃん。元気そうで何よりだよ」
「そういう神代さんはあまり元気がなさそうですが、何かあったんですか?」
「うーん……まあ、あったというか今もあるというか……」
神代さんは頬を掻きながら少し困ったように笑い、ぽつぽつと語り始めた。
襲撃から三か月ちょっと経ったわけだが、復興に関してはとてもうまくいっていたらしい。皆、勇者である自分を信頼して動いてくれたし、ルナさん達も協力してくれたので何の問題もなく建物の修復や道の整備、瓦礫の撤去などが進んでいったそうだ。
ただ、それらが完了し、私の言う通りに勇者としてみんなを引っ張っていこうと転生者や生き残りの神官を集めて話し合いを行った結果、少し厄介なことになってしまった。
と言うのも、この勇者召喚を機に、再び竜の谷へ攻め入り、竜を滅ぼしてしまおうという意見が出てきたからだ。
襲撃のあった夜、神代さんは私の指示通り、ホムラと交渉をし、聖教勇者連盟上層部のメンバーの身柄と引き換えに竜を退けさせた。その様子は多くの好戦的な転生者が目撃していたし、彼らから話を聞いた転生者も多くがそれを信じた。
しかし、どうやら勇者としての力が認められすぎたらしく、あの夜竜が去ったのは、勇者のあまりの強さに恐れをなしたからであり、先代と比べてもかなり優秀だった神代さんならば、竜の本拠地へ行っても余裕で殲滅できるだろうと思ってしまったようだ。
もちろん、神代さんはそれを否定したし、ルナさんを始め、一部始終を見ていた転生者達は竜に見逃されたと認識しており、それに反対した。だが、実際に見ていない人達はそれをあまり信用せず、神代さんならできると持ち上げ続けているらしい。
私としては、竜と仲良くしてもらって、竜は悪だという固定観念を一新してほしいと思っているんだけど、どこの世界でも自分の都合よく解釈する奴は出てくるらしい。
当然、そんな奴らに竜の役割を話したところで聞き入れてもらえるわけもなく、竜の谷へ攻め入り竜を滅ぼしてしまえと言う派閥と竜は危険だからもう関わらない方がいいと言う派閥に分かれて今も争っているらしい。
「竜を殲滅しようという話に賛成している人は僕の事を臆病者だと罵る人もいる。でも、竜との約束を破ったらハクちゃんが困るだろうし、一体どうすればいいのかなって……」
これは確かに難しい問題だ。
そもそもの話、竜は悪だという話を子供の頃からずっと聞かされている聖教勇者連盟の転生者にとって、いきなりそれが間違いだと言われても受け入れられないのは当たり前だ。
カムイやコノハさんのような一部の人が例外なだけで多くの転生者達はそれが真実だと信じ切ってしまっている。
これが例えば仲の悪い人間同士の話なら、話し合いによって解決できる場合もあるかもしれない。でも、相手は竜なのだ。
竜は【念話】によって会話はできるし、人の姿になれば普通に会話することもできるけど、それ以前に強大な力を持っている。いつ刺されるかもわからない状態で、面と向かって話し合えなんて言われてもできるはずがないだろう。
お互いに能力が使えず、話し合いしか行えない状況ならいいか? 一応、非殺傷魔道具と言うものが存在するから、多少であれば攻撃を抑制することはできるかもしれない。ただ、あれはあくまで攻撃力を軽減させるだけのものなので、加減を間違えれば普通に殺してしまうこともある。
それに、仮に話し合いのみができたとして、そう簡単に解決できるだろうかと言う疑問も残る。
一番簡単なのは竜の力を見せつけることか。圧倒的な力を見せつけるでも、逆にピンチを救うでもなんでもいいけど、とにかく竜が手を出してはいけない存在、あるいは分かり合えるかもしれない存在と思わせることができれば、少しは進展するかもしれない。
ただ、それを意図的にやるとなると完全なマッチポンプだ。
多少の事ならそれでもいいけど、今回の問題は聖教勇者連盟だけでなく、世界的な問題でもある。そりゃ、竜が悪だというイメージを植え付けているのは聖教勇者連盟なのだから、それが竜を肯定すれば多少はついてくる人もいるかもしれないけど、いつ崩れるかもわからない信頼関係で繋がった橋など危なっかしくて渡れない。聖教勇者連盟には、出来れば自分から竜のイメージを覆してほしい。
色々考えてみたが、結局有効な解決法を示すことは私にはできなかった。
「……根気強く諭していくしかない、ですかね。少しずつでも、理解者を増やしていくしかないです」
「そっか……」
まあ、これは私の見通しが甘かったせいもあるから私の責任でもある。
神代さんが勇者として聖教勇者連盟に君臨すれば、多少は竜への意識を変えられると思っていた私が悪い。
せめて、竜へ不干渉を貫いてくれるならそれでもいいけど、話を聞いている限りそれも無理そうな気がする。
物事ってうまくいかないものだね。
「竜が悪い奴じゃないっていうのは、ハクちゃんとの関係を見ればなんとなくわかるんだけど、それをわかってもらうのがこんなに難しいだなんて思わなかったよ」
「聖教勇者連盟に所属する転生者は子供の頃からそういう風に教育を受けてますからね……」
彼らの竜への悪感情はもはや洗脳の域だと思う。私はやられたことないからわからないけど、子供の頃からあいつは悪い奴だと教え続けられたらあんなふうになってしまうものなんだろうか。それとも、本当に洗脳されているのか。
……カムイの件があるから、本当に洗脳している可能性はある。
もしそうだとしたら、話は簡単なんだけどな。……少し試してみようか。
私はダメ元で少し確認を取ってみることにした。
感想ありがとうございます。




