第五十一話:魔石の使い道
「さ、サフィ様!? ど、どうしてここに……」
私の頬を引っ張っていたミーシャさんは即座に放すとびしっと気を付けのポーズを取った。このまま敬礼でもしそうな勢いである。
「うん? えーと確か、ミーシャさん、だっけ?」
「は、はい! 覚えていていただいて嬉しいです!」
私と話していたときの口調はどこへやら。腰元から伸びる尻尾がぶんぶんと激しく振られている様はまるでご主人様を見つけた時の犬のようだった。猫だけど。
「私のこと知ってるみたいだけど、私はサフィだよ。ミーシャさんはハクと何してたの?」
「え、えっと、それはですね……」
ミーシャさんは私と出会った経緯を話し始める。
それを聞くと、お姉ちゃんが私のことをジト目で見てきたからそっと視線を外した。
お姉ちゃんは私が事件に首を突っ込むことをあまりよく思ってないみたいだからね。
今回、巻き込まれて呪いを受けたこともあってかなり警戒してくれている。
後から聞いたことだけど、呪いって場合によっては死に至ることもある危険なものなんだって。今回の場合、無理に話そうとすれば激痛が走る。それでも話そうとすれば最悪の場合死に至るって感じ。
呪いがどんなものかあの時点ではよくわかってなかったけど、積極的に話そうとしなかったのは正解だったわけだ。
普通に犯罪じゃんと思ったけど、呪いは禁忌の一つとされていて一般には使用が禁じられているとか。やっぱり犯罪だった。
「なるほどね、それはハクがお世話になりました」
「いえいえ! この程度全然余裕ですから!」
ぺこぺこと頭を下げるミーシャさん。半日も一緒にいなかったけど、その時の姿からはとても想像ができない。
よっぽどお姉ちゃんのことを尊敬しているんだろうな。
「あの、それでその、サフィ様とこいつはどんなご関係で?」
「ああ、ハクは私の妹よ?」
「妹ぉ!?」
ああ、そう言えば言ってなかったよね。
文字通り飛び上がるほどに驚いた様子のミーシャさんはお姉ちゃんと私を交互に何度も見ている。
「え、は、え!? マジで!?」
「は、はい、そうですよ?」
「おっほー! お兄さんと妹がいるとは聞いていたけど、まさかこんなところで会えるなんて!」
もう小躍りでもしそうなほど舞い上がっているようだ。
ミーシャさんはがばっと私の手を掴むとすっごいキラキラした目でこちらを見つめてくる。
「私ミーシャです! お会いできて光栄ですハクさん! いやハク様!」
「は、はぁ……」
いや、態度変わりすぎでしょう……。
一体お姉ちゃんの何がミーシャさんを惹き付けることになったのだろうか。
今の様子を見ているとほんとに犬のようだ。猫の獣人のはずなんだけど。
「あれ? でも、確か妹さんの方は行方不明って話じゃありませんでしたっけ?」
お姉ちゃんのことを尊敬しているだけあって色々と事情にも詳しそうだ。
きょとんとした様子でお姉ちゃんに話しかけるが、お姉ちゃんは曖昧に笑い短く返す。
「ちょっと、色々あって見つかったのよ」
「そうですか。見つかって何よりです!」
まあ、私の生い立ちは結構複雑だしね。アリアのこともあるし、あまり話さない方がいいのかもしれない。
その後、興奮冷めやらぬといった様子のミーシャさんをなんとか落ち着かせ、ギルドを出る頃にはすでに夕方になっていた。
昼間ほどではないが、通りには未だに人が多く集まっている。
人波に攫われないようにお姉ちゃんと手を繋ぎながら宿への道を歩く。
「そういえば、お姉ちゃんは何でギルドに?」
「例の男の調査の進捗を報告にね。まあ、全然見つからないんだけど」
例の男と言うと、私を殺そうとしてきたローブの男か。
あの時は間一髪お姉ちゃんが助けてくれたおかげで事なきを得たが、男は逃走。それが今も捕まっていないのだという。
予想に反し、数日経った今でもその行方は掴めない。すでに王都を出ているのではないかという話も上がっているが、実際のところはわからないようだ。
「ごめんね、私が追いかけなかったから」
「ううん、お姉ちゃんのせいじゃないよ」
あの時、お姉ちゃんがすぐさま追っていれば捕まえられただろうか。だとしても、伏兵が潜んでいたとも考えられたし、私を守るために追わなかったお姉ちゃんを責められるわけがない。
本当なら騎士団の人達が捕まえてくれるだろうと踏んでいたけど、どうやら今は遠征に出ているらしく、人手が不足しているのだとか。
ギルドの方でも捜索に当たってくれているし、まだ王都にいるのなら時間の問題だとは思うんだけどね。
宿へと戻り、夕食とお風呂を済ませる。
部屋に戻ると、アリアは早々に隠密を解いた。
お姉ちゃんがいるけど、今回の事件でお姉ちゃんにもアリアの存在は知れているから問題はない。
一応、秘密にして欲しいとは頼んだけど、二つ返事で了承してくれた。やっぱり話してよかった。
ベッドに寝転がりながら、ふと今日の出来事を思い出す。
部屋に残されていた帳簿。そこに書かれていた大量に購入されたとされる魔石の存在。
あの時は組織の中に魔道具を作れる人がいて、魔道具を作るために魔石を購入していたのではないかと思ったけど、本当にそれだけだろうか。
魔道具に使用される魔石の量がどのくらいかは知らないけど、千個単位で使うとは思えない。いくつかの魔道具は普通に買っていたようだし、仮に全員が着ているであろうあのローブをすべて手作りしたとしても千個も使わない気がする。
じゃあ何に使ったって話なんだけど、魔法の触媒として使った?
魔石は魔法を使う際の魔力を肩代わりしてくれるらしいから、大量に用意すれば上位魔法でも発動できるのだろうか。
そうだとして、じゃあ何の魔法を発動させる?
魔石を集めることによって大規模な魔法を発動させるって考えると、組織の目的はその魔法によって何かをすることってことになるだろうか。
組織単位でやらなければならない魔法。あいつらの目的は、一体何なんだろうか。
うーん……わからない。
「お姉ちゃん、魔石の利用方法って何か知らない?」
考えても思いつかないのでお姉ちゃんに頼ることにした。
お姉ちゃんはきょとんとしていたが、すぐに何か考え込む風に腕を組み、上を見上げる。
「うーん、魔法の触媒として使うこともあるし、魔道具の材料になったりするけど」
「それ以外では?」
「うーん……魔物寄せとして使われることもあるよ」
「魔物寄せ?」
お姉ちゃんの話では、魔物が魔石を好んで食べる習性を利用して魔石を撒き、それに食いついてきた魔物を狩るというやり方があるらしい。
基本的には有利な地形等に誘い込んで行うもので、ある程度実力をつけてきた冒険者が意図的に稼ぐ目的でやるものだとか。
「大体はダンジョンでやる方法だけどね」
「ダンジョン?」
「世界各地にたまに出現する迷宮の事よ。ダンジョン内ではその土地に生息する魔物や珍しいアイテムが入った宝箱とかが置かれていて、見つかってるダンジョンはギルドが管理してるわ」
わぉ、ファンタジー。宝箱が置いてあるダンジョンとかほんとにあるんだね。
しかし、魔物寄せか。それが魔石の使用目的だとして、ダンジョンで狩りでもする気? そんなわけないよね。
ダンジョン以外ではあまり効果がない方法らしいけど、それでもある程度は釣れるみたいだし、それを使って何かしようとしてる?
いや、そんな方法で集めてもたかが知れてるし、そもそも言うこと聞いてくれないでしょ。
素材が目的だとしても魔石を用意してまで狩る意味がわからないし、ほんとに謎だ。
「うーん、わかんない!」
ぼふっとベッドに倒れ込む。
考えてもきりがないし、もうやめよう。気にはなるけど、捜査が進めばおのずと答えは出るだろうし、それを待てばいい。
そう考えて、私は目を閉じた。
気が付けば五十話を超えました。いつも読んでいただきありがとうございます。