第五十話:無事に制圧
部屋はどうやら寝室のようだった。
簡素なベッドと机があり、その正面にローブ姿の人物が立っている。
「な、何だ!?」
ローブ姿は私達の侵入を予期していなかったのかとても驚いた様子だった。
そうして呆けている間にミーシャさんが即座に近づき、腹に一撃を与える。
ローブ姿はあっけなく気絶し、ガクリと頭を下げた。
「おお、鮮やか」
「だから言ったでしょ。一人で十分だって」
まあ、確かにこれなら私は必要なかったかもしれない。とはいえ、ローブ姿が私達の追跡に気付いて待ち構えている可能性もあったし、そのための保険と考えればいた意味はあったと思おう。
ミーシャさんは手際よくローブ姿を縛り上げると、目の前に魔法陣を展開する。
見たことのない魔法だったけど、魔法陣を見る限りだと……つ、うしんかな? 通信、色が緑だから風魔法だね。
魔法陣に話しかけているから多分ギルドか何かに報告してるんだろう。
通信魔法か……今度機会があったら研究してみようかな。
報告している間暇なので適当に辺りを見回してみる。
家自体はかなり古く、家具も同じく罅が入っていたり埃を被っていたりとそんなに使われている様子がない。
ベッドの上にはローブ姿が広げていたであろう金貨や銀貨、それに何かの資料のようなものと大小様々な石ころが置かれている。
何気なく資料を手に取ってみると、どうやら帳簿のようだ。一定間隔で線で区切られているマスに文字と数字が書かれているから、恐らく購入したものとその金額が書かれているのだろう。
ここに石ころ……魔石が置かれているとすると、購入されていた品は魔石なんだろうか。全部が全部魔石じゃないだろうけど、パラパラとめくっただけでも、桁を見る限りこれが仮に銅貨だとしても千個以上は購入してるんじゃないか?
魔石というと、魔法の属性を調べる時に用いられるあの魔石しか知らないけど、他にもあるのかな?
『アリア、魔石ってどんなものなの?』
『魔石は魔物の体内で生成される魔力が籠った石の事だよ。その魔物の強さによって大きさもまちまちで、強いほど大きな魔石を持ってるんだ』
『それって、何かに使えるの?』
『魔力が籠められているから魔法を使う時に触媒にはなると思うけど』
『それだけ?』
『うーん、特には思いつかないなぁ。あ、でも、魔物は魔石を好んで食べる習性があるよ。魔石は魔物の強さの源みたいなものだから本能的に食べようとするんじゃないかな』
なるほど。まあ、力の源を食べることによってその力を吸収するっていうのは何となくわかる。本当にできるかは知らないけど。
うーん、魔法の触媒に使ったとしても多すぎるよね。そもそもそんなに魔法を使う事態なんてあるのだろうか。
あるとしたら、何か良からぬことを企んでいたに違いない。
「さて、こいつ連れて帰るわよ」
「あ、ミーシャさん。こんなの見つけたんですけど」
通信が終わったのか、ミーシャさんはローブ姿を引き起こしながらこちらを見る。
私が帳簿を見せると、パラパラとめくって見た後、何これとパタンと閉じた。
「こんなたくさんの魔石、魔道具でも作ってたのかしら」
「魔道具?」
「知らないの? 魔道具の多くは魔石が使われてるのよ」
魔道具か、なるほど、それならあり得るかもしれない。
魔道具は一般のものに比べたら高いはずだ。それをすべて買って用意していてはかなりの資金を使うことになるだろう。
犯罪組織がどれくらいの規模かはわからないけど、もし魔石から魔道具を作れる人がいればその費用を浮かすことが出来るんじゃないかな。
今捕まえたこの人のローブも魔法を弾く効果があるもののようだし、今まで会った関係者は皆着ていたから標準装備っぽいことを考えると結構な量があるだろう。
普通に買っている魔道具もあるようだけど、それは別の用途で使っているのかな。
「とりあえず、これは持ち帰った方がよさそうね」
「じゃあ、持って行きます」
私は帳簿と一緒に金貨等もポーチに詰める。
ミーシャさんがローブ姿を担ぎ上げ、私達は古い家を後にした。
ギルドに帰り一連の出来事を報告する。
ギルドに立ち寄ったついでに事件の進捗を聞いてみたが、あまり芳しくないようだった。
結構用心深いらしく、今アジトとして見つかっている場所はほとんどが放棄された場所であり、目ぼしい情報は見つからないのだという。
捕らえた人物も末端の人間なのかあまり詳しい情報は知らず、おかげで中々中枢にまで至れないのだとか。
今回、帳簿が出てきたのは結構稀なことであり、貴重な情報だと感謝され、正式に依頼を受けていないにもかかわらず報酬金が貰えた。
後はあのローブ姿を尋問して色々聞きだせるといいんだけど。
「にしても、あんた相当優秀な魔術師みたいね」
「えっ?」
考え込んでいると、ふとミーシャさんに声をかけられた。
口をへの字に曲げ、なんだか不機嫌そうな様子。
「だってそうでしょ。普通地下のあんな淀んだ空気の中探知魔法使えないって。そもそも、地下と地上で空気の流れは分断されてるから届きにくいし、あいつは魔法を弾くローブを纏ってた。ここまでされたら、普通見失っちゃうと思うんだけど」
私みたいにね、と肩をすくめる。
探知魔法は風を媒介にして周囲の生物の気配を感じ取る魔法だ。だから、空気の流れが悪い場所だとその能力を発揮できない。
ミーシャさんが言うように魔法を弾くローブを着ていた上に地下に逃げ込むなんてことをされたら普通は追えなくなるだろう。
だけど、私の場合は探知魔法に一手間加えることで空気の流れが悪い場所でもある程度捕捉できるようにしている。
まあ、やることは単純で、風を生み出して空気の流れを作り出しているだけ。こうすることで、探知魔法の通り道を作り出し、どんな場所でも目標を捕捉できるようにしているということだ。
流石に、魔法を弾かれるとかなり希薄になってしまうけど、全身を覆っていない限り多少なりとも感じ取ることが出来る。あの時はそれに加えて魔力を足して範囲を広げていたしね。
「大会の時だってさらっとやってたけど、水に風に火に土に、それに隠密ってことは闇か光? どんだけ属性持ってるのよ」
「一応、全部?」
「うわ、詳しくは知らないけど、魔術師って普通二個か三個じゃないの? 私だって風しか使えないのに」
あ、やっぱり風属性持ってるんだね。
隠密魔法を見破られた時に使ってた魔法、あれはおそらく探知魔法だったんだろう。
お姉ちゃんと戦う時にこれを使われると負けるかもしれないと思っていた可能性の一つ。まあ、お姉ちゃんはお姉ちゃんで看破魔法で突破されたわけだけど。
「そんなちっこいのに、なんだか負けた気分だわ」
ふんと顔を背けるミーシャさん。
初めてみた時はお姉ちゃんのことを様付で呼んだり、私の事を卑怯者呼ばわりしてなんだこの人とも思ったけど、案外可愛いところもあるじゃない。
まるで子供のような態度に微笑みを浮かべていると、その態度が気に入らなかったのか私の頬を引っ張ってきた。
「何よその顔は。言っとくけど、私はあんたのこと認めたわけじゃないからね」
「い、いひゃれす」
どうにも少し嫌われている節があるのは大会の時から変わらない。
まあ、確かにお姉ちゃんに勝てたのは【念話】で負けてほしいと頼んだからだから卑怯と言えば卑怯なんだけどさ。
でも仕方なかったんだよ。あの時は勝たないと人質の身も危うかったわけだし、アリアのことも心配だったから。
「あれ、ハクじゃない」
しばしミーシャさんと話していると、不意に声をかけられた。
振り返ると、そこにはお姉ちゃんが立っていた。
2020/10/25 一部内容を修正しました。