第四十九話:ミーシャと共に
意気揚々と走り出したとはいえ、すでに結構な距離が離れてしまっている。
探知魔法を使ってみると、路地を走っていると思われる二つの気配を確認できた。
これは、魔法使わないと追いつけなさそうだ。
さっと足を撫で、身体強化魔法を施す。私が地を蹴ると、身体がふわりと持ち上がり、大きく跳躍した。
ピョンピョン跳ねながら追いかけること数分。前方にミーシャさんの姿を確認することが出来た。
路地の角にぴったりと寄っている。何してるんだろう。
「ミーシャさん、どうしたんですか?」
「うぉお!? って、あんたか。びっくりさせないでよ」
そっと背後に立つと、文字通り飛び上がって路地の壁に張り付いた。
どうやらちょっとしたとっかかりに手をかけて体を支えているらしい。相手が私だとわかるとすぐに降りてきた。
「逃げた人の事が気になって。もしかして、ミーシャさんは例の事件を追って?」
「あんた、事件のこと知ってんの? まあ、そうだよ。人相書きにそっくりなやつを見つけて後を追ってたんだ」
知ってるも何も当事者だからね。
よほど驚いていたのか背後に揺れる尻尾が逆立っている。こういう時、獣人というのは感情がわかりやすい。
「それで、あいつはどこに?」
「この先に逃げたのは見たんだけど、見ての通りさ。……チッ、ぶつかってさえいなければな」
路地の先を覗いてみるが、そこは行き止まりとなっていて誰もいない。
ミーシャさんは身体強化魔法が得意みたいだし、私とぶつかってなかったら多分追いついてただろうな。
責めるような視線に半笑いを返しながら路地の先を見回す。
奥には高い壁があり、とても短時間で登れるとは思えない。跳躍魔法を使えば飛べるかもしれないけど、それなら地を蹴った跡があるはずだ。見回してみても、それらしき後はない。
「本当にここに来たんですか?」
「疑うの? 間違いなく来たわよ。こまめに探知魔法も使ってたから間違いない」
探知魔法を使ってたならほぼ間違いないだろう。となると、ここにきてどこかに消えたってことになる。
私の探知魔法は……うん? ちゃんと反応がある。でも、場所がおかしい。
場所的にはこの壁の先を行っているようだけど、位置がだいぶ低い。これじゃあ地面の中を進んでることになるんだけど。
……いや、待てよ。地面より下ってことは、地下か。
そうとわかれば!
「……あった」
当たりを付けて辺りを捜索すると路地の端のゴミ袋に隠れるようにしてマンホールがあった。
恐らく、ここから地下に逃げたんだろう。危うく見逃すところだった。
「ミーシャさん、こっち!」
「あん? ……おい、これってまさか、地下に逃げたっていうのか?」
「多分そうかと。探知魔法にも引っかかってますし」
ただ、元々魔法をはじくローブを着ているのと、風が通りにくい地下にいるせいで割と近いのに見失いそうなほど気配が希薄だ。追うなら急いだほうがいいかもしれない。
「探知魔法に? ……私は何も感じないけど」
「私もかなり希薄で見失いそうです。急ぎましょう」
「お、おう」
マンホールの蓋を開けると、地下へと続く梯子があった。
見失いかねないのでさっさと降りることにする。
地下に降りると、かなりの暗さだった。辺りには異臭が立ち込め、あまり長居したい感じではない。
「うへぇ……地下道とか一番行きたくない場所なんだけど」
あれだけ意気揚々と追いかけていたミーシャさんはあまり乗り気ではないのかしばらく降りてこなかった。だけど、決意を固めたらしい。
光魔法で周囲を照らすと、鼻をつまんで苦し気にしているミーシャさんの顔が映った。
ああ、獣人だから鼻がいいのか。だとしたら、ここの臭いはちょっときついだろうな。
「こっちです。急ぎましょう」
「わ、わかってるわよ」
すでにミーシャさんの探知魔法では追えないようなので私が案内する。
相手は地下に逃げ込んだことで撒いたと思っているのか、動きはそこまで早くない。
足を踏み外して下水に落ちないように注意しつつ進んでいく。
しばらく進むと、気配が上へと上がった。どうやら地上に出たらしい。
急いで距離を詰めると、地上に続く梯子を見つけた。
「ここから上に出たみたいですね」
「なら早く出ましょう。臭いが体についちゃう」
梯子を上り、マンホールの蓋を退けると、そこはどこかの路地裏のようだった。
辺りをざっと見まわしてみるが、ここがどこなのかよくわからない。
気配はこの先に向かったようだけど……。
「ここ、外縁部の外壁近くね。外から来た人達が出たり入ったりしてるから空き家が多いんだけど、もしかしてその中のどこかに?」
上がってくるなりぶるぶると体を震わせて一心地ついたミーシャさんが状況を分析する。
外縁部の外側付近ってことは、私がいる宿からはかなり離れている。それじゃ探知魔法にも引っかからないはずだ。
「もう少しで追いつけそうです。行きましょう」
「言われなくてもわかってるわよ」
人気のない路地を進み、曲がりくねった道に時たま頭を悩ませながらも進むこと数分。私達はようやく目的の場所へと辿り着いた。
着いたのは古い家だった。気配がそこで止まったところ見ると、ここがアジトなのだろうか?
いくつかのアジトはすでにギルドが押さえているらしいけど、まだあったとは。
窓がないため中の様子を確認することはできないが、探知魔法で見る限りいるのは一人だけっぽい。
「ここ、みたいですね」
「ああ。できれば道中で仕留めたかったけど、アジト見つけられたんなら結果オーライか?」
「どうやって攻めます?」
「そうね……って、何当たり前のようについてこようとしてんのよ」
魔術師はその性質上、一対一での戦闘が苦手だというのは闘技大会でも言ったけど、それ以外にも室内のような狭い場所もどちらかというと苦手な部類に入る。
なぜかというと、遮蔽物を盾にして容易に近づかれてしまうからだ。
魔術師は近づかれると回避などで集中が途切れ、魔法を放つのが難しくなる。だからこういう場合、魔術師は外で待機し、捕まえ損ねて出てきたところを叩くというのが一般的だ。
ということを言われたんだけど、一人で行かせるのもなんだか心配じゃない?
いや、ミーシャさんは闘技大会優勝者だし、戦闘スタイルも近接戦を得意とする形だから室内戦は得意だと思うよ? だけど、腐ってもここはアジトなわけだし、何かしらの要因で行動不能になった場合誰か助ける人がいないと危ないじゃない。
それに私は探知魔法である程度の気配は探れるし、そこまで足手纏いにはならないと思うんだけどなぁ。
……とか言ってピンチになったら申し訳ないけど。
「はぁ……じゃあ私が前出るから、あんたは後ろから援護して。それでいい?」
「はい、わかりました」
ため息をつきながらもちゃんと連れて行ってくれるあたり優しいよね。
慎重に家に近づき、そっと扉を開ける。扉の先は廊下になっており、ひとまず敵影は見えない。
探知魔法では間取りまではわからない。だけど、気配からしているのは奥の部屋っぽい?
ミーシャさんに目配せすると、足音もなく廊下を進んでいく。
床は古く、軋みやすいのに物音ひとつさせないのは流石獣人と言ったところだ。
私もできる限り音を立てないようにしつつ後に続く。
奥の扉までたどり着くと、お互いに頷き合う。
ミーシャさんが扉に手をかけると、勢いよくバッと開くと同時に部屋の中へと転がり込んだ。