第四十八話:組織の影
騒動もいったん落ち着き、ようやく落ち着いて腰を据えることが出来るようになった。
あれから数日、ギルドは未だに組織を追っているらしく、時たま外に出ると多くの冒険者が走り回っているのを目にする。
私も冒険者として参加するべきなんだろうけど、大会の疲れもあり、しばらくは静養することにしたのだ。
まあ、私が参加しなくても捕まえるのは時間の問題だとギルドマスターも言っていたし、大丈夫だろう。
私を殺しに来たあのローブの男は未だに捕まっていないのは少し気がかりだけど。
あの時、なんでお姉ちゃんは後を追わなかったんだろうと気になっていたけど、私の無事を優先したかったらしい。
あの時点ですでにギルドや騎士団が捜索に乗り出していたし、追わなくてもそのうち捕まると踏んでいたそうだ。
探知魔法で探してみたけど、全く引っかかる様子がない。恐らく範囲外に出てしまっているのだろう。
まあ、それも冒険者達が捕まえてくれることだろう。王都だけあって、冒険者の数も多いしね。
それに、お姉ちゃんが私の責任だと言ってあちこち探してくれている。
そこまで責任を感じる必要はないと思うんだけど、不安の芽は取り払っておきたいからって。
ほんと、頼りになるお姉ちゃんだ。
さて、今日は久しぶりに街に出ることにしよう。
正直、宿屋で寝ているだけというのは暇だ。魔法の研究をするというのもありだけど、それでも限度がある。
ここ数日で疲れも大体取れたし、せっかく王都に来たのだから買い物とかもしてみたい。
何か珍しいものとかあったりしないかな?
通りにある出店を物色しながら街を歩く。
『やたらと人が多いね』
『王都だからね』
『はあ、息苦しいったらありゃしない……』
『ああ……ごめんね? 人混みに来ちゃって』
宿で待っていてもいいと言ったのだが、アリアは私についてきた。
よほど誘拐されたのがトラウマなのだろう、ずっと私から離れようとしない。
いつもはご飯の時間は部屋で待っているのだけど、その時間すらべったりだ。
まあ、私もアリアが離れ離れになるのは少し不安だから一緒にいてくれるのは嬉しいんだけど、やはり王都の人の多さはアリアにとっては苦痛みたいだ。
適当なところで切り上げ、人気の少ない路地へと回る。
「ごめんね? ここなら平気かな」
『あ、気にしなくてよかったのに。ちょっと窮屈だなぁって思ってただけだからさ』
私はアリアがいるであろう方に顔を向けて謝罪する。
アリアは気にしていない風だったけど、実際のところはどうなんだろう?
私もどちらかと言えば人混みは苦手な方だし、人と話すのもそんなに得意ではないけど、こんな感覚なのだろうか。
それとも、いるだけで息が詰まるような感じなのだろうか。なんにしても、なるべく人混みは避けた方がよさそうだ。
「そっか。……ふぅ、少し休憩しよう」
最近ずっと宿にいたせいで少し足が鈍っているのかもしれない。
壁にもたれて足を休めながらぼんやりと街の通りを眺める。
ふと、肩にわずかな重みを感じた。アリアも座ったのかな?
『なんで人間って群れるんだろう』
「うーん、武器を持っていないからじゃないかな」
人間には鋭い爪も鋭利な牙もない。だからこそ、集団になることによって自らを大きく見せようとするんじゃないかと思う。
人間の強みは頭だ。動物と違って人間は道具を作ることが出来る。類稀なる知恵があるというのは動物にはあまりない特徴だ。
人間の他にも獣人やドワーフ、エルフと言った亜人というものも世界にはいるけど、彼らも元をたどれば人間が元だし、根本的な部分では同じなんだと思う。
『なるほどね。でも確かに、仲間意識が強いっていうのは共感できるかもしれない』
「アリアには仲間がいるの?」
『そりゃいるよ。あんまり会うことはないけどね。精霊ならちょいちょい見かけるけど』
私と出会った時は一人だったけど、もし仲間がいるのなら会ってみたいな。
いや、妖精は用心深いし、人間の事はあまりよく思っていないだろうから無理か。
そう思うと、こうして一緒にいてくれるアリアがどれだけ特異な存在なのかがわかる。
それだけ私の事を気に入ってくれたということであり、今や親友と呼んでいいくらいの仲だから素直に嬉しいけど。
『……ん? なんか来るよ』
「え?」
ピクリとアリアが反応したのに合わせて顔を上げると、通りの方からこちらに走ってくる人影が見えた。
その人物は私が休んでいる路地までくると、私には目もくれずにそのまま奥へと走り去っていく。
突然の出来事に見送ることしかできなかったけど、あいつが着ていたローブには見覚えがあった。
「今のって……」
「どいてどいて! ちょ、危ない!」
「え、うわっ!?」
ローブ姿が去っていった方を見ていると、背後に重い衝撃が走り、そのまま前のめりに地面に倒れ込んでしまった。
とっさに手で受け身を取ったから大した怪我はしなかったけど、ぶつかられたと思われる背中が地味に痛い。
背中をさすりながら文句の一つでも行ってやろうと振り返ると、そこには華奢な体に猫耳を生やした女性が尻餅をついていた。
あれ? この人って。
「いったた……もう、なんでこんなところにいるのよ! ……って、あんたは!」
「えっと……ミーシャさん、でしたっけ?」
目を丸くして驚いているのは決勝の舞台で戦ったミーシャさんだった。
あの時と同じく露出が多めの軽装である。
ふと、脚を見てみると、転んだ時に擦りむいたのか少し血が滲んでいた。
「あ、ご、ごめんなさい。すぐに治しますね」
ぶつかってきたのは向こうだけど、私がぼーっと立っていたからこうなったわけだし、責任は取るべきだろう。
脚に向かって治癒魔法を施す。大した怪我ではなかったこともあって、傷はすぐに塞がっていった。
「あ、ありがとう……って、そうじゃなくて、こっちに走ってきた奴、どこへ行ったか見た?」
「ああ、それなら……」
気になる服装だったこともあり、どの角を曲がったくらいなら覚えている。それを教えると、さっと立ち上がって走っていってしまった。
「……ねぇ、アリア。さっきのってやっぱり……」
『まあ、あいつらだね。間違いない』
あのローブは間違いなくあいつらが使用していた魔法を弾く効果があるローブだ。
そう言った付与効果のある装備品は一般にも出回っているから一般の人が着ている可能性もあるけど、逃げてるってことは何かしら後ろめたいことがあるからだろう。
アリアも同意しているし、恐らくあれは例の組織の人間で間違いない。
となれば……。
『……追う?』
「しかないでしょう」
この事件のことはギルドに任せる予定だったけど、目の前で目撃したからには見過ごすわけにはいかない。
私はパッと立ち上がるとミーシャさんの後を追った。