第四百四十二話:船に乗って
王都を出発してから十日ほど。私達は港町へとやってきた。
ここから船に乗り、セフィリア聖教国のあるトラム大陸へと向かう。
そういえば思ったんだけど、転移魔法陣は使わないんだろうか。
セフィリア聖教国ほどの国が転移魔法陣を持っていないわけないし、それだったら始めから転移魔法陣でやってきて、そのまま帰れば一日で移送が完了するのではないだろうか。
ここまでの移動に使った水や食料などは結構な量になる。確かに転移魔法陣は許可がなければ使えないけど、罪人を移送するという理由があるなら十分な理由になると思うんだけどな。
それなら、わざわざこんな惨めな思いしなくても済むし、向こうも早くつけるのだからみんな幸せだと思うんだけど。
そう思ってカムイに聞いてみたんだけど、どうやら大陸間で転移魔法陣を使うことはできないらしい。
と言うのも、転移魔法陣は転移魔法を人類が使えるように無理矢理儀式魔法化したものであり、普通に使うだけでも満月の魔力が集まる日にしか使えない。
そして、転移魔法は距離が伸びれば伸びるほど消費が多くなっていく。大陸内だけでも精一杯なのに、大陸を超えるような移動をするには満月の補正をもってしても魔力が足りず、使うことができないらしい。
なるほど、私はポンポン使っていたから忘れていたけど、転移魔法って大変なんだったね。それを使えるようにしただけでも凄いことなのに、その上大陸間移動までできちゃったらそれこそぶっ壊れと言うわけか。少し納得した。
あれ、それだと竜ってぶっ壊れの集まりなんじゃ? ……まあ、別にいっか。竜だし。
「これから船旅になるが、暴れるんじゃねぇぞ」
私達は檻から出されることもなく、そのまま貨物室に詰め込まれる。
風が当たらない分ましかと思いきや、貨物室には山積みにされた雪が積まれており、その冷気が貨物室全体を冷やしていた。
恐らく、氷室のようなものなのだろう。周囲にはいくつもの箱が積まれているが、恐らく魚とかの鮮度が重要な食品なのかもしれない。
いや、どうだろうな。あいつらの事だから、単純に嫌がらせのつもりでこうした可能性もある。
外の寒さならまだしも、ここの寒さは私でも流石に堪える。肩を抱きしめても寒さが和らがず、がちがちと歯を鳴らしてしまう。
人の姿だとこれが限界か。私は周囲の様子を確認する。
貨物室には私達以外の人の姿はない。まあ、恐らく出口の先には見張りがいるだろうけど、流石に氷室に一緒に入ってまで見張ろうという奴はいないらしい。
そんなことなら雪なんて入れなきゃいいのに。まあ、人がいないのは私としてもありがたい。
『んっ……』
私は背中から竜の翼を出す。人の姿では堪える寒さでも、竜の姿であればそこまででもない。一部だけでも【竜化】することで体の血の巡りを良くし、体温を上げるのだ。
ついでに翼で体を覆うようにしてやれば保温性はばっちりである。無駄に大きな翼もこういう時は役に立つ。
『ハクお嬢様、大丈夫ですか?』
『うん、今のところは。人の姿だときついけど』
『でしたら、なるべく竜の姿でいてください。見張りは私がしてきますので』
『私は外の様子を見てくるね』
『ありがとう、お願いね』
いくら誰もいないとは言っても、誰か入ってくる可能性はある。
入った瞬間見られなければ瞬時に隠せるので、エルが見張ってくれるなら特に問題はないだろう。アリアの申し出も、もしもの時の情報収集は大事だからありがたい。
『さて……エルは、平気?』
『はい。この程度の寒さ何の問題もありません』
流石、氷竜だけあって寒さには強い。ただ、私が心配しているのはそこではなく、エルの怒りの矛先についてだ。
エルは道中相当憤っていた。それは私の扱いがかなり雑で、平然と暴言を吐かれたり、たまに檻越しに剣でつつかれたりととにかく色々な嫌がらせをされていたからだ。
反撃しようと思えばいつでも反撃できる。隷属の首輪があるとはいえ、すでに解析は終わっており、外そうと思えば任意のタイミングで外せるからだ。
だが、それではわざわざつけてきた意味がない。こいつらを殲滅するつもりなら初めからやっている。
そういうわけで、エルには我慢してもらっていたのだが、それはエルにとっては相当なストレスだったことだろう。
特に、私を守れと言う命令を受けている以上、それを遂行できない状況は歯がゆかったに違いない。だから、エルがいつ暴発しないかとひやひやしていた。
見た感じ、落ち着いているように見えるけど……怒りは落ち着いたのだろうか。
聞きたい気持ちもあるけど、それはそれで刺激してしまいそうで何となく聞きづらい。何も言ってこないなら大丈夫、なのかな?
『そ、それならいいけど……じゃあ、これからの事を考えようか』
『はい、殲滅あるのみですね』
『い、いや、そうじゃなくてね?』
『いえ、すでに奴らの運命は決まっています。全員八つ裂き決定です』
やっぱり怒ってる!
いや、まあ、私もあれだけの事をされたのだから多少なりとも憤りは感じているけど、だからと言って殺すのはちょっと……。
隷属の首輪を外せば可能とはいえ、それはあまりにも可哀そうすぎる。少なくとも、間違った知識を植え付けられただけの転生者は殺したくはない。
でも確かに、最悪エルの言う通りになるんだよね。
もちろん、私は裁判の時に自分の無実を訴えはするだろうけど、どうせ聞き入れてくれるとは思えない。で、そのまま処刑コースに入ったらどうするかと言えば、逃げるか返り討ちにするかの二択しかないだろう。
穏便に済ませるなら逃げる一択だろうけど、それで世界から追われることになるのはごめんだ。それならば、一思いにやってしまった方がいいのではないかと思う。
問題なのは、聖教勇者連盟と言う組織を潰してしまった時の影響だ。
聖教勇者連盟は世界の警察。多大な権力を持っている。それがいきなりなくなってしまったら、勢力バランスが崩れるのは容易に想像できる。
下手をすれば、これを機に犯罪者が増加し、それによって無辜の命が奪われていくかもしれない。
出来ることなら、聖教勇者連盟と言う組織を残しつつ、私を追うのをやめてもらいたいところだが、いくら考えても妙案が思い浮かばない。
もうあまり時間はないというのに……。
『ハクお嬢様は優しすぎます。ハクお嬢様を傷つけようとする人間をどうして庇おうとするのですか?』
『そりゃあ、同郷の人だし、殺すのはあまり気分のいいものではないし……』
『それでは奴らはつけあがるばかりです。そもそも、あの国はハーフニル様が健在だったならばすでに粛清されているはずの国です。ハーフニル様が復活なされた今、残しておくべきではありません』
竜が国を滅ぼすのは理由がある。それは竜脈をあまりにめちゃくちゃにいじくったり、竜に対する過剰な攻撃を行ったり、理由は色々あるが、人の世に言われているように適当に滅ぼしているわけではない。
聖教勇者連盟を擁するセフィリア聖教国は竜に対して過剰なまでに攻撃を繰り返している。それに、本拠地である竜の谷までわざわざ攻撃しに来ているのだから、竜にとって目障りな国なのは間違いない。
セフィリア聖教国が今なお健在だったのはお父さんが眠りについていたからだ。それが目覚めた今、竜の悪評ばかり流すセフィリア聖教国を野放しにしておく理由などない。
それがなされていないのは、ひとえに私の我儘故だ。転生者を殺したくない、人を殺したくない、そんな我儘がセフィリア聖教国をつけあがらせている。
そう考えると、私は竜に対して凄く迷惑をかけているのだなと思った。
『ハクお嬢様の命が危険だと判断したならば、私はその障害を打ち倒すべく竜の力を振るいましょう。それだけは、覚えておいてください』
『……わかった』
人の側に立つか、竜の側に立つか、それによってセフィリア聖教国の立ち位置はものすごく変わってくる。
私はどっちに立ちたいのだろう? 両方ともに味方したいというのは我儘なんだろうか。
私は答えを出せぬまま、そっと身を縮めるしかなかった。
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