第四百四十一話:劣悪な道中
道中は劣悪の一言だった。
そろそろ冬と言うこともあって、道中の移動は結構寒さが堪える。それなのに、私達が乗っている馬車は幌もなく、檻は隙間だらけの動物園仕様。着ている服も簡素なぼろ服と言うこともあってかなり寒かった。
王都にいた時はまだましだったけど、これ多分海に出たらもっと寒くなるよね。私とエルは竜だから、まだ寒さに対して耐性もあるけど、普通の人だったら風邪をひいてしまいそうだ。
それ以外に関しても酷い。例えば食事は小さなパンの欠片一つにわずかな水のみ。しかも、パンは水でふやかさなければ噛めないようなとても硬い黒パンだ。
さらに言うなら、私達が食べている間、周りの人達はまともな食事をとっている。もちろん、旅の道中だから宿で出てくるようなものではないけれど、干し肉に野菜スープなど、私達に比べたら相当ましな食事だった。
そして、トイレに関してはいかせてすらもらえず、その場で出すしかないという。
いくら私でも、排泄しているところを見られて喜ぶ趣味はない。食事はまだしも、これに関しては相当な苦痛だった。
当然、掃除などされるはずもなく、しかも水浴びすらさせてもらえないから身体はどんどん汚れていく。正直、泣きそうだった。
ただ単に襲い掛かってくるというなら返り討ちにするなりなんなり色々やりようはある。でも、こうして自由を奪われて、人の尊厳を踏みにじる様な拷問に晒されるのは耐えられない。
抗議したくても、喋るな、と命令されているので叫ぶことも泣き声を上げることもできない。
こんなことになるなら捕まらなければよかったと後悔の念が浮かんでくるがもう遅い。少なくとも、セフィリア聖教国に着くまでの一か月近くはこういった生活が続くと考えると心が折れそうだった。
『ハク、食事を持ってきたわよ』
そんな中、心の拠り所となったのは仲間の存在だった。
カムイは夜みんなが寝静まったタイミングでいつも食事を提供してくれたし、シンシアさんはせめて排泄物の掃除くらいしないと臭くてしょうがない、と周りを諭し、掃除を買って出てくれた。
エルも、いつも私の事を抱きしめて周囲の視線から守ってくれたし、アリアも魔法でばれない程度に体を清めてくれた。みんながいなかったら私はとっくに発狂していたことだろう。
『ありがとう、カムイ。ごめんね、いつもいつも……』
『いいんだよ。むしろ、こんなことになっちゃってこっちこそごめん』
一応、周りの人が起きる可能性もあるので会話はどちらも【念話】で行っている。
差し出される干し肉を落ち着いて噛み砕きながら、私は必死に笑顔を見せようと頑張っていた。
ここで折れるのはまだ早い。一番気合を入れなければならないのは着いた後だ。
裁判をするとは言っていたが、弁護士もいないし、一方的なものになるだろう。その時にどう立ち回るかが問題だ。
『ねぇ、カムイ。裁判で死刑が言い渡されたら、どんな感じで処刑されるかわかる?』
『それはよく知らない。有罪判決を受けてどこかに連れていかれる人は見たことがあるけど、その後どうなったかまでは知らないよ』
どうやらカムイは以前にも裁判の傍聴席に立ったことがあるらしい。しかし、そこで裁かれて連れていかれる人は見ても、その後どうなったかまでは把握していないようだ。
と言うことは、少なくとも公開処刑と言うわけではなさそう?
特に重大な罪を犯した重罪人は町の広場などで断頭台による公開処刑が行われることがある。それは、町の人々にとっては娯楽でもあり、一種のエンターテイメントでもあった。
私が犯したとされている罪は聖教勇者連盟の一員の襲撃。これは貴族に対して暴言を吐き、金を毟り取った上で一家もろとも殺したくらいの重犯罪であり、オルフェス王国の法では余裕で死刑、そして公開処刑と言う流れになると思う。
カムイが見た罪人と言うのがどの程度の罪で裁かれたかは知らないけど、聖教勇者連盟に連なる貴族の家で数年暮らしてきたカムイが公開処刑を知らないということは、恐らくそういう裁き方はしないんだろうと思われる。
であれば、秘密裏に行われているのだろうか。町の人の晒し者にならないのはいいが、それはそれで少し気になる。
『何か聞いたことはない? 処刑場みたいなものがあるとか』
『うーん、処刑場かどうかはわからないけど、前に一度重要区画に連れていかれるのは見たことあるわ』
『重要区画?』
『ええ。幹部やごく一部の認められた人しか入れない場所で、聖教勇者連盟にとって重要な仕事を行うための場所だって聞いたことがあるわ』
聖教勇者連盟にとって重要な仕事? やけに抽象的だな。
カムイの話によると、そこは普段不可視の結界が張ってあり、外から中の様子を確認することはできないらしい。
教皇を始め、枢機卿や一部の司教が多く出入りしているが、たまにそうやって罪人が連れ込まれることがあるようだ。
ふむ、少し妙な話だね。
仮にその先に処刑場があるのだとしても、それが重要な仕事とは思えない。いや、確かに罪人の処刑も重要な仕事かもしれないが、それでわざわざ不可視の結界を張ったりしないだろう。
そもそも、処刑の方法にもよるけど、幹部のお偉いさんがやる仕事でもないだろうし。無力化はしているだろうけど、もしかしたら襲い掛かってくる可能性もあるのだから、わざわざ危険を冒す必要もないだろう。
だとすると、なぜ罪人を連れ込んでいるのだろうか。
聖教勇者連盟にとって重要な仕事、と言われて思いつくのは、まず世界の情勢の確認だろうか。
聖教勇者連盟は元々、魔王を倒すために作りだされた組織だ。その役割は今では少し変わり、各地に被害を与えている危険な魔物の掃討を目的としている。
それを実現するためには、世界各地の情報を知る必要がある。実際に人を派遣して魔物を倒すのも重要だが、情報を調べて行くべき場所を示すのも重要な仕事だ。
だから、世界情勢の確認は重要な仕事と言える。ただ、それと罪人とは結び付かないように思える。
例えば、情報を受け取る手段として通信の魔道具がある。離れた場所の情報を受け取るための最速の手段だ。
一対一の会話ならともかく、世界を相手にするとなればその数も膨大なものになるだろう。であれば、当然人手も必要になってくる。
その情報を受け取る通信手としての役割を罪人に期待しているのだとしたら、罪人を連れ込んでいる理由にもなるだろう。
でも、普通そんな大事な情報の伝達役を罪人に任せるか?
各地の魔物を倒し、平和を守っている実績があるからこそ、聖教勇者連盟はここまで強大な組織になれたのだ。指示役は別にいるとしても、その指示役に情報を提供するのが罪人だったら途端に信憑性がなくなっていく気がする。
万が一にも、罪人が敵愾心からいい加減な情報を教えたらまずいだろう。普通の思考を持っているなら、その席は信頼できる部下にやらせるはずだ。だから、そのために罪人を引き込んでいるというのは少し納得できない。
『罪人が必要な重要な仕事……』
他にあるとしたら、例えば転生者の保護とかも重要な仕事に当たるかもしれないが、あれだって情報を受け取ってその地にスカウトを派遣する、と言う風になるだろうから違うだろう。
魔物を倒すために先んじて偵察を行う斥候としての働き、とかも考えたけど、それならわざわざその重要区画に入れる必要はないだろう。別に幹部がそこから一歩も出てこないというわけでもないんだから。
うーん、わからん。重要な仕事ってなんだ?
しばらく考えてみたが、結局その答えが出ることはなかった。
感想、誤字報告ありがとうございます。