第四十六話:駆けつけたのは
ローブの男が私の下に近づいてくる。
とっさに身を固くしたが、魔力が回復していない今、私にできることなどなかった。
ローブの男はにやりと笑うと、こちらを嘲笑するように話し始める。
「残念だったなぁ、お転婆娘。いい線まで行ったが、お前は優勝できなかった」
「……」
「ま、魔術師のガキにしてはよくやった方だよ。だが、約束は約束だ。人質は始末させてもらう」
こいつはあの時廊下で青年を脅していた方か。少し濁った声色が印象的だから覚えている。
「お前も災難だな。兄貴がへっぽこなせいでそんなになるまで戦わされてよ」
私の身体は大きな怪我こそしていないものの、体力的にはボロボロだった。
元々体力はなかったし、慣れない対人戦で魔力を使いすぎたのが主な原因だけど、確かに今回の事がなければ対人戦なんてほとんど経験することはなかっただろう。
ある意味ではいい経験でもあるが、その代償がアリアでは重すぎる。全く釣り合わない。
「まあ、運が悪かったと諦めるんだな」
ローブの男はそう言うと懐からナイフを取り出す。そして、ゆっくりと私の傍に立つと首元にナイフを宛てがった。
「お前はよく頑張った、それは誉めてやろう。あの世で兄妹仲良く、感動の対面でもするんだな」
振り上げられたナイフが振り下ろされる。
身体強化魔法を使ったわけでもないのにその動きはとてもゆっくりに見えた。
捨てられてから一年弱。一時は死を覚悟したこともあったけど、何とか生き残って繋いできた命。お姉ちゃんとも会えてようやく生きていることに喜びを感じ始めてきたところなのに、ここで終わりなのか。
いくら力を込めても体は言うことを聞かない。たとえ身体強化魔法で防御しようとしても、今の出力では容易に貫かれてしまうだろう。
せめて、最後にもう一度だけでも、お姉ちゃんに会いたかったな……。
「ぐっ!?」
諦めて目を閉じかけたその時、甲高い音と共に男がナイフを取り落とした。慌てて拾おうとするが、再びカキンと音がしてナイフが弾き飛ばされる。
私と男の間に滑り込むように入ってきたのは、今たまらなく会いたがっていた人だった。
「ハクには指一本触れさせない」
空色の髪をはためかせ、両手に短い剣を持つその姿は今まで見てきた誰よりもかっこよかった。
「貴様、神速のサフィ!?」
「さあ、観念しなさい!」
ひゅっと風切り音がすると男のローブが切り裂かれた。その早業は目では追えず、まるでひとりでにローブが切り裂かれたよう。
ローブの男はちっと舌打ちすると懐から何かを取り出し、床に叩きつけた。その瞬間、眩い光が発せられ、私達の視界を焼く。
光が収まる頃には男の姿はいなくなっていた。
「ハク、大丈夫だった!?」
「う、うん。ありがとう、お姉ちゃん」
荒々しく開け放たれた窓が見える。恐らくあそこから逃げたんだろう。
お姉ちゃんは窓の方を一瞥した後、私に抱き着いてきた。
豊満な胸が私の顔を覆う。苦しいけど、お姉ちゃんに包まれているようで安心できた。
よくよく考えたら絶体絶命だったよね私。お姉ちゃんが来てくれなかったら殺されていただろう。本当に、お姉ちゃんには感謝の言葉しかない。
「お、お姉ちゃん、私、負けちゃって……人質を殺すって……」
ほっと安堵するのも束の間、私は事情を説明する。
決勝で気絶してからそれなりに時間が経っているように思える。ローブの男の口ぶりからしてまだ無事だと思いたいけど、すでに話が伝わって殺されそうになっているかもしれない。
仮にまだ連絡していなかったとしても、逃がしてしまった以上話が伝わるのは時間の問題だろう。そうなれば、人質の命はないに等しい。
纏まらない言葉で必死に伝えようとする私の口をお姉ちゃんは指をあててそっと閉じさせる。そして、安心させるように優しく頭を撫でてくれた。
「人質は解放したよ。ギルドや騎士団にも話を通して、保護してもらったからもう大丈夫」
「え、それって……」
「ええ。あの犯罪者共は私が懲らしめておいたから。もう騎士団の捜査が入ってる頃じゃないかな」
「それじゃあ……」
「言ったでしょ? お姉ちゃんに任せなさいって」
呪いのせいとはいえ、ほとんど情報を伝えられなかった中、お姉ちゃんは少ない情報を頼りに見事にアジトを見つけてくれたようだ。
人質となっていた二人は無事に救出されたと知り、ひとまず安堵に胸を撫で下ろす。
「あ、あの、アリアは……」
だが、まだ完全に安心するには早い。
無事にアジトを見つけ、ローブの集団を捕らえられると言っても、あいつらに奪われた最も大事なものの行方がまだわかっていない。
「ああ、それなら……」
自分でもびっくりするくらい小さな声に対して、お姉ちゃんはニコッと笑うと入り口の扉の方を見た。
つられて私もそちらを見ると、小さな光が私目掛けて飛んできた。
「ハクー!」
私の顔に縋り付くように抱き着くそれは、小さな人型をしており、背中には薄い羽が生えている。
会いたくてたまらなかった私の親友がそこにいた。
「アリア! よかった、無事で……」
「ごめんね、心配かけて。でももう大丈夫、絶対に離れないからね!」
自然と涙が溢れてくる。
時間にしたら四日ほど。そんな短い間だったのに、まるで何年も会ってなかったかのように思える。
失って気付くもの。アリアは私にとって決して失ってはならないかけがえのない存在だった。
しばらくお互いに泣き続けて、ようやく落ち着いてきた。
私達が泣いている間、お姉ちゃんは静かに見守ってくれていた。
「そういえば、姿を見せてるね?」
ふと、アリアが隠密魔法を使っていないことに気が付く。
ここには私とお姉ちゃんしかいないから大事にはならないだろうけど、お姉ちゃんに姿を見せてもいいんだろうか?
「うん、まあ、この人にはもう姿見せちゃってるし」
「アリアっていうのはこの子の事だったんだね。てっきり人質にされてる子の事かと思っていたんだけど」
お姉ちゃんの話によると、魔封じのランタンと呼ばれる、中に入れたものの魔力を抑える効果があるアイテムの中に閉じ込められていたところを発見したそうだ。
妖精は魔法に関してはかなり秀でているけれど、純粋な力は全くない。それに、体が魔力でできているせいで魔力を封じられると意識が混濁してほとんど何もできなくなってしまうらしい。
私がアリアを見た時ぐったりしていたのはそういう事情があったのか。
「助けてくれてありがとね、サフィ」
「どういたしまして。それより、二人ってどういう関係なの?」
ぴったりと頬にくっついているアリアに対し、お姉ちゃんは興味津々と言った様子で私達の関係を聞いてくる。
まあ、元々話す方向で考えていたし、アリアの正体もばれてしまった今隠す必要もないだろう。
私はアリアとの出会いからここまでの経緯を説明する。
妖精に助けられたという話にお姉ちゃんは驚いていたけれど、アリアが私の命の恩人だと知ると何度も頭を下げてお礼を言っていた。
「ハクとこうして出会えたのもあなたのおかげだね。ありがとう!」
「私がしたいようにしただけだから、気にしないで」
そっけなく返しているが、アリアも照れているらしい。頬がほんのり赤く染まっている。
最初はアリアの事を話すのに多少の不安こそあったけど、話しているうちにすぐに打ち解けていった。
念のためアリアの事は他言無用だと釘を刺すと、絶対に口外しないと約束してくれた。
誤字報告ありがとうございます。修正しました。