第五話:二重魔法陣
あれからどれほどの月日が経っただろう。魔法を使えるとわかってからというもの、朝から晩まで魔法の練習をする日々。アリアは水属性と風属性、光属性が得意らしく、それらの魔法を重点的に研究していた。
その結果、私は多くの魔法を使うことができるようになった。基礎であるボール系の魔法はもちろん、槍や矢を形作るウェポン系、広範囲を攻撃する範囲系など、アリアの使える魔法はほぼ使えるようになったと言っていい。
魔法陣の解析にも成功した。色は属性を、文字は精度を、模様は形を表していることがわかった。平べったい石を見つけ、何度も魔法陣を描いては消しを繰り返した結果わかったことだ。特に、色が属性を表しているというのは単純なようで重要なことで、色を変化させることによって火や土と言った魔法も使えるようになった。
と言っても、こちらはまだまだ練習の必要があるのだが。
おかげで雪が降る季節になっても火魔法で雪を溶かし、土魔法で壁を作ることによって雨風を凌ぐこともできた。これでもう木の下で大きな葉っぱ一枚を毛布代わりに寝るなんてことはない。
実りが少なくなり、日に日に食べる量が減っていってしまったのは焦りを感じたが、アリアが外から食料を調達してきてくれたこともあって何とか乗り越えることができた。ほんと、アリアには助けられてるなぁ。このお返しはいつかしなくては。
雪も解け、春の暖かな陽気が訪れる頃には新たな魔法の作成に着手していた。魔法を作成、と聞くと難しいことのように思えるが、魔法陣の仕組みがわかっていればそう難しいことではない。
魔法陣は色と文字と模様によって一つの魔法を構成している。そして、魔法陣そのものをイメージすることによって魔法の発動をすることもできる。となれば、魔法陣に手を加え、望む効果を付与することも可能なはずだ。
もちろん、最初は失敗続きだった。理論上は間違っていないはずだが、うまく魔法が発動しなかったり、魔法が暴走して爆発を起こすこともあった。だが、今では慣れたものだ。
土魔法で作った土鍋に水魔法で出した水を入れ、火魔法で起こした火で熱する。一見何でもないことのようにやっているこれらの作業も、私が新しく生み出した魔法の一つだったりする。
本来、魔法というのは攻撃手段であり、水道やガスコンロのような生活のために使う用途はない。火力が低く、制御も容易なボール系魔法なら似たようなことはできるかもしれないが、生活に使うとなればそれでも火力過多だ。
土魔法も本来は壁を作りだしたり地面を柔らかくして足元を掬うといった使い方が主である。それを応用し、生活に便利と言えるレベルまで落とし込んだのはちょっとした自慢だ。
おかげで生活の質はだいぶ向上した。熱くて食べにくかった木の実も熱することで多少魔力が放出されるのか甘みも感じられたし、寝床も雨風を凌げるようになってまともに寝られる時間も多くなった。
魔法を使って魔力を消費する機会も増えたせいか頭痛に悩まされることもなくなってきた。もう、ここで十分に生活できている。
ふと、空を見上げる。冬の間はほとんど顔を見せなかった太陽が出番だと言わんばかりに燦々と輝いている。
もう夏か……。
もう一年経つのかとしみじみ思う。誕生日に10歳になって、そこからすぐに魔法の適性を調べる儀式を受けてそのまま捨てられたわけだから、すでに誕生日は過ぎているかなぁ。大まかにしか季節がわからないから詳しくはわからないけど。
まさか、一年以上経った今でも森の中で生きているなんて誰も思わないだろうな。もし、今私があの村に戻ったら幽霊じゃないかって騒がれるかな。驚く両親の顔は少し見てみたい気もする。
……いや、もう終わったことか。
脳裏に浮かんできた両親の顔を頭を振って霧散させる。今、私が信頼しているのはアリアだけだ。両親は関係ない。
そんなことより魔法の研究をしよう。私は地面に描かれた魔法陣の前に座り込んで思案する。生活の質を向上させることに成功した今、研究しているのはここから脱出するための魔法だ。
飛行魔法を応用し、高い跳躍力を生み出すような魔法を考えている。アリアは自らの羽根で飛べるせいか飛行魔法までは知らないらしい。見本がない以上、自分で作るしかないのだ。
高く跳躍するというのは身体強化系の魔法に入る。魔法によって推進力を生みだして威力や速度を上げたり、壁のように展開して体を守ったりといった魔法の中では珍しい補助系の魔法。しかしながら、多くの人が使える魔法でもある。
自分の身体に使う分、魔力の消費はそこまで多くはないが、効率的に使うためには精度がかなり重要になってくる。今回の場合は真上に飛べる推進力が必要だ。それだけなら簡単なのだが、跳ぶ高さが問題になっている。
通常の身体強化なら魔力の量にもよるが、跳べるのはせいぜい3~4メートル程度。しかし、崖の高さは10メートルを優に超えている。とてもじゃないが届かない。
飛距離を伸ばすためには魔力を大量に消費する必要がある。この一年の間に魔力の量はさらに増え、魔法の鍛錬をしていたおかげか量だけならかなりの量にはなったが、それでも安直に大量の魔力を消費するのは気が引ける。
もし失敗すれば高所から真っ逆さまに落ちることになるし、制御を誤れば崖に激突する可能性もある。そう言った緊急時に対処できる魔法も考えているが、大量に魔力を消費した後にそれができるかと言ったら微妙なところだ。
つまり、できるだけ消費を少なくし、かつ安全に飛べるような魔法が望ましい。
消費を少なくするには魔法陣に描かれている文字列を減らせばいい。綿密に描かれていれば描かれているほど消費は大きくなるからだ。しかし、ただ減らせばいいというわけではない。それだと、魔法を始めたての頃のように制御もままならないような魔法になってしまう。
だから、必要な部分は綿密に、必要ない部分は少なくと言ったように描き分けなければならない。同じ情報量でもいかにコンパクトにできるかが重要というわけだ。
これが相当難しい。今まで三行で書かれていた物を一行のスペースに収めろと言っているようなものだ。
「ハークー!」
「わっ!?」
唐突に頭に重みを感じた。額の上からサファイアのような瞳がこちらを覗き込んでいる。
アリアの羽根は一切の羽音を立てずに飛ぶことができるが、それでも正面から近づけば気づく。それに気づけないほどに集中していたようだ。
ふっと肩の力が抜け、その場に座り込む。
「どう? できそう?」
「まだ。消費を押さえようとするとどうしても難しくて」
アリアは滑るように頭から降り、肩に着地する。私と話す時の定位置だ。
「よくやるよねぇ。私には何が何だかさっぱりだよ」
以前、魔法陣の有用性をアリアに説いたことがあるが、よくわからないと一蹴された。元々魔法は直感的に行使することが多く、すでに体が覚えているレベルで使い慣れているアリアにとっては逆に使いにくいようだ。
生活に使える魔法を開発した時は少し興味をそそられたみたいで使おうとしてたみたいだけど、結局やめてしまったらしい。残念だ。
「こことか、もう少しスペースがあれば書き込めそうなんだけどなぁ」
「ふーん」
今は外延外縁部にある操作精度の文字列を詰めているところだ。身体強化系の魔法は形にそこまで拘らなくてもいいから中心の模様部分はだいぶ削減できたんだけど、逆に文字の方はこれ以上詰めるのが難しい。何せ精度の塊だからね。
空いた中心部に向かって伸ばすように描いてはいるけど、それでも限度はある。どうにかしてスペースを増やせればいいんだろうけど、もう減らす場所ないしなぁ。
「なら、いっそもう一個作っちゃえばいいんじゃない?」
「え?」
「魔法陣一つで足りないならもう一つ作っちゃえばいいんじゃないって。それか、魔法陣を大きくするとかさ」
アリアの言葉に一瞬目が点になった。そうか、その手があったか。
スペースが足りないなら作ればいい。なんだ、そんな簡単なことに気が付かないなんて。
地面に書いた魔法陣の横にもう一つ魔法陣を描く。一つの魔法を発動するのに二つの魔法陣を使うのだ、当然文字を書き込めるスペースは十分に取れる。
意味が矛盾しないように文字列を整えながら二つの魔法陣を描き込んでいく。魔法陣同士は魔力によってパイプを作り、それによって結合させる。その分魔力消費は増えるが、全体的に見ればかなり抑えられたはずだ。
「……できた」
文字のコンパクト化も行い、だいぶ簡略化された魔法陣が出来上がった。簡略化出来すぎて少し心配になるが、理論上はこれで大丈夫のはずだ。
早速試してみる。出来上がったばかりの魔法陣の形を間違えないようにイメージをはっきりとさせ、足元に魔力を込めていく。覚悟を決めて発動のキーを入れると、爆発的な推進力に押されて身体が浮き上がった。
勢い余った体は崖を優に通り越し、空高くへと身を投じる。そこには、雄大な景色が広がっていた。
眼下に見えるは広大な森。その先には生まれ育った村も見えた。上から村を見下ろすなんて経験一度だってない。しばしの間、その光景に目を輝かせていた。
やがて推進力を失った体は落下していく。この高さから落ちたら大怪我では済まないだろうが、その辺りは抜かりない。私が下に向かって風魔法を発動させると、落下する身体を受け止めるように小さな竜巻が衝撃を和らげてくれた。
危なげなく着地すると、ほうと息をつく。
「ハク、すごいよ! あんな高くまで飛ぶなんて!」
肩の上で私の髪に掴まっていたアリアはぴょんぴょんとその場でジャンプする。そういえば、降ろすの忘れてた。
私が指を近づけると、アリアがそれを叩いてハイタッチする。
ああ、まだ心臓がどきどきしてる。崖上まで飛べればいいな程度だったのにまさかあれほどまで高く飛べるとは。消費も結構抑えられているし、二重魔法陣はかなり有効のようだ。
「これでここから脱出できるね」
「……うん、そうだね」
アリアに言われて、そう言えばそうだと気づく。
私がこの魔力溜まりに留まっている理由は脱出する手段がなかったからだ。周囲を崖に囲まれ、よじ登ることも難しいからこそ魔力過多による頭痛に辟易しながらも留まっていたのだ。
だが、跳躍魔法の完成によってその問題は解決できた。後は、いつでも好きな時にここから脱出できる。
そう考えるとなんだか少し寂しい気がしないでもない。
アリアと初めて出会った場所だし、なんだかんだ言って魔力溜まりに落ちたからこそ魔法が使えるようになったと思うと感慨深いものがある。でも、いつまでもこんな前人未到の地に留まっているわけにもいかないよね。
食料の調達は厳しいし、このままではずっとアリアに頼ることになってしまう。
「……アリア、明日、ここを出ようと思う」
「オッケー。ようやく外の世界に出られるね、ちょっとワクワクしてきたよ」
急なような気がするけど、こういうのは早い方がいい。別にここを出たからと言ってここが消えてなくなってしまうわけではないのだから。
せめて悔いを残さないように、やり残したことは全て片付けておこう。
書ける時と書けない時の差が激しくてなかなか安定しません