第四百三十九話:取るべき選択肢
「それなら、そのまま差し出してくれて構いませんよ」
聖教勇者連盟に庇護されている国として、その決定に逆らうことは国を危険に晒すことである。それなのに、即決せずに悩んでくれただけでも十分だ。
私の言葉に王様は目を見開く。そして、慌てたように口を開いた。
「そ、それは確かに助かるが……いや、そなたらはただ正当防衛をしただけであろう? それなのに罪を被って出頭することに憤りは感じないのか?」
「まあ、面倒なことになったな、とは思いますけど悪いか悪くないかで言えば王様だって同じでしょう? 国として、私達を差し出すのは正しい判断です」
「ハク……」
「それに、私も国の人になるべく迷惑をかけたくはありません。罪人とは言っても、問答無用で殺されるってわけでもないでしょう? なら、ちゃんと事情を説明して、説得して戻ってきますよ」
まあ、実際はそんなにうまくはいかないだろうけどね。
一応、罪人を引き取るという形で交渉してきた以上、恐らくは裁判のようなものをするのだとは思うが、前にも言ったように聖教勇者連盟は権力を持った貴族と同じようなもの。その気になれば証拠の捏造なんかも平気でやるだろうし、裁判とは名ばかりなものになるだろう。
だからこれは王様を安心させるための一種の方便。せめて、王様の心が痛まないようにするのが優しさと言うものだ。
「……信じていいんだな?」
「ええ。私は必ずまたここに戻ってきます。約束しますよ」
「……わかった。ではそのように取り計らおう。力になれずすまない」
なんだかカムイと似たようなことを言われてしまった。
それだけ私の事を心配してくれているってことだから嬉しいは嬉しいけど、そんな子供を死地に送り込む親のような顔しなくてもいいのに。
いや、確かに私が何もしなければ連れていかれてそのまま処刑、ってなる気がするからまさにその通りなのかもしれないけど、私が何もせずに死を待つような柄ではないことくらい知っているだろうに。
一応、この日のために聖教勇者連盟については多少なりとも調べてある。正確な戦力のほどは不明だが、逃げるくらいならできるはずだ。最悪逃げられなくても奥の手がある。
大丈夫、私もエルも誰も死なない。
「それで、引き渡しはいつになりそうですか?」
「予定では明日、迎えが来ると言っている。それまで、そなたらを拘束しておくようにとも言われたな」
「明日ですか。意外と早かったですね」
セフィリア聖教国は隣の大陸だから、船を使ったとしても一か月近くかかるはず。それなのにもう迎えが来るってことは、初めからこうするつもりで動いていた可能性が高いな。
あるいは元々この大陸にいた人を使ったのかもしれないけど、連れていくための馬車や船の手配などを考えると、どう考えてもオルフェス王国に要求する前に事を進めていたんだろう。
ほんと、強い権力を持っているとごり押しがはかどるからいいよね。それで割を食う弱者の気持ちを考えてあげればいいのに。
「拘束しておけと言うのなら、実際に牢屋にでも入っていた方が無難ですかね? 国が命令に反したと思われても嫌ですし」
「そうだな、その方が怪しまれずに済むだろう」
「なら、お姉ちゃん達に事情を知らせたら、また城に戻ってきましょうか」
流石に、お姉ちゃん達に何も言わずに行くのは心配をかけてしまうだろう。
一応、これまでにも聖教勇者連盟関連で何かごたごたがあるかもしれないとは伝えていたのですぐに受け入れてくれるとは思うが、特にお兄ちゃんは少し心配だな。
我慢できずにセフィリア聖教国に突撃して来たらどうしよう。
「うむ。それで、これは提案なのだが、隷属の首輪をつけてくれんか?」
「隷属の首輪、ですか?」
隷属の首輪は奴隷につけるアイテムで、これを付けている者は主人の命令に逆らえなくなる。
例えば、跪けと言われたらそうしてしまうし、攻撃するなと言われれば自発的に攻撃することはできなくなってしまう。
呪いを応用したアイテムであり、昔はこれを使って残虐な拷問が行われた背景もあるが、現在使われている隷属の首輪はある程度奴隷の人権が保障されていることもあって効果はマイルドになっている。
例えば攻撃するな、と言う命令を受ければ従うけど、死ねという命令にはあらがうことができる。要はその人物にとって無茶な命令は聞かなくてもいいことになっているのだ。
それを付ける。つまりは奴隷と同じ扱いになるということではあるが、王様が何の意味もなくそんなことを言うはずもない。
オウム返しで訪ねてみると、答えが返ってきた。
「拘束しろ、と言われた以上、力を削いでおく必要がある。それには隷属の首輪をつけるのが一番手っ取り早いし、それを付けているからこそ拘束したという証になるだろう」
「貴様、ハクお嬢様に奴隷になれというのか?」
「そういうわけではない。考えても見てほしい。向こうはハクやエルの事を襲撃者だと思っているわけだろう? それはつまり、組織の一員を倒しうる力を持っているということだ。実際、その力もあるわけだしな」
まあ、それはそうだろう。リナさんはともかく、『流星』の面々をぼこぼこにしたことについては王様も認知しているし、私達にその力があることは疑いようもない。
「そんな危険な相手を一か月もかかる移送の間野放しにしておくほど奴らは甘くないだろう。当然、隷属の首輪のような拘束アイテムを持ってくるはずだ」
「なるほど、つまり先んじてつけておくことで私達に危険はないとアピールするわけですね?」
「うむ、そう言うことだ」
聖教勇者連盟にとって私達の戦闘力はかなり高いと思われている。少なくとも、『流星』では歯が立たず、カムイほどの腕利きでも時間がかかり、リナさん達複数人でも容易に返り討ちに遭う。
そんな私達を一か月も運ばなくてはならないのだから、その間私達を大人しくさせて置く手段が必要となる。
檻に入れる、と言うのは当然のことだが、それだけでは心もとない。ならばどうするか、一番手っ取り早いのは隷属の首輪をはめて無力化することだ。
仮にここで何もつけずにいた場合、十中八九聖教勇者連盟の連中は事前に用意した隷属の首輪かそれに近い魔道具で無力化を図るだろう。もしそうなってしまえば、いくら私達に力があったとしても容易には動けない。
でも、予めつけて置き、王様から命令して貰えば、ある程度私達の自由を保障できる。
まあ、念には念を、で新しく付け直される可能性もなくはないけど、何もしていないよりはよっぽどましだろう。
「それなら確かに、つけておいた方がいいかもしれませんね」
「むぅ、ハクお嬢様がそうおっしゃるなら……」
最悪、王様が変な命令をしようとしたとしても、完全に思考を封じられない限り隷属の首輪の呪いを解析することは可能だ。
と言うか、予め解析しておけば任意のタイミングで隷属の首輪を外すことだってできるだろう。
そういう意味でも、予め隷属の首輪をつけておくことは意味がある行為だった。
「命令に関しては決めてありますか?」
「魔法を使うな、攻撃するなと言ったところか。もっと付け加えられるかもしれんが、そこまでは予想できない」
「わかりました。それで十分です」
魔法が使えなくなるのは少々痛いが、まあそれを封じないとやりようによっては攻撃できるし仕方ないだろう。
あるいはあえてそれを外し、向こうが見逃してくれることに賭けるのも手だが、流石にそれくらいは気づくだろうし、それなら初めから従順なふりをしておいた方がいい。
その後も細かな話し合いを行い、一度家に帰ることになった。
明日には私とエルはこの国を出ることになる。不安がないわけではないけど、きっと何とかなるだろう。
そう思わなければやっていられない。
感想、誤字報告ありがとうございます。