第四百三十八話:斜め上の攻撃
私の不安な気持ちとは対照的にしばらく平和な時間が過ぎていった。
普通に授業を受け、普通に友達と遊び、休みの時には家に帰って家族とまったりとした時間を過ごす。
ともすれば、先の連絡のことなどなかったかのように実に平和な時間だった。
こんな時間がずっと続けばいいのにと願ったりもしたが、一か月経った今日、ついにその均衡は崩された。
「どうやらオルフェス王国に対して聖教勇者連盟の人を襲った罪人としてハクとエルを差し出せっていう命令を出したみたい」
カムイからもたらされた情報は少々斜め上をいっていた。
私が聖教勇者連盟の人を襲ったから、私に対して報復しに来るというのは予想していたけど、まさか国に対して私の事を差し出せと命令してくるとは思わなかった。
一応は政治的に処理するつもりがあるということだろうか。ただ、この要求は国としてはかなり判断に困るものだろう。
王様は私やエルを竜だと知りながら国に置き、あまつさえ学園にまで通わせている。それに関しては『流星』を通して伝わっていることだろう。今までは穏便に、と言うか秘密裏に済ませようと刺客を送っていたようだったが、カムイを含めて中々殺せないことに業を煮やしたのかもしれない。
王様としては、私の事を守ると言ってくれた。しかし、聖教勇者連盟は巨大な権力を持っており、もし歯向かおうものならもしもの時に守ってもらえなくなるだけでなく、嫌がらせを受ける可能性がある。
私と言う竜との約束を守るか、権力に屈して私を差し出すか、とても難しいところだ。
もちろん、私は王様の本心が私との約束を守りたいと願っていると信じているけど、王様一人の判断で国民を危険に晒すような真似はできない。一人や二人の犠牲で国が守られるならそうしなければならないということもある。
これは仕方のないことだ。だから、たとえ王様が私の事を差し出す決断をしたとしても私は王様を恨むことはない。
ただそうなると……私も覚悟を決めなければならないかもしれないね。
「それはいつ?」
「三日くらい前にはすでに実行していたみたい。ハクを移送する部隊もすでにこちらに向かっているらしいから、無理矢理にでも連れていくかもしれないわね」
やけに動きが早い、とも思ったけど、考えてみればもうあれから一か月以上経っているのだから準備期間は十分にあったと言えるだろう。
罪人として殺す、ではなく移送ということは聖教勇者連盟の本部であるセフィリア聖教国に連れていく気だろうか。
RPGの勇者よろしく好き放題やっている連中なのに今更連行するのは少し違和感があるけど、何かやりたいことでもあるんだろうか。
普通に本当に私が犯人かを確認させたいだけかな? 間違っていたとしても殺されそうだけど。
ともかく、そうなるともう猶予はない。事前にある程度準備しているとはいえ、少し緊張してきた。
「カムイは何か言われなかった?」
「一応、ハクの事を見張っておけとは言われたけど……どうするの? 大人しく連れていかれる気?」
カムイが心配そうに見つめてくる。
確かに、迎えに来た連中を片っ端から返り討ちにしてしまうという手もあるにはある。けれど、国に命令を出している以上、その中には国の兵士達の姿も混じるかもしれない。
これでも、魔術師や騎士達の中にはそれなりに知り合いがいる。彼らと戦うのは正直したくない。と言うか、それに反抗してしまったらいくら王様が味方とは言っても本当の罪人になってしまう。だから、返り討ちにするのはダメだ。
「うん、そうするしかないかなと」
「連れていかれたらもう戻ってこられないかもしれないわよ。それでもいいの?」
十中八九、連れていかれたら私は殺されるだろう。大人しく殺されるつもりは毛頭ないが、聖教勇者連盟の精鋭を持って殺しに来るはずだ。
そうなれば、カムイともこれっきりとなってしまう。もちろん、サリアやお姉ちゃん、お兄ちゃん、アリシア、色々な人ともお別れだ。
だけど、私はそんな未来認めない。必ず生きて帰って、またここで暮らすんだ。
「ちゃんと帰ってくるよ。大丈夫、いざとなれば逃げてくるから」
「……信じていいの?」
「うん。必ず戻ってくるから安心して」
「……わかったわ。約束したからね」
カムイとは最初は殺し合った仲だけど、今では友達だ。友達を悲しませるようなことはしない。
さて、向こうでどう転ぶかわからないけど、気を引き締めないと。いわば敵の本拠地なのだから、暗殺にも警戒しておかないといけないし。
「ハクさん、エルさん、ここにいたのね」
「クラン先生」
そこに現れたのはクラン先生だった。
これは、多分あれだろうな。呼び出し。
何ともタイミングのいいことだ。狙っていたんじゃないかとすら思える。
「陛下が二人を呼んでいるわ。今日の授業はもういいから、王宮に行ってくれる?」
「わかりました」
すでにその命令は出されてたらしいし、もう王様の下に届いていてもおかしくはない。
王様もこれは火急の案件だと思ったのだろう、すぐさま私達を呼び出したわけだ。
私はカムイの方を振り返り、城に行く旨を伝える。カムイは心配そうに手を胸に抱きながら控えめな声で言った。
「行ってらっしゃい。待ってるからね」
「うん、行ってきます」
カムイの言葉を背に城へと向かう。すでに迎えが来ていたらしく、門の前には馬車が止まっていた。
馬車に揺られて城へと着くと、すぐさま応接室へと通される。そこには、顔色を悪くした王様が待っていた。
「ハク、そしてエル。よく来てくれた」
「はい。お呼びと聞いて参上しました」
「挨拶はいい。とにかく座ってくれ」
挨拶もそこそこに、王様は私達に着席を促す。
本当はダメなのかもしれないが、いつもの事なので特に気にせずソファに腰を下ろすと、王様は神妙な面持ちで口を開いた。
「先日、聖教勇者連盟から連絡が来た。その内容は……」
「私達が罪人だから差し出せ、ですよね」
「うむ、そうだ」
内容はやはりカムイの言っていた私達の身柄の要求だった。
王様としては寝耳に水だったろう。特に、私はいつもいろんな場所を飛び回っているからそこで起きた出来事に関しては関知していない。それでいきなり聖教勇者連盟からこんなことを言われたら焦る気持ちはわかる。
「まず聞くが、これは本当の事なのか?」
「当たらずとも遠からずと言ったところですね。実際は向こうの方が襲ってきたんですよ」
私は夏休みに起こった出来事をかいつまんで話す。
ただ、仮に聖教勇者連盟の方が襲ってきたとして、その証人がいたとしても、罪に問われるのは私達の方なのだ。
なぜなら、勇者という絶対の権力を持つ聖教勇者連盟は多くの権利を持っている。いわば貴族と同じようなものだ。
そして、貴族が平民、この場合は庇護している国の民を手打ちにしたところで大抵の場合は貴族は罪に問われない。よっぽどの不正を働いていて、より上の権力者に淘汰されない限りは。
たとえ相手から仕掛けてきたのだとしても、その事実は容易に捻じ曲げられてしまい、気が付けば私達の方が襲ったという事実に書き換えられてしまうのだ。しかも、今回は森の中で目撃者もいない状況で起こった出来事、捏造など簡単である。
だから、聖教勇者連盟の方から私達が罪人だと言われたら王様としては納得いかなくても信じるしかないのだ。
「そうだろうな。そなたらが闇雲に人を襲うとは思えん」
「それで、王様としてはこの件はどうするつもりですか? 私達は罪人らしいですが」
「う、む……。私としてはそなたらを手放すことなどしたくない。色々世話になっているし、世に悪と言われている竜よりも聖教勇者連盟の方がよほど手がかかる。だが、国の王として、聖教勇者連盟に逆らうことはできぬ」
「でしょうね」
王様の言葉には苦悩が溢れていた。
出来ることなら私達の味方をしたい、でもできない。そのことに対する歯がゆさや怒りの気持ちがにじみ出ている。
王様も必死に考えたのだろう。私達を差し出さずに済む方法を。でも、思いつかなかった。だから、こうして私達を呼んだのだ。
でも、王様が私達の事を本当に信用してくれているのがわかってよかったと思う。ここで何の感傷もなく差し出すようなら、王様との付き合い方も考えなければいけなくなるところだった。
私は一つ溜息をつくと、王様を安心させるようになるべく優し気な口調で声をかけた。
感想、誤字報告ありがとうございます。