第四百三十七話:考えられる対策
私はしばらくの間授業そっちのけで考えを巡らせていたが、やはりいい考えは思いつかなかった。
一番楽なのが定期的に刺客がやってくるパターン。前回の『流星』もそんな感じだったし、適当にあしらったり説得したりして無力化していけばそのうち向こうも諦めるのでは? と言うことだ。
ただ、向こうだって馬鹿じゃないだろう。戦力の逐次投入なんてあまり効率的ではないし、やるならこっそり暗殺か、大軍を率いての殲滅ってところだろうか。
暗殺はともかく、大量に来られるのは困る。ただでさえ転生者はどんな能力持ってるのかわからないのに、それが大量に来られたら負ける可能性は十分にあり得る。
それに、戦おうにも王都を危険に晒すわけにもいかないし、それを考慮すると竜の姿になることもできないかもしれないので余計に心配だ。
もしそうなったら逃げるしかないね。幸い、転移魔法を使えばすぐに退避はできるし、初めから逃げるつもりなら確実に逃げられる。
まあ、それはそれでお姉ちゃん達を人質に取られるかもしれないっていう危険があるけど……そこまで考えたらきりがないよね。
「攻めてくるなら少数で来るといいなぁ……」
まあ、どんな方法にしてもやるのは向こうの判断だし、私はただ気を抜かないように待ち続けることしかできない。
うまい具合に丸く収まってくれることを祈るばかりだ。
「……クさん。ハクさん、聞いていますか?」
「え……あ、はい」
そんなことを考えていたせいか、先生に指名されているのにしばらく気づかなかった。
私は慌てて立ち上がると、きょろきょろと視線をさ迷わせる。
え、えっと、何を質問されたんだろう?
「ハク、ウェポン系魔法の詠唱句だぞ」
「えっと……」
サリアの助力もあり、私は何とか質問に答えることができた。
一応、考え事をしつつも気を張っていたつもりだったのだが、想像以上に不安を抱えていたらしい。気が付けば集中が途切れてしまっていた。
私はサリアにお礼を言う。サリアは気にするなとウインクを返した。
「はぁ……」
「大丈夫か? 最近元気ないぞ?」
サリアが心配そうに見つめてくる。
一応いつも通りの生活を心がけているのだが、そんなに元気なさげに見えているのだろうか。
まあ、元気がないのは確かなんだけどね。聖教勇者連盟がどう動くかわからないというのはかなりの不安材料である。
今までは何とかなっていた。だから、そこまで不安に感じるようなことはなかったけれど、今回は違う。
もしかしたら転生者が殺しに来るかもしれない、悪人として指名手配されるかもしれない、今まで親しかった人に距離を置かれるかもしれない。そんな妄想が頭の中を巡ってグルグルと彷徨っている。
転生者が殺しに来るだけならまだいい。それならまだ説得の機会があるし、多少ならば退けられる自信もある。でも、社会的に殺しに来るのはダメだ。
せっかく手に入れた平穏な生活が崩される。それは相当なショックだろう。今まで築き上げてきた人脈がすべて水泡に帰し、居場所を奪われる。
もちろん、私はまだ竜の谷と言う帰る場所があるからまだましだけど、それでも寂しいことに変わりはない。それだけは絶対に嫌だった。
私の居場所がいつ脅かされるかもしれない。それだけで、気分が落ち込むには十分な理由になった。
「何か悩んでるなら相談してな? 力になるぞ」
「うん、ありがとう、サリア」
私はとても恵まれている。こうして親友と呼べる人物がいるのだから。
だからこそ、それが失われるかもしれないというのが怖いんだけどね。
まあ、それはともかく、相談か。今まで一人で悩んできたけれど、確かに誰かに相談するというのは手かもしれない。
私一人でこれだけ悩んでなにも浮かばないのだから必ずしも何か妙案が帰ってくるとは限らないが、違った視点を持てば何かしら打開策が見えてくるかもしれない。
せっかく友達がいるのだ、少しは頼りにさせてもらおう。
「じゃあ、早速相談なんだけど……」
私はサリアに事の顛末を話した。
私のやったことを振り返ると、チンピラに絡まれたから返り討ちにしたら逆恨みされていつ報復されるかわからないというような状況だと気づいた。
規模は違うが、これなら前世でももしかしたらあり得る状況である。そんな時の対処法としては、どんなものが上がるだろう?
まず思いつくのは謝ることだろう。こちらは全く悪くないとはいえ、一人で多勢を相手にできるわけもない。その際にぼこぼこにされたり金品を奪われたりするかもしれないが、大抵の場合はそれですっきりして帰ってくれるだろう。
ただ、この方法はあまり取れないかもしれない。なぜなら、相手が強大すぎるから。
チンピラに例えたが、聖教勇者連盟はそんな生易しい者ではない。どちらかと言うとヤクザとかマフィアだ。
どう考えてもぼこぼこにするだけじゃすまないだろう。流れに身を任せたら絶対に殺される。
それに、そもそもこちらは全く悪くないのに謝るという行為自体私はあまり好きじゃない。そんな理不尽許せないからね。だから、この方法はなしだ。
では、別の方法はどうだろう。他にあるとしたら逃げることだろう。
しかし、これに関しては私がこの場所を離れたくないと思っているのでやはり無理だ。
となるとやはり……。
「また返り討ちにしちゃえばいいんじゃないか?」
サリアの言う通り、それしか方法がない。
チンピラなら大体の場合は強い奴に従う。それと同じだと考えれば、力でねじ伏せてやればこちらに寝返るだろう。そうでなくても、敵わないと知れば手を出してくることもなくなるはずである。
一番わかりやすく、一番単純な方法だ。実際、『流星』はそうやって無力化したし。
ただ、うーん……それだと結局聖教勇者連盟を倒さない限り終わらないんだよなぁ……。
「ハクお嬢様、私もそれに賛成します。何なら私が潰してきましょうか?」
サリアの言葉にエルが賛同を示す。
あっさり潰すと言っているが、聖教勇者連盟はそんなに脆い組織ではないだろう。仮にも昔は勇者を用いてお父さんを追い詰めたのだ。その実力はかなり高いと思われる。
それに、その選択は転生者と敵対することを意味している。いくら竜に対して悪感情を持っているとはいえ、同郷の者はなるべく殺したくはない。
「それは、ダメだよ。一応、この世界の警察なんだし」
「何をおっしゃいます。ハクお嬢様より勝るものなどありません。ハクお嬢様が不安だと仰せなら、国だろうが何だろうが滅ぼしてみせましょう」
「いや、あの、私の事を思ってくれるのは嬉しいけど、ダメだからね?」
エルなら本当にやりそうで怖い。だけど、私の都合で世界の警察を滅ぼしたらそれこそ指名手配ものだろう。
結局なるようになるしかないんだろうか。もちろん、殺されるつもりは毛頭ないけど、向かってくる人達を片っ端から屈服させて、私の存在を聖教勇者連盟に認めさせて攻撃をやめさせる、みたいなことできるんだろうか?
今は勇者はいないとはいえ、お父さんを苦しめることができるほどの強大な戦力を前にそんなことできるんだろうか。
私はエルを宥めつつ思案に暮れる。万が一の時は、今の生活を捨てて竜の谷に引きこもる選択をすることも考慮に入れておいた方がいいかもしれない。
私はともかく、それで周囲の人達に迷惑をかけるのもあまりやりたくないしね。
そんなことを考えながら、私は小さくため息をついた。
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