第四百三十六話:聖教勇者連盟の影
「そういえばハク。この前本部の方から連絡が来たんだけど」
「本部っていうと、聖教勇者連盟の?」
ホームルームも終わり、少し授業を挟んだ後の休憩時間。カムイが不意に思い出したようにそんなことを言ってきた。
カムイは元々聖教勇者連盟の一員で、シンシアさん達の後任として私およびエルを殺しに来た刺客だった。しかし、修学旅行の時に色々あり、今はその気も失せ、よき友達として平穏な学園生活を送っている。
とはいえ、聖教勇者連盟の方に直接組織を抜けると明言したわけではない。表向きは未だに任務を遂行中ということになっており、だからこそカムイは今も聖教勇者連盟と連絡を取り合っているのだ。
だからまあ、連絡が来ること自体は不思議でもなんでもないんだけど、それをわざわざ言ってくるってことは何か問題が起きたのだろうか?
「うん。ハクのことについて聞いてきた」
「もしかして、仕事が遅いからと注意されたの?」
「いや、違う。なんか、夏休み中のハクの動向を知りたかったらしい」
私の動向を?
いやまあ、暗殺対象なのだから私がどんな行動をしているのかどうかは気になる所だろうけど、本部がそれを知ったところでどうしようもないだろう。というか、カムイの方から定期的に連絡が行っているのだし、聞かなくてもわかるような?
……いや、そういえば私は夏休み中はカムイと会っていないからカムイは私の動向について知らないのか。連絡がなかったから催促してきたってことなのかな。
「それで、どう答えたの?」
「知らないっていうとさぼってるって言われそうだったから、適当にギルドで依頼を受けてどっか行ってたことにしたけど、まずかった?」
「いや、それは構わないけど……なんでそんなこと聞いてきたのかな」
いやまあ、私が寮生活から持ち家になったのはごく最近の事だし、カムイは夏休み中私がどこにいるのかを知らなかったわけだから連絡が途切れてしまったのはわかるけど、そこまで神経質に聞いてくるものなんだろうか。
そりゃ、組織なんだから連絡は大事だとは思うけど、そんな毎日連絡を取り合わなくても数日おきに連絡を取り合えばいい気もするけどな。
「どうも、ハクらしき人物に襲撃を受けたっていう組織の一員がいたらしいわ。それでハクの所在を探ってたみたい」
「襲撃……あっ」
聖教勇者連盟とはこれまでにも何度かやり合ってきた。だが、シンシアさん達は説得に成功し、マルスさん達は寝返ったおかげで私の事が聖教勇者連盟に伝わることはほぼなかった。
しかし、ごく最近、私の事が聖教勇者連盟に伝わるようなことがあった。
そう、夏休み中に起こったユーリさんを巡る騒動である。
私はユーリさんの事を探しているユルグの事を重要参考人だと考え、ユーリさんと接触させようとポッカと言う町に飛んだ。その時、ユーリさんや私達を殺そうと水を差してきたのが聖教勇者連盟だった。
元々彼女らはユルグの監視役であり、ユルグが探しているユーリさんを仲間に加えてやろうと張っていたようだったが、ユーリさんが竜人だと知るや態度を一変させ、ユルグもろとも殺そうとしてきたのだ。
結果的には私とエルによって返り討ちに遭ったが、その時ユーリさんが大怪我をしたこともあって、後処理をする余裕がなく、特に対策を施すこともなくその場を去ったのだ。
あの時、私に矢を射かけてきたリナさんは私の顔をばっちり見ていたし、その後には竜だって出た。これだけ揃えば、私がエルと言う竜を従える件の少女だと気づくだろう。リナさんが気付かなかったとしても、報告を受けた聖教勇者連盟がもしやと思っても不思議ではない。
返り討ちに遭ったのは自業自得とはいえ、竜に強い恨みを持っている聖教勇者連盟の事だ。一方的にこちらが悪いと決めつけ、私に疑いの目を向けているのだろう。だから、私の所在を確認してきたんだ。
「何か心当たりあるの?」
「うん、少し……。でも、これどうしようかな」
ギルドの依頼で出払っていた、つまりその時は王都にいなかったということが証明されてしまっている。
たとえ数日程度じゃ辿り着けないような場所にいたとしても、竜の存在がある以上は移動距離など些細な問題だろう。転移魔法の事は知られていなくても、竜の飛ぶ速度が異常に速いのはみんな知っていることだ。
自業自得とはいえ返り討ちにしたのは事実だし、これによって聖教勇者連盟との対立は避けられないものになってしまっただろう。
まあ、私は元々聖教勇者連盟の教えに対しては反対だし、同じ転生者の心の拠り所になっているとはいってもその存在を快く思っていないのは事実なので別に対立するのは構わない。ただ、それによってどんな影響が出るのかが未知数なのが怖いところ。
聖教勇者連盟はいわば世界の警察。その影響力はすさまじく、本拠地であるセフィリア聖教国のあるトラム大陸のみならず、すべての大陸において強い権力を持っている。
そんな巨大な組織と対立するということは、いわば世界を敵にするということと同じ。無視されるだけならいいが、例えば指名手配されて悪人として追われることになったり、国に入るのにも門前払いされて入れなかったり、そう言う事態になるかもしれない。
そうなってしまうと、とてもじゃないけど平穏な生活など望めるはずもない。あの王様なら匿ってくれそうな気がしないでもないけど、それはそれで国に迷惑をかけることになるし、難しいところだ。
今のところ特に何か仕掛けられたというわけではないけど、こうしてカムイさんに連絡がきた以上は今後何かしらの接触がなされる可能性がある。少し警戒しておいた方がいいかもしれない。
「大丈夫なの? よければその時は王都にいたって訂正するけど」
「いや、今更そんなこと言っても不自然だしいいよ。でも、何か動きがあったら教えてほしいな」
もし私に報復するつもりなら真っ先にカムイに連絡が行くことだろう。カムイは私を殺すために派遣されているわけだし、さっさと殺せと迫ってくるかもしれない。
問題は、それまでにどう丸く収めるかを考えなければならないことだ。
前にも言ったけど、私を殺したことにしたところで私は少し有名になりすぎている。だから、嘘の報告をしたところですぐにばれてしまうだろう。
では、私が雲隠れすれば? 確かに嘘の報告をした上で竜の谷にでも引っ込んでしまえば信じるだろうが、それでは私の平穏な生活が守られない。
私はもう隠れて暮らす気などさらさらない。私が悪いことをしたというならともかく、先に手を出してきたのは向こうなのだし、殺されそうになったところを手加減して大怪我で済ませてあげたのに、それが原因で隠れ住まなくてはならないなど納得できない。
王都を離れて別の国に、と言うのも今のところ考えられない。すでに王都には数えきれないほどの知り合いが出来てしまった。今更それをすべて捨てて別の国に移り住むなんて考えられないし、そもそもそうやって移り住んだところで聖教勇者連盟の手先は各地に存在するのだから逃げきれるはずもない。
平穏な生活を守りつつ、聖教勇者連盟の手から逃れる、そんな手があるのかわからないが、無理にでも思いつかなければ私の未来は真っ暗だ。
何かいい手があればいいんだけど。
「わかった。ハクなら大丈夫だとは思うけど、気を付けてね」
「うん、ありがとう」
いっそのこと聖教勇者連盟を滅ぼしてしまおうか、なんてことが頭をよぎったが、流石にそんなことはできないか。
いくら私が竜でも私一人では限界があるし、そもそも転生者を多数抱える組織を破壊してしまったら彼らが路頭に迷うことになる。
彼ら全員を救う手立てがあるならまだましだが、それも今のところなし。だから、向こうが何かしてくるまで待つほかない。
私は小さくため息をついた。
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