幕間:運命の出会い
竜人の転生者、ユーリの視点です。
運命の出会いって言うのは本当にあると思う。
多くの群衆の中でその人だけが輝いて見えたり、驚くほど相性が良かったり、自分の中で雷に打たれたような衝撃を覚えたり、出会いの仕方は色々あると思う。
私の場合は、それが相手の死ぬ間際だったというだけの事。
私の不注意だった。いつもならきちんと車に注意して歩いていただろうに、その時は考え事をしていたせいで猛スピードで迫ってくる車に気が付かなかった。
死を覚悟した時、どんっと押し飛ばされ、次の瞬間には盛大なブレーキ音と共に何かが跳ね飛ばされた音が響き渡った。
とっさに振り向けば、そこには道路に倒れ伏す男性。私は直感的に、自分が彼に助けられたのだと理解した。
私はすぐさま彼の下に駆け寄り抱き上げた。しかし、その額からは血が流れ、その命の灯火が消えかけていることがわかった。
助けられたから、と言うのもあるかもしれない。でも、それでも、私は彼の事が一目で好きになった。
だから、そんな彼を助けられない自分に強い怒りを覚えた。どうして考え事なんてしていたんだろう、どうして車に気が付かなかったのだろう。
もし私がいつも通りに注意していれば彼は死なずに済んだし、違った出会いもあったかもしれないのに。
怒りと悲しみがないまぜになり、顔をくしゃくしゃにしながら必死に体を揺さぶる。
彼もまだ意識があったのだろう。動揺する私に彼は一言こう言った。
『無事でよかった』
見ず知らずの人を助け、その代わりに自分が死んでしまうかもしれないのに、それでも相手の事を思っていた。
その瞬間、彼は意識を手放し、そのまま息を吹き返すことはなかった。
ショックだった。運命の出会いと言うものを実感したのに、その瞬間に相手が死亡してしまう。これほど悲しいことはない。
私はこれから何を糧に生きていけばいいのだろう。何を考えても、その片隅には死んだ彼のことが思い浮かんでしまう。
せめて、この命は彼のために使おう。そう心に決め、私は生涯彼に尽くすことを誓った。
その後は色々動いたものだ。
彼の名前を調べ、両親を調べ、仕事場を調べ、学校を調べ、彼のあらゆることを知ろうと努力した。
もちろん、こんなことしても何の意味もないことはわかっている。だけど、知りたかった。私の運命の人はどんな人物だったのか、少しでもいいから理解してあげたかった。
だけど、その姿は異様に映ったのだろう。私はほどなくして殺されることになる。
笹沼悠。彼が私に恋心を持っていることには気づいていた。でも、私は白夜さん以外に尽くすつもりはない。だから、すぐに断った。それが命を絶つ選択だとも知らずに。
私は笹沼に殺され、別の世界で竜人として転生した。
正直竜人なんてファンタジーな代物に生まれ変わってしまったという戸惑いはあった。だけどそれ以上に、自分が生まれ変われたという事実が私に希望を持たせた。
死んだらそれで終わり。そう思っていたのに、実際には続きがあった。
私だけが特別だったとは思わない。もし、善行の数によって転生の切符をもぎ取れるのだとしたら、私を助けた白夜さんは私よりもずっと転生できる立場にいたことだろう。
だから、私は白夜さんを探すことにした。
もちろん、本当に白夜さんがこの世界にいるかはわからない。いたとしても、姿形は変わっているだろうし、相手は私の事を覚えていないかもしれない。
でも、それでも、会ってお礼が言いたかった。そして、白夜さんのために尽くしたかった。
そんな一心で旅を続けて10年以上。私はようやく白夜さんに出会うことができた。
「部屋はここを使ってください。何か必要なものがあれば言ってくださいね」
貴族が住むような立派な家に案内され、私の居場所を作ってくれているハクさん。
かなり幼い容姿で、銀髪とエメラルドグリーンの瞳が美しい可憐な少女ではあるけれど、ハクさんこそ私が探し求めていた白夜さんの生まれ変わりだ。
正直驚いた。姿形が変わっているのは予想していたけど、まさか自分よりも若く、さらに性別まで変わっているとは思わなかったのだ。
いや、若いという点に関しては間違いかも知れない。なぜなら、こんななりではあるものの、ハクさんの正体は竜であり、悠久の時を生きる種族だからだ。
ハクさんの年齢は正確には知らないけれど、多分私なんかよりよっぽど長生きしているんじゃないかと思う。
ともすれば私の事なんて忘れているんじゃないかとも思ったけど、ハクさんは私の事を覚えていてくれていた。
私だって、白夜さんのこと以外の事はあまり覚えていないのに、死の間際の記憶だったからだろうか。
なんにしても、ハクさんが白夜さんだと特定できたのは本当に運がよかった。
「それと、普段はその翼と尻尾は隠しておいてくださいね。多分大丈夫だとは思いますが、一応念のため」
私を殺した相手、笹沼悠もがこの世界に転生していて、且つ私の事を狙っていると知った時はどうしようかと思ったが、それもハクさんが解決してくれて、今は私と一緒に住むためにオルフェス王国と言う国の王都にある家に連れてきてくれている。
しかも、ただの同棲ではない。ハクさんとは念願叶って恋人同士になったのだ。
ハクさんは優しいから、私が傷つかないようにあえて断らなかったのかもしれない。ハクさんの目は恋人に向けるものと言うよりは親が子供に向けるような慈愛に満ちた目だったから。
でも、それでも一緒にいてくれる。それだけで私は幸せだった。
私の能力を使えばハクさんがどんな怪我を負おうが病気になろうが治してあげられる。ハクさんのためにこの命を役立たせることができる。
そう思うだけで胸がいっぱいだった。
ハクさんのお兄さんとお姉さんだという兄妹も私のことを認めてくれたし、場は完全に整えられている。
後は、恋人として、手を尽くすのみだ。
……とは言っても、今は完全に私がハクさんのお世話になってる状況なんですけどね。
「それと、今は夏休みなので家にいますけど、私は普段は学園の寮に住んでいるので、その間はお姉ちゃん達を頼ってくださいね」
「え、この家にいないんですか……?」
てっきり一緒に住むものだと思っていたから少しショックである。
しかし、元々は竜の谷で他の竜人達と一緒に暮らすはずだったのを、ハクさんが気を利かせて傍に置いてくれたのだから、ここで文句を言うのは違うだろう。
学園はこの町にあるようだし、会いに行けないことはない。それに休みの日はなるべく会いに来てくれるとも言っていたので、大人しく従うしかなかった。
まあ、いくら恋人同士とは言ってもいきなり同棲はあれだもんね。それにハクさんだっていずれは卒業するだろうし、その時になったら一緒に暮らせばいい。
なんたって竜人は寿命が長いのだ、三年くらい待てるはず。うん。
「こんなところでしょうか。少し窮屈かもしれませんが、辛くなったらいつでも竜の谷には行けるので我慢せずに言ってくださいね」
「いえ! 気を利かせてくれてありがとうございます。私、頑張りますね!」
ハクさんとしては竜人が人間社会に溶け込めるかどうかを心配しての発言だったと思うけど、私は元々人間だ。翼と尻尾さえ隠せれば普通の人間として暮らすくらいわけない。
まあ、その翼と尻尾を隠すのが少し難しいんだけど……。
今はハクさんが隠してくれているけど、いずれは自分で隠せるようにならないといけないね。
前世からの運命の人。紆余曲折あったけど、無事に再会して一緒に在ることができた。
最初は自分を恨んだし、車の運転手も恨んだけど、こうして出会うための布石だと考えたらまだ納得できる。
せっかく一緒になれたのだ、せいぜい呆れられないように精一杯頑張ろう。
感想ありがとうございます。