第四百三十四話:お父さんに報告
その後、疲れて眠ってしまったユーリさんをオーウェルさんに任せ、私とエルは洞窟へと戻ってきた。
緊急事態だっということもあり、今回の事態についての報告がまだだったのでお父さんにそのことを報告するためだ。
洞窟の奥にある小さな森へと向かうと、そこにはいつものように竜姿のお父さんがいた。
その姿を見て、エルは跪く。エルにとっては上司に当たる存在なので、この反応はいつも通りだ。
私は特に何もすることなく、お父さんを見上げる。お父さんは静かに目を開くと、私とエルをゆっくりと見下ろした。
〈エル、報告を聞かせてもらえるか?〉
「はっ」
エルは今回の事の顛末について報告する。
特に、私に怪我を負わせたユルグを処刑したことに関しては念入りに報告していたように思う。
相変わらず私を傷つける者には容赦がない。ユルグを殺したのも私情が混ざっていそうではある。まあ、それに関しては私は文句を言えないけど。
もちろん、ユーリさんが無事に記憶を取り戻したことも報告し、今回のお父さんからの依頼は達成したと言っていいだろう。
お父さんは私が一瞬だけでも生死の縁をさ迷ったことに少しだけ顔をしかめたが、それを救ったユーリさんに対して一目置いているようだった。
ついでに私がユーリさんに告白されたことについても告げると、「番にするのもいいか」と割とガチトーンで呟いたので少し呆れてしまった。
本当に大丈夫かな。後で大変なことになったりしないよね?
〈ハク、そしてエル。今回の件はご苦労だった。まさかそんなことになるとは予想外だったが、丸く収まったのなら何より〉
「ありがとうございます。それでその、ユーリさんの処遇に関してなんですが……」
〈うむ。ハクの好きにするといいだろう。ハクの決定なら竜人達もとやかくは言うまい〉
記憶が戻った今、竜人であるユーリさんがこれからどうするかは自由ではあるが、大抵の場合は竜人の里で暮らすことになると思う。
竜人達は仲間を欲しているし、まだ子供であるユーリさんなら手厚くもてなされることだろう。
それはそれで幸せなのかもしれないが、ユーリさんにとっては私が傍にいるかどうかが重要のようだから、私は王都に連れて行こうと思っている。
もちろん、竜人が王都に住むのは色々障害もあるだろう。だけど、大抵の障害は私の力で何とか出来るだろうし、それでユーリさんの心が晴れるならお安い御用だ。
私は竜として竜人を保護する義務もあることだし、竜人の幸せを願うことは何も間違っていないはず。私が助けた命なのだから、最後まで面倒を見ないとね。
〈またハクの真名絡みの事があったら頼みごとをするかもしれんが、構わないか?〉
「それはもちろん。それ以外でも喜んで手を貸しましょう」
早々ないとは思うが、もし今回のように私の関係者が絡んでいるなら私が解決しなければならない。そうでなくても、転生者と言う時点で私にとっては保護対象だ。
一部の例外はいるけど、聖教勇者連盟の連中もできれば助けたいと思っている。
まあ、そこに居場所を見出している転生者からしたらお節介かもしれないけど、少しずつでも、助けられたらいいな。
〈今回は世話になった。何か礼をしたいが、欲しいものはあるか?〉
「欲しいもの、ですか……」
考えてみれば、お父さんが私に頼みごとをするなんて初めての事じゃないだろうか。それを色んな人の力を借りたとはいえ、無事に解決したのだから何か褒美を、と考えるのは何となくわかる。
ただ、私達は家族なのだから、そう言う上下関係が厳しそうなことは言わなくてもいいと思うんだけどな。
「ちょっと手伝って」「うん、いいよ」くらいの軽い気持ちでいいと思うんだけど、これは私だけなんだろうか。
そりゃ、ご褒美貰えた方が嬉しいけどさ。お父さんには前々から言いたいことがあったし。
「なんでもいいんですか?」
〈用意できるものならできる限り用意しよう。今回の功績は大きい〉
「それじゃあ……今日は一緒に寝てくれませんか?」
私の言葉にお父さんは目をぱちくりとさせてきょとんとしている。
うん、まあ、少し甘えたいなと思ったんですよ。
私がまだ竜の谷にいた頃、お父さんはほとんど顔を見せなかった。
と言うのも、当初は私もまだ竜としての自覚が足りず、人間としての気持ちが強かったのでお父さんが非常に怖く見えたのだ。
だから、そんな私を気遣ってお父さんは私の前にあまり姿を見せなかった。
もちろん、慣れてきた頃には少しずつ姿を見せてくれることもあったけど、一緒にご飯を食べたこと以外は触れ合いらしい触れ合いはしてこなかった。
勉強する時はエルが一緒だったし、寝る時はお母さんが一緒だった。だから、寂しかったというわけではないけど、お父さんに対して親孝行らしい親孝行をしたことがないのは事実。だから、少しでも甘えてあげようと思ったのだ。
〈……そんなことでいいのか?〉
「はい。ダメ、ですか?」
〈いや……いいだろう。今日は共に寝よう〉
少しどもっていた気がするが、お父さんからも無事に了承を得られた。
お母さんが聞いたらどんな顔をするだろう。やっぱり驚くだろうか、それともにやつくだろうか。
お父さんはいつも一人で寝ているだろうからどのように寝ているかも気になる。
多分竜姿だろうし、私も竜の姿になった方がいいだろうか。魔法は術者が気を失うと解けてしまうが、私の竜姿は私の姿の一つなので寝ても解けることはないはず。
いや、でも、今日起きた時は人姿に戻ってたんだよね。疲れてたからかな? ……まあ、最悪解けてもなんとかなるか。
〈リュミナリアが夕食を用意している。今のうちに汚れを落としてくるがいい〉
「はい、では失礼しますね」
最初は帰ろうかと思っていたけど、お父さんとの約束もあるしもう一泊していくことにしよう。
エルと共に洞窟の道を進む。竜姿でも余裕で通れるくらい大きいので道と言うより広間と言った方がいいかもしれないが。
「そういえば、エルは何かご褒美貰わないの?」
「私は今回ハクお嬢様を守れませんでしたし、褒美を受け取る資格はございません」
守れなかった、と言うのは矢が刺さったことや死にかけたことだろうか。
まあ、確かに護衛対象が怪我をしているのだから守れなかったと言えるかもしれないけど、矢はともかく、死にかけたのは私の自業自得なんだけどな。
というか、毎回こういうことしてエルに心配かけている気がする。
わかってはいるんだけど、とっさの事だと体が勝手に動いちゃうこともあって一声かけてる余裕もないんだよね。
それに多少の攻撃なら死なないって言うのもあるし、ついつい無理をしてしまうことが多い。今回はそれの典型的なパターンだと思う。
だからエルが気に病む必要はないと思うんだけど、これは言っても納得しないよね。
「でも、エルがいなかったらユーリさんを助けられなかったし、十分活躍はしていると思うよ」
「そう言っていただけると助かります」
あの時はパニクっていたからエルがいなかったらユーリさんは助けられなかった。それに竜の涙と言うアイテムの事もエルがいなかったらわからなかっただろう。
アリアだって、いなければユーリさんを危険にさらしていたかもしれないし、誰かいなかったら途端に崩れるような事態だったのだ。
だから、褒美を受け取る資格がないってことはないと思う。
「エル、今回もありがとうね」
「恐縮です」
エルを労いながら、歩みを進める。
色々あったけど、丸く収まったのなら何よりだ。唯一リナさんを残したことが気がかりだけど、きっと何とかなることだろう。
私はようやく休めると安堵しつつも風呂の用意をするのだった。
感想ありがとうございます。
今回で第十二章は終了です。幕間を数話挟んだ後、第十三章に入ります。