第四十五話:魔爪のミーシャ
開始と同時に目と足、そして手に身体強化魔法をかける。
弾かれたように飛び出したミーシャさんがこちらに迫ってくるが、具現化した水の剣でそれを受け止めた。
基本的な戦い方はお姉ちゃんの時と同じ。確かにミーシャさんは素早いが、お姉ちゃんほどじゃない。手に身体強化魔法をかければまだ受けられる速さだった。
出し惜しみはしない。一気に片を付ける。
隙を見てミーシャさんを弾き飛ばし、周囲に水柱を発生させて目眩ましをする。そして、即座に隠密魔法を自分に掛けた。
体が周囲の景色と同化していく。これでミーシャさんの動きも止まるはずだ。
身体強化魔法の複数同時使用。ウェポン系魔法の常時発動、さらに隠密魔法の常時発動で消費はかなり激しい。すでに消耗していることもあって悠長に牽制してる時間はなかった。
足に力を籠め、大きく跳躍する。いくら素早くても、止まってしまえばどうってことはない。
「……風よ、周囲の生命を我に示せ!」
一瞬、風が吹き抜けた気がした。それと同時にミーシャの顔がこちらを向く。
まずい、と思った時にはもう遅かった。
大きく振り抜かれた爪によって吹き飛ばされ、地面に倒れ伏す。
よほど強い一撃だったのだろう。形成していた水の剣は霧散し、隠密魔法も解けてしまった。
とっさに剣で防げたからよかったが、もしまともに食らっていたら意識を失っていたかもしれない。
「あいにくだったね。無詠唱が得意みたいだけど、そんな狡い手はとうに対策済みなんだよ!」
「ッ!?」
振り下ろされる爪を転がって回避する。爪は先程まで私がいた地面を抉り、土煙を上げていた。
こ、殺す気?
大会ではある程度の怪我なら治癒魔法が使える魔術師が常に待機しているからそんなに心配はないとは言っても、明らかに甚振るような行為は禁止されてるはずなんだけど。
どうやら相当恨みが溜まっているようだ。隠密魔法も突破されてしまったし、こうなったら真正面からやり合うしかない。
なんとか立ち上がるが、足が震える。ダメージを受けたことで集中が途切れているのか、魔法陣が安定していない。
魔力も底を突きかけているのだろう。これは早いところ勝負を決めないとまずい。
身体強化魔法をかけ直し、ミーシャさんと対峙する。
舌なめずりをして飛び出してくるミーシャさんに対し、私も水の剣を作り出して応戦する。
ミーシャさんも私の動きに慣れつつあるらしい。私が攻める一撃は悉く往なされてしまう。
隙を窺い、離れて水球を放っても当たる気配は全くなかった。
やはり回避力が高い。当てるなら動きを止めないとだめか。
「ほらほら、さっきまでの威勢はどうした!」
私の動きが鈍くなっていくのに対し、逆にミーシャさんは荒々しくなっていく。
テンションが上がっているのだろう。興奮状態が素早さをさらに上げているようだった。
動きを止めるには……!
「落ちろ!」
地面に魔法陣を展開し、大きな穴を開ける。土魔法による落とし穴だ。
しかし、ミーシャさんは即座に反応し、軽く跳躍してそれを避ける。
でも、ジャンプしてくれるのなら……!
「風よ!」
「なっ!?」
強風を発生させ、ミーシャさんを大きく打ち上げる。
風に煽られ、無防備な胴体が曝け出される。
「いっけぇ!」
渾身の力を込めて放った火球がミーシャを捕らえ、大きな爆発を起こした。
それを見届け、がくりと膝をつく。少し、魔力を使いすぎた。
荒い呼吸で前を見やれば、地面に叩き付けられ、倒れ伏すミーシャさんの姿が見える。
なんとか、勝てただろうか……。
「いつつ……やってくれたね」
審判が様子を見ると、のそりと起き上がったミーシャさんは苦し気にお腹を押さえながらもまだ闘志を失っていないようだった。
ほんのりと体が発光している。どうやらとっさに身体強化魔法で体を覆い、衝撃を押さえたようだった。
こちらも余力がなかったとはいえ、あの時点では最も火力が高いと思われた火属性を選択したのに、それを耐えられたのだ。これは単純に私の力が及ばなかったことを意味する。
あの体格でここまで来たのだから身体強化魔法に相当深い理解があることは目に見えていたけど、それがこんな形で表されるとは。
もはや私に打つ手はない。すでに身体強化魔法の効果も切れ、身体は鉛のように重くて動けない。目も霞むし、頭痛で頭がガンガンする。
さっきの攻撃が私のすべてだったのだ。
ゆっくりとミーシャさんが近づいてくる。その動きは遅いはずなのに、身体強化魔法が切れたせいかかなり早く感じた。
私が、負ける?
元々勝てるなんて思ってなかった。一対一という魔術師に圧倒的に不利な条件であったし、対人戦の経験なんて碌にない私が勝ち進めるとは到底思えなかった。でも、運良くここまで勝ち進められて、お姉ちゃんの動きにもある程度追いつけていたから私もそれなりに戦えるのだと思った。
でもやっぱり、早すぎたんだろう。私には経験が足りな過ぎた。
でも、それでも勝たなければならなかった。囚われている人質のためにも、アリアのためにも、私は負けてはいけなかった。
なのに……。
負けたくない。でも、体が動かない。
気が付けば涙で頬が濡れていた。
悔しくて、悔しくて。でも、どうにもならなくて。
ただただ、迫りくるミーシャさんの顔を見ていることしかできなかった。
「さて、覚悟はいいか……って、泣くほどか?」
せめて気持ちだけでも負けないように。きっと大丈夫だと信じ続けた。
お姉ちゃんが助けてくれると言ってくれた。私も精一杯頑張った。なら後は、祈るしかない。
クラリと頭が揺れる。ミーシャさんの顔が遠のき、頬に冷たい感触を感じると同時に、私は意識を失った。
ずきりとする頭痛によって目を覚ます。
うっすらと目を開けてみれば、霞んだ視界に白い天井が映った。
「ううん……」
ここはどこだろう。私、どうなったんだっけ?
痛む頭を押さえ、記憶を呼び起こす。
私は決勝戦に出ていたはずだ。ミーシャさんと戦い、そして……そう、負けたんだ。
魔力的にぎりぎりだったんだろう。結局私は最後まで意識を保つことが出来なかった。
起き上がろうとしてみるが、体に力が入らない。
身体強化魔法によってだいぶ酷使してしまっていたから、その反動が来てるんだろう。
起き上がることを諦め、目下の問題について考える。
私は負けた。それはつまり、あいつらの要求を果たせなかったということだ。
あいつらはあの青年に負けたら弟を殺すと迫っていた。その後私が巻き込まれ、何を思ったのか私が代わりに大会に出場することになった。
たかが魔術師の小娘には過ぎた要求だけど、あれは青年なりに私を助けようとした結果なのだろう。事実、アリアさえ捕らわれていなければ最悪見捨てていたかもしれない。
そうしないのは私の性格故だ。助けられるのなら助けたいと思ってる。
だけど、負けたことでそれは叶わなくなった。
あいつらは人質を殺してしまうだろう。もしかしたら、口封じのために私も殺しに来るかもしれない。そして、新たな金策としてアリアを売り飛ばすかもしれない。
最悪のシナリオだ。
頼みの綱はお姉ちゃん。恐らくお姉ちゃんは尾行に気が付いていたんだろう。私と話した後すぐに見張りのところに行っていたから。
あの後、うまくあいつらを尾行し、アジトを突き止められていたなら今頃救出されていてもおかしくはない。
だけど、アリアはどうだろうか……。
アリアの事を助けてとは頼んだけど、アリアが妖精だということをお姉ちゃんは知らない。最悪の場合、見つからないかもしれないと思うと不安で仕方がない。
動けない体がもどかしい。こんなことならもっと力を押さえていればよかった。
……いや、そうしたらもっと早く負けてたか。あの人相当強かったし。
なんにせよ、今の私は待つことしかできない。
ぼんやりと窓の外を眺めながら待っていた時、かちゃりと扉を開ける音が聞こえてきた。
「おねえ、ちゃ……?」
待ち人を想い、とっさに声に出した言葉を最後まで言うことはできなかった。
扉を開けて中に入ってきたのは姉ではなく、ローブ姿の男だった。
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