第四百三十一話:一夜明けて
目が覚めると、私は洞窟の中にいた。姿も人の姿に戻っており、ベッドの上で寝かされている。
ここは、いつも竜の谷で寝泊まりしている場所だな。多分、あの後エルかリヒトさんが運んでくれたのだろう。
体を起こし、少し伸びをする。
昨日あれだけ動いたのだから魔力はともかく体の方は回復しきらないだろうと思っていたが、筋肉痛などもなくすっかり全快しているように思える。
まあ、私のベースは精霊だし、精霊は魔力生命体だから疲労するイコール魔力が少ない状態なので肉体的な疲労はないに等しいし、その性質が現れたのかもしれない。それか竜が単純に回復力が高いかのどっちかだね。
「今、どれくらいなんだろう」
あの時は夕方だったし、少なくとも一夜は経っていると思うけど、ここは窓がないので正確な時間はわからない。
ユーリさんはどうなっただろうか。リヒトさんは任せておけと言っていたけれど、内臓破裂なんてそんな簡単に治せるんだろうか。
普通の人間なら即死していてもおかしくないくらいのダメージである。あれは私が竜だったから、そしてユーリさんが竜人だったから耐えられていたのだ。そう考えると、少し不安ではある。
とにかく、時間の確認をする意味も含めて外に出るべきだろう。そう思って立ち上がると、その時部屋にお母さんが入ってきた。
「あら、起きたのね。どう? 体の調子は大丈夫?」
「お母さん。うん、特に問題はないよ」
「そう、それならよかったわ」
お母さんはふっと笑うと私の頭を撫でる。
頭を撫でられたのは久しぶりな気がするなぁ。基本的に誰に撫でられても気持ちのいいものだけど、お母さんのはまた別格な気がする。
目を細めてされるがままになっていると、しばらくして手が離れた。
「なんだか大変だったみたいね。情報が足りていなかったようで申し訳ないわ」
「いや、そんな。十分に役に立ったよ」
情報不足と言うのは恐らく聖教勇者連盟の見張りの事だろう。
今回、ユルグについて精霊に調べてもらったわけだが、ユルグは能力の関係か魔力の保持量が少なかった。なので、精霊からしたらそこまで興味の対象にはならず、やる気も出ていなかったのだ。
ただでさえ関心がない相手な上、その人物を監視している奴らのことなど気に留めるはずもなく、結果的に情報に抜けが出てしまったというわけだ。
でも、対象の人物の居場所を見つけてくれただけでもかなり助かったし、どちらかと言うと問題は見張りではなくユルグ自身だったので精霊は悪くないと思う。
「お母さん、それで、ユーリさんはどうなったの?」
「大丈夫、無事よ。今はオーウェルの家で休ませているわ」
「そっか、よかった……」
ひとまず無事なようで何よりだ。一番気にかかっていたことがわかってホッと胸を撫で下ろす。
あの時は見た目上はそこまでの怪我ではなかったとはいえ、内臓破裂と言うかなりの重症だったのだ。それを治してしまうあたり、リヒトさんは相当優秀である。
でも、よくよく考えれば王都にも似たようなことできる人いたよね。
以前、エルを殺そうと王都にやってきた『流星』と言う冒険者チーム。その中でも回復を担当しているエルフのエミさんだ。
あの人の能力ははっきり言われたことはないけれど、恐らく傷を癒す系の能力だと思う。怪我した私を一瞬で回復させていたし、その能力の高さは折り紙付きだろう。
ただまあ、いくら今は停戦状態とは言っても一応聖教勇者連盟の一員だし、竜人であるユーリさんを任せることはできなかったか。
そう考えると、リヒトさんに見せて正解だったと言えるかな。
「それじゃあ、様子を見に行ってくるね」
「ええ、行ってらっしゃいな。朝からハクの事を探していたし、ユーリも喜ぶと思うわ」
「朝から? そういえば、今は何時くらいなの?」
「そろそろ夕方ね。ハクがここに運び込まれたのが昨日の夕方だから、丸一日は寝てたんじゃない?」
となると、それなりに時間が経っているわけか。
いつもなら早起きできるけど、それは疲れが溜まっていたからで説明がつく、かな?
それはそれとして、朝から私の事を探してるってことは、ユーリさんはすでに目を覚ましているという事だ。
ちゃんと治ったのかどうかも確認したいし、会いたいというなら早く会いに行ってあげた方がいいだろう。
「それじゃあ、行ってくるね」
「ええ。エルもそこにいると思うからちゃんと元気な姿を見せてあげなさい」
そういえば、いつもそばにいるエルの姿がなかったな。
あの時、後の事をは何とかしておくと言っていたので、ユーリさんの看病に回ったのだろう。
エルもそこそこ疲れているだろうに、ちょっと無理をさせちゃったかな。
エルとしては私の事も心配だっただろうし、エルにも早く姿を見せてあげないと。
そう思い、私は翼を出して竜人の里へと飛んだ。
竜人達が歓迎してくれるのを軽く流し、村長の家へと向かう。
ユーリさんのことが心配だったのもあり、少し早足で向かうと、すぐにオーウェルさんが出迎えてくれた。
「これはハク様、お待ちしておりました」
「こんにちは。ユーリさんとエルはいますか?」
「はい。以前の部屋におりますよ」
そう言って中へと通される。部屋へと入ると、そこにはベッドで横になっているユーリさんとその傍らでリンゴをカットしているエルの姿があった。
「ハクお嬢様、お目覚めですか?」
「うん。もう夕方だけど、おはよう」
「はい、おはようございます。お身体の方は大丈夫ですか?」
「なんともないよ。むしろ疲れが残ってなさ過ぎてちょっと違和感があるくらい」
「それは何よりです。ハーフニル様にお任せしたとはいえ、心配しておりました」
エルは私の姿を見るなり、手にしていたリンゴを置いて私の事を抱きしめる。
まあ、単純に疲れ果てて気絶しただけだけど、竜が気絶するなんてよっぽどのことがない限りないから心配するのは無理もないのかな?
単純に私の体力が少ないから心配しているだけかもしれないけどね。
抱きしめてくるエルに対して私の方からも抱きしめ返し、しばらく抱き合う。
しばらくして離れると、エルは満足げな顔で笑みを浮かべていた。
「は、ハクさん、その……」
「ユーリさん、体の方は大丈夫ですか?」
「あ、はい、お陰様で何ともありません。助けていただいてありがとうございます」
遠慮がちに話しかけてきたユーリさんの方へ目を移すと、最初に会った時と同じように尻尾を抱えながらもじもじとしていた。
きちんと話せているし、苦しげな様子もない。どうやら完全に治癒したようだ。
内臓破裂を一日足らずで治癒させるって、それはもはや治癒ではなく再生なのでは?
魔物の中には再生能力を持つものもいるけど、それを他人に使うことができるっていうのはかなり凄いことである。
やっぱりリヒトさんは竜の谷には必須の人員かも知れない。死んでさえいなければ治せるというのはかなりの安心感を与えてくれる。
「お礼はリヒトさんに言ってあげてください。あの人がいなかったら、どうしようもありませんでしたから」
「はい……でも、ハクさんにもお礼を言いたいんです」
若干熱の篭った目で見つめられ、少したじろぐ。
むしろお礼を言うのはこっちの方なんだけどな。ユーリさんがいなければ私はあの時動けなかっただろうし、そうなればユルグによってエルやアリアにも被害が出ていたかもしれない。それを、自らが死ぬかもしれないというリスクを冒してまで助けてくれたのだから感謝してもしきれない。
ユーリさんを運んだのは確かに私だけど、それにしたってミホさんの協力もあってこそだし、私はほとんど何もしてないんだよね。
でも、そう言われてしまっては頷くほかない。ユーリさんにとっては、私は恩人なんだろう。
「そういうことなら受け取っておきます。でも、こちらからもお礼を言いますね。助けてくれてありがとうございます」
「いえ、そんな……私は恩を返したかっただけなんです」
「恩と言っても、記憶を取り戻す手伝いをしてくらいで……そういえば、記憶はちゃんと戻ったんですか?」
協力していたのは確かだが、その見返りが大きすぎる。少しは自分を大切にしてほしいものだ。
とはいえ、ここまで頑張ったのだから記憶が戻ってくれていると嬉しい。あの時思い出したと言っていたし、完全に戻っていれば万々歳だ。
「はい、戻りました。あなたのおかげです、ハクさん……いえ、白夜さん」
あの時は偶然かなにかとでも思っていたが、ユーリさんは再び私の本来の名を口にした。
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