第四百三十話:疲れ果てた一日
過去類を見ないほどの速度を出し、私達はその日のうちに王都へと戻った。
出発したのは昼頃で、到着したのが日没前だから最初にポッカの町に行った時よりも早い。
ユーリさんを助けなきゃという一心でかなり無理をした。正直かなりへとへとになったけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
私は乱暴に家の庭に着地すると、【念話】でミホさんに話しかける。
『ミホさん、いますか!?』
『ひゃっ、びっくりした。その声はハクさんですか? 出かけてたのでは?』
『大至急でやってもらいたいことがあるの! 事情は後で説明するからとにかく庭に来て!』
『は、はぁ、わかりました』
心が乱れていたから、今の【念話】は相当雑音交じりの酷いものになっていただろう。しかし、流石はミホさんで、理由はわからないまでもすぐに庭へと出てきてくれた。
竜姿の私、そして荒れた庭を見てぽかんと口を開けている。さらに、騒ぎを聞きつけたのか、その後にお兄ちゃんやお姉ちゃんも出てきて、同じように驚いたような表情を浮かべていた。
「えっと、ハク? これは一体……」
『説明は後でするから! ミホさん、とにかく今すぐこの人を竜の谷まで転移させて!』
「転移? 竜の谷にですか? それは構いませんが、一体どういう……」
『説明は後! お願い、早く!』
「わ、わかりました。今やりますよ」
雑音交じりの【念話】に押されたのか、てきぱきと準備を進めるミホさん。
本来なら複雑な魔法陣を描いて、さらに魔力が集まる満月の日にしか起動できないような代物を用意する必要があるが、ミホさんならその辺の手間を一切省くことができる。
最小限、人一人分乗れるくらいの魔法陣を描くと、そこにユーリさんを横たえた。
「向こうの魔法陣がリュミナリア様の森にあるのでそこに転移しますけど、いいですよね?」
『転移できればどこでもいいよ。後は私が運ぶ』
「わかりました。では……起動!」
ミホさんが転移魔法を起動した瞬間、ユーリさんの姿が掻き消える。恐らく、竜の谷へと転移したのだろう。
本来なら転移魔法を儀式魔法として行う場合、行く先にも同じ転移魔法の魔法陣が必要だが、どうやらミホさんはすでに竜の谷にそれを置いていたらしい。
もしそうでなかったら、一度ミホさんに竜の谷に転移してもらい、そこから魔法陣を描いてという工程を踏まないといけなかったのでかなり手間が省けた。
竜の涙のおかげで数日は持つとは言っても、それはあくまで私の予想だし、様態が悪化する可能性もある。助けるつもりなら早い方に越したことはなかった。
〈私も行ってくる!〉
「では私も行きましょう。アリアは残って、みんなに事情を説明してあげてください」
「わかったよ」
再び転移魔法陣に乗ればいいだけの話だが、その時間すら惜しくて私は自力で転移魔法で飛んだ。
ところ変わって竜の谷。すでに日が落ちかけているせいか沈みゆく太陽の光が竜の谷を淡く照らしている。
確か、お母さんが住む森は向こうの方だったはずだ。急いで回収してリヒトさんに見せないと!
「ハクお嬢様、私はリヒトを呼んでまいります。北東出口付近で落ち合いましょう」
〈わかった。なるべく急いでね〉
そう言ってエルは竜形態をとり、草原の方へと飛んでいった。
私も急ごう。すでにへとへとだけど、後ひと踏ん張り。ここを越えればユーリさんを助けられる。
疲れた体に鞭を撃ち、お母さんの住む森へと突貫する。
突然入り込んできた竜に精霊達が何事かと騒いでいるが、今は見逃してほしい。
転移魔法陣の場所はわからないけど、近くの精霊に聞いてみたら案外近くにあることがわかった。
すぐさまそこに向かう。すると、そこには何人かの精霊に興味深そうに見つめられながら倒れているユーリさんの姿があった。
〈見つけた〉
今は竜の姿であるため、傷つけないように浮遊魔法で背中に乗せる。
後はエルと落ち合うだけ。私はできる限り急ぎつつ、でも負担をかけないように適度に速度を出しながら飛び、北東出口までやってきた。
エルの方もだいぶ急いだらしく、そこにはすでにリヒトさんの姿があった。
すでに事情を説明されているのか、私の姿を見るなりすぐに近寄ってきて治癒魔法をかける。
〈ハク殿下、大丈夫ですか? 顔が真っ青ですぞ〉
〈はぁはぁ……だ、大丈夫……〉
大丈夫とは言ったが、実際にはもう限界だった。全速力で飛んだために体力を使い果たし、さらにありったけの魔力を込めて治癒魔法をかけ続けた上に転移魔法まで使ったので有り余っていたはずの魔力がかなり減ってしまっている。
正直無茶をしすぎた感はある。だけど、そうでもしないとユーリさんが助けられなかった気がするから後悔はない。
私はリヒトさんにユーリさんを託すと、ふらふらとその場に倒れ伏す。
今日はもう帰れないな。流石に転移魔法をもう一度するだけの魔力が残っていない。
今振り返るととんでもなくめちゃくちゃ言ってた気がするけど、その辺はアリアの事情説明に任せるしかないだろう。後でちゃんと謝っておかないとな。
〈ハクお嬢様、お疲れ様でした〉
〈ユーリさんは、助かる?〉
〈お任せくだされ。この程度の傷、わらわの手にかかればあっという間に治してみせましょうぞ〉
リヒトさんの声が頼もしい。これでようやく肩の荷が下りた気がする。
終わったんだと思ったら急に疲れがやってきた。今日一日で何日分の運動をしたことだろう。元々体力のない私には過酷なスケジュールだったかもしれない。
でも、後悔はない。ユーリさんを助けられた。その事実さえあれば今はどうでもよかった。
〈ごめん、眠い……〉
〈ゆっくりお休みください。後のことは私がやっておきますから〉
〈あり、がと……〉
ゆっくりと瞼が落ちていく。こんな出口の真ん前で寝たら迷惑だろうけど、今は睡魔に勝てそうにない。
すでに日は暮れ、辺りは夜の帳が降り始めている。邪魔には違いないだろうが、今の時間ならここを通る人も少ないだろう。そもそもの話、ここを使うのは竜なのだから、邪魔なら飛んでいけばいいだけの話だ。
そういえば、結局ユーリさんの探し人って誰だったんだろう?
最初はユルグかと思っていたけど、あの反応を見る限りその可能性は低そうだ。
今世で出会った誰か、例えば両親とか? 片方は竜だろうけど、もう片方は人だろうし、今のユーリさんの年ならまだ親元にいてもいい年齢ではあるから何らかの理由で別れてしまい、それを探して各地を転々としていたということだろうか。
あるいは、ユルグと同じように前世で死に別れた誰か。あの話を聞く限り、それに当たりそうなのは事故から救ってくれた恩人の男性だろうか。
その人のために生涯を捧げるとも言っていたし、前世での関係ならこれ以上の人材はいないだろう。
その人がこの世界に転生しているかはわからないが、もしユーリさんがその人を探すというなら協力してあげよう。
記憶を思い出した今なら名前とかも思い出せるだろうし、私の【鑑定】なら転生前の名前も見ることができる。件の探し人を探すのには重宝するだろう。
でもまあ、しばらくはゆっくりしたいという気持ちもある。なにせ一度は死にかけたわけだし、弱点の洗い直しをしないといけないだろう。
まあ、不意打ちはどうしようもない気もするけど、対策があるに越したことはない。さしあたっては魔道具の調達をしたいところだな。
……そろそろ限界だ。ひとまず休もう。
私はそのまま睡魔に身を任せ、意識を手放した。
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