第四百二十八話:罪の意識
「ユーリさん!?」
急いでユーリさんに治癒魔法をかける。しかし、これほどの重症がそう簡単に治るわけもなく、ユーリさんは苦しげに浅い呼吸を繰り返すだけだった。
傷を見て思う。これは恐らく、私が受けた傷と同等のものだ。
それを認識した時、不意にお母さんが言っていた言葉を思い出す。
それはユーリさんの能力について。ユーリさんは他人の怪我を自分の身体に移す能力を持っている。もし、その能力を私に使ったとすれば、この惨状も納得できる。
でもなぜ、私なんかのためのその能力を使ってしまったのか。
私が受けた傷はどう考えても死ぬレベルの傷だ。頑丈な竜だったから即死こそしなかったが、同じように頑丈とは言っても竜人が受ければ間違いなく死に至るレベルの傷である。
いくら記憶を取り戻すために協力したとはいえ、私なんかのためにその命を使っていいはずはない。
「私じゃ治せない……」
ふと、ユーリさんが最後に呟いていた言葉が思い起こされる。
ユーリさんは私の事をハクではなく白夜と呼んだ。私は自分の正体が春野白夜だったなんて一言も言っていないのに、どうしてわかったんだろうか。
色々と疑問が出てくる。でも、今はそれを考えている場合ではない。
まずはユルグさん、いや、ユルグを止める、これをできなければ確実にユーリさんは死ぬ。
「許さない……」
自分が迂闊だったというのもあるが、ユーリさんを結果的にこんな風にしてしまった自分に憤るとともに、そもそもの元凶となったユルグに強い恨みを覚えた。
別にユーリさんに対して特別強い感情を抱いていたわけではない。けれど、なぜかユーリさんには生きててもらいたいと強く思ったのだ。
もちろん、私は助けられるならたとえ敵であっても生きていて欲しいと思っている。けれど、この感情はそれとは別のものだ。
これがどういう意味かはわからない。でも、少なくともユルグには一撃食らわせてやらなければ気が済まなかった。
「もう、いいよね」
私はそう呟き、内なる力を解き放つ。その瞬間、体が膨れ上がり、人とはかけ離れた巨体へと姿を変えていく。
数瞬後、そこにいたのは一匹の銀色の竜だった。
竜だとばれる? そんなこと知ったことか。とにかくあいつには反省してもらう。そのためだったら、竜の力を使うことすら厭わない。
「ガァァアアア!」
「な、なんだ?」
どうやらエルとアリアで抑えてくれていたようだ。先程までユーリさんがいた場所にユルグは留まっている。
であれば好都合だ。私は雷の槍を無数に作り出し、ユルグの頭上から降り注がせた。
「り、竜!? なんだってこんなところに!?」
ユルグはそう言いながらも雷の矢を打ち破っていく。でも、だからどうした。
こちらは何百本、何千本と用意できる。対して向こうは手足を使うしか防御手段がない。であれば、防げなくなるまで攻撃し続ければいいだけの事。
もちろん、こんなことをすれば町にいる人間にも少なからず見られてしまうかもしれないし、森の地形が変わる可能性もある。
でも知らない。私を怒らせたあいつが悪い。
「がぁっ!?」
凄まじい速度で飛来する雷の槍に次第に追い詰められ、ついには防ぎきれなくなった槍がユルグの身体を貫いた。
物理的に貫いてもよかったけど、今回は電気だけを流すようにしている。ただし、流れる場所は体の内部だ。
さっき私はパンチの衝撃で内臓を破裂させられたけど、だったら私は内臓を焼き尽くす。多分心肺停止するけど、それくらいだったら治癒魔法でどうとでもなる。とにかく少しでも痛みを与える方法を取りたかった。
「ハクお嬢様、落ち着いてください!」
しばらく雷の雨を降らせ続けていると、エルに止められた。
よく見てみると、すでにユルグだったものは黒焦げになり倒れ伏している。とっくに気絶しており、すでに勝負はついていることがわかった。
少し熱くなりすぎたかもしれない。ユーリさんがあんな状態になったせいもあって気が動転していたようだ。
私は竜の姿から人の姿へと戻る。そういえば、また服を破ってしまった。お姉ちゃんに怒られるかな。
「生きてる?」
「一応生きてはいるようですが、長くはないでしょうね」
最初はちょっと内臓を焼いて終わらせるつもりだった。しかし、我を忘れている間にやりすぎてしまったようだ。
ここまで真っ黒こげになっていて生きているのも不思議だが、そこは自制が働いたのだろうか。
とはいえ、このままでは死ぬのは同じ。はぁ、やってしまったな……。
「私、また殺しちゃったんだね……」
私は今まで勇者を除いて人殺しをしたことはなかった。それは前世を含めて同じである。
だから、またこうして人殺しを、しかも同郷の者を殺してしまったということに罪悪感を覚える。
確かに最低な奴だとは思うけど、一応更生の余地もあったと思うのに……。
「……ハクお嬢様、少し勝手をしますが、ご容赦ください」
「えっ……?」
俯いていると、不意にエルがそう言って前に出た。そして、倒れているユルグに手を添えると、一瞬にして凍り付かせ、そのまま砕いてしまった。
もちろん、そんなことをすれば死ぬのは確実である。
呆気に取られていると、エルは恭しく頭を下げながら詫びた。
「申し訳ありません。私にはこいつを生かしておく意味を見出せませんでした。ですので、“私の手で”殺しました」
「エル……?」
「この処罰はいかようにも受けましょう。ですが、これだけは言わせてください。……ハクお嬢様、あなたは人殺しなどしていない、それだけです」
一瞬エルの言ったことが理解できなかったが、すぐに私のためを思っていってくれているんだと理解した。
確かに、私は死ぬ寸前まで追い込んだとはいえ、殺してはいない。あのまま放っておけば死んでいたとはいえ、まだ殺したというには早かっただろう。そこに割り込んで、エルが止めを刺した。だから、私は殺しは行っていない、エルはこう言いたいんだろう。
私が人殺しを躊躇っていることを思って、あえて自分が汚れ役を担うことで私の罪の意識をそらしてくれた。
もちろん、止めをエルが刺したからと言って私が全く関係なくなるわけではないと思うけど、それでも直接殺したわけではないというのでは捉え方が全然違う。
エルの心遣いに少し涙が出てきた。
「エル……ありがとう」
「顔をお上げください。私はただの勝手な行動をした従者です」
あくまであれはエルの判断であり、私は関係ないと言いたいらしい。
確かにそうかもしれないけど、それでエルを処罰することなんてできないよ。
そりゃ、出来ることなら助けたかったというのはあるけど、今の状況で助けるのはかなり無理をしなければならないし、ユルグが助けるに値する人物かと言われたらそういうわけでもないと思う。
ここで何とか助けてほしかったというのは我儘以外の何物でもないだろう。だから私はエルに感謝こそすれ、処罰するなんてできるはずもなかった。
「……そうだ、ユーリさんが大変なの!」
しかし、いつまでも感傷に浸っている暇はない。元凶は倒せたとしても、ユーリさんが瀕死なのには変わりないのだから。
慌ててユーリさんの元へと戻ると、ユーリさんはすでに気絶していた。息こそあるが、その呼吸は浅く、血もどんどん溢れ出している。
これでは持って後数分と言ったところだろう。一刻も早く治療をする必要があった。
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