第四百二十七話:怪力の脅威
「邪魔をするな! 邪魔するというなら殺す!」
正攻法でどうにもならないと悟ったのか、ユルグさんは強引に突破する方法を選んだようだ。
威嚇するように近くにあった木を殴り飛ばす。すると、殴られた部分からめきめきと折れてしまった。
一撃でああなるとなると、一発は相当重そうだ。怪力と聞いただけだったから侮っていたが、十分強い能力と言える。
しかし、力が強いというだけならやりようはいくらでもある。私は距離を取りつつ、闇の鎖を出現させてユルグさんの手足を拘束する。
「こんなもの、効くか!」
しかし、ユルグさんはあろうことかその鎖を力任せに引きちぎって脱出してしまった。
確かに拘束魔法として具現化している以上はある程度物理的な力にも干渉されるけど、基本的に魔法を物理的に破る手段はない。それなのに、こうして一瞬で破られてしまうと穏便な手段がなくなってしまう。
しょうがない、少し荒っぽいけど攻撃して黙らせるか。
「エル、援護するから死なない程度にやって」
「了解しました」
『それとアリア、念のためユーリさんの護衛をお願いね』
『任せて』
ユーリさんの周囲には結界があるが、それもどこまで役に立つかわからない。だから、念のためアリアにフォローを頼んでおいた。
さて、攻撃するのはいささか不安だけど、死なないでね。
私は水球を複数造りだし、一点を除いて隙間なく飛ばす。避けるにはあえて残した隙間に入るしかなく、そうすればすぐにでも追撃が決まるというわけだ。
しかし、ユルグさんはあろうことか、飛んでくる水球を強引に殴り飛ばして消滅させることで攻撃を回避した。
「えー……」
魔法同士がぶつかって相殺、ならわかるけど、魔法を直接殴って消滅させるってなんだ。
基本的に魔法は魔法でしか迎撃できないはずなんだけど、怪力ってそれすら凌駕するくらい強力な能力なの?
一応、以前ルナさんにも似たようなことをされたが、あれは刀で斬っていたからまだ説明のしようもあるのに。
「エル!」
「問題ありません」
想定の場所からそれてしまったが、エルは予定通り追撃をくらわす。
地面から波打つように広がる氷の棘がユルグさんの足元に迫る。回避されたとはいえ、殴り飛ばした衝撃でバランスを崩している今なら十分に当たる可能性はある。
「しゃらくせぇ!」
攻撃が当たる瞬間、ユルグさんは足を大きく振り上げ、迫りくる氷の棘を蹴り飛ばした。すると、その部分を中心にぱーんと氷がはじけ飛び、ユルグさんのいる場所だけ氷がなくなる。
周囲を氷に囲まれてなお無傷のユルグさん。これも止められるとは、正直想定していなかった。
不意打ちならともかく、遠距離に対する対策はきちんと持っているようだ。ただ、向こうも攻撃手段がないのか、こちらに攻撃が飛んでこないのがまだ救いではある。
だが、魔法が効かない以上、その内突破されるのは目に見えている。これは攻撃で無力化するのは諦めた方がいいかな?
「結理、俺の下に来い。そうすればこいつらは助けてやるぜ?」
「ッ!?」
若干優勢と見るや、ユルグさんはユーリさんに交渉を仕掛けた。
私達としては、数ある手段の一つが潰された程度でしかないけど、ユーリさんがどう思うかはわからない。
ユーリさんはその言葉に明らかに動揺している。自分の記憶を取り戻すために動いてくれた人に少なからず恩義を感じているのだろう。だからこそ、自分の犠牲で事が済むのなら、と考えていてもおかしくない。
「ユーリさん、頷く必要はありませんよ。私達は負けませんので」
「で、でも……」
「大丈夫です。必ず助けますから」
記憶を取り戻すためとはいえ、ここに連れてきてしまったのは私だ。ならば、ユーリさんを助けるのは私の役目である。
拘束は無理、攻撃は無効、これじゃあいつまで経っても埒が明かない。でも、すべての属性を使える私ならまだ手段はある。
私はユーリさんの目をじっと見つめる。すると、ユーリさんは小さく頷いた。
「鬱陶しいな。さっさと消えろよ雑魚共が」
「はっ、私が雑魚なら貴様はゴミか? 人間風情が粋がるなよ」
「黙れ!」
再び連携による魔法を放つが、その攻撃は悉く相殺される。それどころか、少しずつこちらに近づいてきている。
一応、結界による封じ込めも考えたが、どうやら無駄のようだ。合間に試してみたが、多少の脚止めにはなるがやはり一瞬で壊されてしまう。
結界は数ある防御系の魔法の中でも最高峰だと思うんだけど、それすら一撃とは恐れ入る。
力づくで止めるのは不可能。であれば、後やれる手段はもう眠らせるほかない。
いくら力が強くても、流石に状態異常まで耐性は持っていないだろう。相手が殴れないものであれば相殺することもできないだろうし、何とかなるはず。
ただ、やるにしてももう少し引き付けたい。あまり離れすぎていては察知される可能性があるし、なにより霧状の魔法でも相殺してくる可能性があるかもしれないというのは脅威だ。
やるなら確実に、一瞬で意識を刈り取るしかない。だから、対応できないほど近くに来る必要がある。
このまま魔法で牽制しつつ、突撃を待とう。あれだけ苛立っているのなら、その内食らうの覚悟で突っ込んできてもおかしくはない。
『エル、引きつけてから眠らせるから合わせてね』
『了解です』
順調に魔法を相殺しながら近づいてくるユルグさん。そして、一定の距離まで近づいた頃、ようやく我慢の限界が来たのか唐突に駆けだしてきた。
念のため牽制をエルに任せ、私は睡眠魔法の準備をする。さあ、突っ込んで来い。
「結理、お前は俺のものだ!」
「ッ!?」
突っ込んできたところをしとめるつもりで準備していたが、ユルグさんはあろうことか途中で進路を変え、ユーリさんの方へと向かっていった。
その勢いはすさまじく、張ってあった結界は速攻で破られる。
このままじゃ、まずい!
「ユーリさん!」
私はとっさに駆け出し、ユーリさんとユルグさんの間に割って入った。
その瞬間、腹部に走る激痛。勢いに任せた一撃は最初に見せた木を一撃で折る一撃とは比べ物にならず、一瞬にして私の内臓を破裂させていった。
「ハクお嬢様!?」
『ハク!』
そのまま吹き飛ばされ、何本か木々を薙ぎ倒した後にようやく止まる。
いくら竜が痛みに鈍感とは言っても、流石に内臓を破裂させられたら痛みも感じる。と言うか生命の危機だ。
首から下が動かない。一度にダメージを受けすぎたようだ。
かろうじて見えている視界がかすむ。こんなところで、死ぬわけには……。
「ハクさん!」
そこに、慌てた様子でユーリさんが駆け込んでくる。私の惨状を見て最悪の事態を想定したのか、目に涙を湛えて蒼褪めている。
流石に、竜だと偉そうに言っておいてこの体たらくは恥ずかしいな。とっさの事だったとはいえ、もう少し防御に気を回すべきだった。
「ハクさん、しっかりしてください!」
「これ、くらい……だい、じょぶ……」
「ああ、ダメです! 死なないで!」
悲痛そうな声が聞こえるが、どうしようもない。一応治癒魔法はかけてみているけど、流石に潰された内臓を一瞬で治療するには私の治癒魔法では無理だ。いくら切り落とされた腕を即座にくっつけられるとは言っても、そこは程度が違いすぎる。
死ぬまでの時間は稼げるだろうけど、さて、どうしたものか。
「……ハクさん。いえ、“白夜さん”。あなただけは、絶対に助けます」
ユーリさんが私の身体に手を添える。その瞬間、急に体が軽くなったような錯覚に陥った。
いや、錯覚ではない。動かなかったはずの体は動くようになっているし、痛みだって全くない。まるで、怪我をする前に戻ったかのようだ。
不思議に思っていると、ばたりと倒れる音がする。音の方を見てみると、そこには腹部を抉られ、大量の血を流して倒れているユーリさんの姿があった。
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