第四百二十六話:転生の真相
恋人ではない、ユーリさんは確かにそう言った。
ユルグさんは勝利を確信していたようだったが、予想外の答えにぽかんとする。だが、次第にその表情は憤怒のそれに変わっていき、ドスの利いた声で怒鳴り散らした。
「何言ってんだ! 俺はお前の恋人だっただろうが! それともまだ記憶が戻ってないのか? 俺だよ俺、笹沼悠だよ、ちゃんと思い出せ!」
「……はい、確かに笹沼悠さんは知っています。傷心だった私にいつも優しく声をかけてくれて、外に連れ出してくれました」
「ほ、ほれみろ。やっぱり俺は結理のこいび……」
「ですが、恋人なんかじゃありません」
「なっ!?」
確か、ユーリさんは私の質問に対して笹沼悠は凄く優しい人物と答えていた。
あれは記憶の失っている状態でのつぎはぎをつなぎ合わせたような信憑性の薄いものではあったけど、今のはっきりした口調を聞く限りあながち嘘と言うわけでもないのだろう。
でも、優しくしてくれたのは事実だが恋人ではないと。これはやはり、ユルグさんの一方的な片思いということでいいんだろうか?
「ユーリさん、どういうことなのか説明できますか?」
「はい、大丈夫です。思い出しました」
ユーリさんはちらちらとユルグさんの方を気にしつつも説明をしてくれた。
ユーリさんは前世で一度死にかけたことがあったらしい。横断歩道を歩いて渡ろうとした時、信号無視をした車が突っ込んできて危うく撥ねられそうになったのだ。
しかしその時、近くにいた男性がユーリさんを突き飛ばし、結果的にユーリさんは助かり、代わりにその男性が死亡してしまった。
ユーリさんは自分が生きているということに安堵しつつも、自分のせいで見知らぬ他人の命を奪ってしまったと後悔した。だからこそ、この命は助けてくれた男性のために使おうと考え、生涯独身を貫こうと決意したらしい。
しかし、交通事故のトラウマからしばらくは引きこもりがちな生活を送っていた。その時に現れたのが同じ大学に通うユルグさんであり、傷心だったユーリさんを元気づけようと色々と手を焼いてくれたらしい。
そのおかげもあって、しばらくしたら外に出られるようにもなり、車に対するトラウマもなくなっていった。だから、ユルグさんには感謝していた。……ある事件が起こるまでは。
「私が大学に復帰してしばらくした頃、告白をされたんです。一生幸せにしてあげるからと。でも、私は誰とも付き合う気はなかったので断ったんです。そしたら……」
再びユルグさんの方を見る。
告白を断られたユルグさんはその瞬間に逆上し、怒鳴り散らしてきたという。それに怯えつつもしっかりと理由を説明し、諦めてもらおうと努力した。しかし、ユルグさんはそれでは納得せず、あろうことか首を絞めてきたのだという。
苦しさで意識が薄れ、気が付いた時にはこの世界で新たな生を受けていた。つまり、それによって前世のユーリさんは死亡したのだ。
ユルグさんの話では前世で恋人共に死んだと言っていたが、この話が本当だとすると一緒に死んだではなく無理心中したようにしか思えない。
恐らく、好きだった相手を感情的に殺してしまい、その現実を受け入れられなくて後追い自殺したと考えるべきだろう。
確かに一緒に死んだ、と言えるかもしれないけど、そもそもオッケーされていないのだから恋人ではないし、死んだというよりは殺したという方が正しい。
それなのにこの世界に来て、また一緒になれると思って探していたと思うと頭がおかしいのではないかと思う。
なぜ殺した相手がまだ自分を好きでいると思うのか。これも歪んだ愛の結果なのだろうか。恋についてはよくわからないけど、客観的に見たらなんでそんなふうに思うのか理解できない。
「お前が俺を振るのが悪いんだ! 死んじまった奴の事なんてどうでもいいじゃねぇか! それに俺は時間やお金をかけてお前の傷を癒した恩人だぞ! お礼に付き合うくらいのことしてくれてもいいじゃねぇか!」
開き直ったのか、ユルグさんはそう捲し立てる。
確かに、好きな相手がすでに死んだ相手の事を気にして相手してくれなかったらショックなのはなんとなくわかる。でも、だからと言って付き合うことを強要しても長続きはしないだろう。むしろ、本当の気持ちは常に別の人に向いていると自覚して惨めな気分になるんじゃないだろうか。
まあ、死んだ人なんかより自分の方がよっぽど彼女を幸せにできるという自信があったのかもしれないけど、一度断られたくらいで逆上して殺すなんてどう考えても相手の事を考えているとは思えない。
つまりユルグさんは、少なくとも恋愛に関してはどうしようもなくダメ人間だったってことだ。
「この世界に来て能力も授かって、俺はよりお前を守れる力を手に入れた。この世界なら前世で死んだ奴の事なんて気にする必要もない。恋人でないというのなら、今もう一度言おう。結理、俺と恋人になってくれ!」
「嫌です」
あまりにも即答だった。怯えこそ混じっているが、その言葉に一切の躊躇はない。
それだけユーリさんの中でその男性は特別な存在なのだろう。例え世界が変わってもその人の事を思い続ける姿はとても健気だった。
「なぜだ! 何の不満がある!? 金か? 地位か? もしそれが欲しいんだったら俺がいくらでも集めてやる! だから……」
「何を貰っても、私はあなたと付き合うつもりはありません」
「なっ……」
「確かに前世でなら叶わぬ恋だったかもしれない。でも、この世界なら、もしかしたらまた会えるかもしれないでしょう?」
ユーリさんは密かに期待するような儚げな笑顔を浮かべた。
確かに、死んでこちらの世界に来るのだったら、代わりに轢かれたその男性も転生している可能性はある。
前世ならもう二度と出会えないと割り切れたかもしれないけど、こうして自分が転生している以上、再び会える可能性はあるのだ。
もちろん、転生した以上は容姿も変わっているだろうし、向こうは自分の事は何も知らないだろう。それでも、可能性は零ではないのだ。
「この……言わせておけば……」
ユルグさんは額に青筋を浮かべてプルプルと肩を震わせている。
もしかしたらワンチャンあったかもしれない前世と違い、一度殺してしまっている上に死んだ人がもしかしたらいるかもしれないという状況。どうあがいてもユルグさんの言葉に揺らぐ要素はなかった。
しかし、それを理解できないのか、認めたくないのか、ついに実力行使に出た。
前に立っていた私を強引に押し飛ばすと、ユーリさんに向かって手を伸ばしたのだ。
「お前は俺と一緒に生きるんだ! 俺のためだけに生きればそれでいいんだ!」
「聞くに堪えんな」
伸ばされた手は寸でのところでエルに止められる。しかし、伊達に怪力を名乗っていないのか、エルの身体が徐々に押され始める。
結界はまだ張っているから手出しはできないだろうが、あの怪力が規格外だったらそれも危ういかもしれない。早いうちに止めないと。
「くっ……力で支配するのはわかるが、色恋沙汰でそれをやっては長続きはしないぞ」
「黙れ! 結理さえいれば、後は何もいらない! いいから黙って結理をよこせ!」
「この馬鹿力が……」
これ以上抑えるのは無理と判断したのか、エルはその場を飛び退く。
勢い余ったユルグさんが地面に倒れると、その衝撃で地面が割れた。
人状態とはいえ、竜に力で勝つってどんだけ馬鹿力なんだ。
とにかく落ち着かせないとまずい。私は素早く体勢を立て直し、エルの援護に向かった。
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