第四百二十五話:ユルグとの関係
ユーリさんの下にはすでにエルが待機していた。
そこまでの人数もいなかったし、相手は多少戦闘能力に長けているとはいってもただの人間。エルがちょっと魔法で小突いてやれば簡単に倒せる相手だったのだから先に戻っているのはある意味当然だった。
「お疲れ様、エル。みんな生きてる?」
「一応手加減はしました。まあ、全員足を氷漬けにしたので二度と歩けないとは思いますが」
やはりエルは私以外の人に対して厳しい。殺していないだけましかもしれないけど、氷漬けってことは多分そのうち凍傷で足が壊死してしまうだろうな。
正直そこまでしなくてもいいと思ってるけど、襲ってきたのは向こうなわけだし、殺される覚悟もしていただろうから自業自得ではあるかな。
でもまあ、流石に歩けないのは可哀そうだから後で治癒魔法をかけてあげよう。腐っていても残っていれば多分治せるだろうし。
「アリア、ユーリさんは無事?」
『もちろん。一歩も近づけさせなかったよ』
結界を張ったユーリさんの周囲には二、三人ほどの人が倒れている。
恐らくアリアがやったのだろう。エルとは違い、外傷は特になく気絶しているだけのようだ。
まあ、多分見た目が普通なだけで骨の何本かは折れてるかもしれないけどね。今のアリアなら私が撃ったショットガン並の水球くらい軽く量産できるだろうし。
「さて、ユーリさん、大丈夫ですか?」
「は、はい……」
ユーリさんは未だに怯えているようだったが、記憶の方でと言うよりは目の前で起きた惨状に怯えているようだ。
まあ、森とは言えエルも近くで戦っていただろうからその光景は見えていただろうし、何なら自分を殺そうと迫ってくる奴らがすぐ目の前まで来たのだから怯えるのは当然だろう。
怯えさせてしまったのはあれだが、結果的に謎の恐怖感からは解放されたようでそこそこ落ち着いてきているのが救いか。
またユルグさんを見たらぶり返しそうで怖いけど。
「ハクお嬢様、ひとまずその矢を抜きましょう。いくら痛みに鈍感とはいえ、刺さったままでは傷に障ります」
「あ、そうだった。それじゃあ、抜いてくれるかな」
ユーリさんの事を考えているあまり、刺さっているのを忘れていた。
確かに竜は痛みに鈍感だし、実際防御力も高いから矢を数本射かけられた程度ではびくともしないけど、だからと言って刺さったものをそのままにしておくのはあまりよろしくない。傷口からばい菌が入って病気になる可能性もなくはないし。
そういうわけで抜いてもらった。結構深く刺さっていたのか、抜いた瞬間血が溢れてきたけど、即座に治癒魔法で傷を塞ぐ。
これ、竜の防御力がなければ心臓まで届いていたかもしれないね。そう考えると、結構危なかったかもしれない。
戦闘中はともかく、不意打ちを受けると防御することもできないし、常に何かしらダメージを軽減するすべを身に着けていた方がいいかもしれない。防御魔法を常に張り続けるとか。
いや、それよりは対抗試合で使ったように魔道具を使う方が楽か。一日中防御魔法を張り続ける魔力はあるけど、魔力で体全体を覆うから結構窮屈だし。
ただでさえ人の姿でいると少し落ち着かないのにさらに縛りを加えるのはあまりやりたくない。楽をできるならそっちの手段を取るべきだろう。
「そちらはどうでしたか?」
「一応捕縛したよ。ユルグさんも奴らの仲間みたいだったけど、少し事情が特殊みたい」
私はユルグさんとリナさんが話していたことを伝える。
今回の場合、ユーリさんが襲われたのはユルグさんが元凶ではあるけど、直接的な要因ではない。ただ単に聖教勇者連盟が転生者欲しさに暴走しただけで、ユルグさん自身は悪くないだろう。
だから、ユーリさんをこのまま会わせる分には問題はないと思う。
ただし、こういうことが起きる以上、ユーリさんは再び狙われる可能性がある。仮にここで記憶が戻り、ユルグさんと共に行くという選択を取った場合、二人でその脅威を打ち払わなくてはならない。
ユルグさんは怪力と言う近接特化のような能力で、ユーリさんは暫定ではあるけど補助型の能力。今回のように遠距離から不意打ちをされた場合はどうしようもない。
そう考えると、ユーリさんをユルグさんに預けるのは相当な不安があった。
「そういえばユーリさん、あの時は何に怯えていたんですか?」
「あ、はい、それは……」
「結理!」
ユーリさんが口を開こうとしたその瞬間、背後からユルグさんの声が響いた。
待っていろと言ったのに、我慢できなかったらしい。その視線はユーリさんの顔に注がれており、その表情はだんだんと喜色を帯びていった。
「結理、探したぞ! また会えてよかった!」
「あ、ぅ……」
感情のままに大きな声で話すユルグさんに対し、ユーリさんは再び怯えが混じったような表情で一歩後退る。
やはりというか、どうやらユーリさんはユルグさんに対して苦手意識のようなものがあるようだ。前世で恋人同士であり、今世でも同じ顔で生まれることを望んでいたのに。
どうにも様子がおかしい。私はさりげなくユルグさんとユーリさんの間に割って入った。
「俺が来たからにはもう安心だ。さあ、一緒に行こう。お前のことは俺が守ってやる」
「ひっ……!」
ユルグさんが近づけばそのたびにユーリさんは一歩後退る。少なくとも、前世で恋人同士だったなんて話、到底信じられないくらいには恐怖に彩られた顔をしていた。
これは、やはりおかしい。二人は本当に恋人だったんだろうか? 確かにそういう風に聞いているが、その話はあくまでもユルグさんがもたらした情報だ。
記憶がないとはいえ、ユーリさんはユルグさんが恋人だなんて一言も言っていないし、ユルグさんが一方的に想いを寄せている可能性もある。
もしそうなら、ユーリさんがユルグさんに苦手意識を覚えていることにも納得がいく。
ひとまず真偽を確かめなければならないだろう。私はなおも近づこうとするユルグさんの前に立ちその歩みを止めさせた。
「おい、邪魔だ。どけ」
「その前に、いくつか聞きたいことがあるのですが」
「お前に話すことなどない。俺は結理さえいれば後はどうでもいい」
ようやく探し人に会えた喜びからか、邪魔する者に対してかなり苛立っているようだ。
しかし、ユーリさんがこうして怖がっている以上このまま何も聞かずに差し出すことなんてできない。
「今のあなたにユーリさんを差し出すことなどできません。もし話を聞かないのなら、このまま彼女は連れ帰ります」
「お前にそんな権利があるのか? 前世からの恋人とようやく会えたのに、お前はそれを再び引き裂くのか?」
「まずはそこをはっきりさせたいのです。そもそも、その恋人と言うのは本当ですか? 明らかに怯えていますが」
「本当だとも。何なら結理に聞いてみればいい。なあ、結理、俺はお前の恋人だったよな?」
ユーリさんに話を促すユルグさん。
こうして本人に聞くってことはそれだけ自信があるということだろうか。いや、記憶がないことをいいことに捏造しているのだろうか。
なんにしても、ユーリさんの反応は気になる。私がユーリさんの方を見ると、少し怯えながらも小さな声で呟いた。
「ち、違います。恋人なんかじゃ、ありません……!」
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