第四十四話:決勝戦
決勝戦開始までまだ少しある。私もできる限りのことはしよう。
あいつは本選に上がった時に話しかけてきた。となれば、残りは決勝だけとなった今、再び接触してきてもおかしくない。
それらしい気配を探していると、案の定控室近くをうろうろしているようだった。
お姉ちゃんは……まだ近くにいるみたい。近くに希薄な気配があることを考えると、恐らく見張りの奴のところだろう。
お姉ちゃんは気配に敏感みたいだし、もしかしたら初めから尾行に気付いていたのかもしれない。
でも、それなら好都合だ。私はふらりと廊下を歩き、あいつらの下に近づいていく。そして、偶然を装って出くわした。
「おっと、こんなところにいたのか」
いつもと変わらないローブ姿の二人。私に呪いをかけてきた方の男は私に目線を合わせるようにしゃがみこみ、私の頬にそっと手を当ててきた。
「まさか神速のサフィまで倒しちまうとはな。こりゃ本当に優勝が見えてきたんじゃないか?」
「ガキの癖にやるじゃねぇか」
「……それはどうも」
手袋でもしてるのか、頬に触れる感触は固い。ローブの隙間からアリアの姿を見ようと視線を動かしたが、見ることはできなかった。
「私が優勝したら、あの人……お兄ちゃん達を解放してくれますか?」
「ああ、もちろん。お前が掻っ攫う優勝賞金と引き換えにな」
やはり目的は賞金なのか。賞金を渡すのは別にいいけど、一体何に使うつもりだ?
賞金は確かに高額だけど、貴族ならそれくらいは出せるはず。ということは、貴族の後ろ盾がないってことだ。
盗賊か、あるいは傭兵崩れとかで金に困っているのか。あるいはそれを使って何かを企んでいるのか。
単純に金に困っているだけで、素直に金と引き換えに人質を解放してくれるなら楽なんだけど。少なくとも、それなら二人は助けられる。
でも、アリアは……。
最初に会った時ローブの隙間から見えたはずのアリアの姿は今は見えなかった。恐らく、どこかに隠したんだろう。貴重である妖精を魔法無効のローブがあるとはいえ持ち歩いていては取られてしまう可能性もあるのだから。
アリアを救い出すならやはりアジトを突き止めないといけないか。
お姉ちゃんが見つけてくれるといいんだけど……。
「俺は一度戻る。お前は試合の行方を見守ってろ」
「おう」
「じゃあな。お前が優勝するのを楽しみにしてるぞ」
軽く笑った後、ローブの男は去っていった。
あの男、一度戻るって言ってた。今のやり取りはお姉ちゃんも見てたはずだし、会話は聞き取れなくてもあいつが外に出ることはわかるだろう。
後はうまく尾行してアジトを見つけられれば万々歳だ。
問題なのは時間があまりないということ。
準決勝二戦目の次は三位決定戦。お姉ちゃんが動く以上、三位決定戦は不戦勝に終わるだろうから二戦目が終了すれば決勝戦が始まってしまう。余りに早く負けてしまうと間に合わない可能性がある。
勝てれば一番いいけど……そういえば、決勝の相手って誰なんだろう。お姉ちゃんの試合ばかりに頭が行って全然確認してなかった。
メインホールまで行き、張り出されている対戦表を確認してみる。すると、そこには見覚えのある名前が書かれていた。
ミーシャ。確か、予選の時にゼムルスさんと見ていた試合にいた人だ。
爪のような武器で戦う独特な戦法で、猫耳の生えた獣人の人だったと思う。
魔爪のミーシャなんて異名があるらしいから、名のある冒険者なのだろう。お姉ちゃんほどではないにしろ素早かったし、普通に戦ったら苦戦しそうだ。
お姉ちゃんとの戦いで魔力を相当消費してしまっている。身体強化魔法の重ね掛けのせいで手足も痛むし、長くは戦えないだろう。
やるなら速攻で勝負を決めるしかないか。
なるべく動かずに回復に努めていると、準決勝二戦目が終わる。勝者はミーシャ。私の苦手とする素早い相手だ。
まあ、相手方はバランス型で技の切れもよかったようだし、全く知らない相手より知っている相手なだけましかもしれない。
ふぅ、と息を吐き、胸に手を当てる。ドキドキと心臓の音が聞こえてきた。
思ったよりも緊張しているのかもしれない。
さて、どうやって戦おうか?
勝とうと思うならさっき考えた通り速攻を狙うのがいいだろう。魔力の消耗具合からしても長期戦は不利になることは目に見えている。
でも、お姉ちゃんがあいつらのアジトを見つけ出し、アリアを救い出してくれることを祈るならできるだけ時間を稼いだ方がいいのは確かだ。
あいつらの目的は賞金っぽいから、もし接触してくるとしたら表彰式で賞金を受け取った後だろう。
プログラム的には決勝戦後、表彰式を行い、その後閉会式となる。表彰式は決勝戦のすぐ後に行われるから、順調に勝つことが出来ればそこそこ時間は稼げるだろうか。
逆に負けてしまった場合を考えると、こちらも接触してくるのは閉会式の後だろう。それまで話す機会はできないはずだから。
賞金を狙ってるってことは、アリアにはまだ手を付けてないってことだろうか。もしそうなら、負けて賞金が手に入らないとわかればアリアを売りにかかる?
仮にアリアがアジトに捕らわれているとして、あいつらは戻ると言って徒歩で闘技場を出ていった。そう遠くない場所にアジトはあるはず。
一人を残して戻ったことから考えると、試合の結果ですぐに行動ができるようにと考えての事だろう。
そう考えると、負ければアリアの身が危うくなる可能性が高い。
人質の事も考えると、時間稼ぎなどは考えず、勝つことだけを考えた方が無難か。
ある程度時間を稼いだ上で勝つのが理想だけど、下手に時間稼ぎしようとして負けるくらいなら速攻で勝ちに行った方がましだ。
あいつらが約束を守るなら人質が解放されるはず。そうすればアジトも手薄になってお姉ちゃんがアリアを見つけてくれるかもしれない。
倒れてもいいから全力で行こう。
一時間ほどの休憩の後、決勝戦が始まった。
フィールドに赴けば、今まで幾多もの強敵を倒してきたとは思えないほど華奢で可憐な女性が佇んでいた。
かなり露出のある軽装で、一応腰にナイフを帯剣しているようだが、彼女の武器は白く透き通るような肌の先にある爪だ。
獣人の特徴なのか、人間に比べて長く鋭いようだけど、見た目はそこまで凶悪そうには見えない。むしろ、あんな細腕で無理矢理引き裂こうとすれば逆に折れてしまいそうだ。
彼女の真価は恐らく身体強化魔法。そうでなければあんな体格でここまで勝ち上がれるわけがない。
それに爪が伸びる絡繰り。獣人としての特性なのか、私の様に常時発動系の魔法を使っているのかはわからないけど、そのおかげでリーチは思いの外長い。
さて、どうやって止めようか。
「あんたね。飛び入りで参加したダークホースっていうのは。えーと確か、名前は……ハクだっけ?」
鈴が転がるような素敵な声だ。
腰に手を当て、キッと睨むような鋭い目つきでこちらを凝視している。
声に合わせて揺れる尻尾は落ち着きがなく、少し不機嫌そうだった。
「せっかくサフィ様と戦えると思ったのにあんたなんかに負けるなんてね。……いいえ、サフィ様が負けるはずないわ。一体どんな手を使ったの?」
「え?」
サフィ、様?
もしかして、お姉ちゃんのファンなのだろうか。
「まあいいわ。どんな汚い手を使ったか知らないけど、私にはそんなの通用しないから。甘く見ないでよね」
「は、はぁ……」
どうやら彼女は何かを誤解しているらしい。
いや、実際私はお姉ちゃんに負けて欲しいと頼み、お姉ちゃんがそれを受け入れたからこそ勝ち上がることが出来たわけだからずると言えばずるなんだけどさ。
今度は小細工なんて何もない真剣勝負だ。お姉ちゃんの動きである程度慣れたとはいえ、不利なことに変わりはない。
審判の声に従って構える。最初から全力で行こう。
試合開始の鐘が鳴った。
ストックがどんどん減っていく。早く書けるようになりたい。