第四百二十三話:前世の記憶?
エルの背に乗って移動すること数日。私達はようやくユルグさんが待つポッカの町までやってきた。
移動中はエルが氷の膜を張ってくれているので座っている分には快適だったが、それでも記憶を失っているユーリさんにとって空を飛ぶというのは初めて味わった感覚でもあるようで、終始興奮した様子でいた。
慣れるか心配だった空での寝泊まりも案外抵抗なく受け入れてくれて、私としては一安心である。
多分、今までのユーリさんが過酷な環境で生き残ってきたような生活をしてきたから、自然とどんな環境でも適応できるように体が覚えているのかもしれない。状況からして野宿も多かっただろうしね。
「それでは、ユルグさんを呼んできますので、しばらく待っていてください」
「はい。……でも、このまま入らないんですか?」
「この町では竜人は珍しいので、あんまり歓迎されていないんですよ。なので、外で会ってもらおうかと思っています」
「そうですか……」
悲しそうに目を伏せるユーリさん。まあでも、これは仕方のないことだ。
もちろん、私とて竜人が差別されるような社会は望んでいないけど、これを正すにはそれこそ聖教勇者連盟のような強い力が必要だ。
現在は聖教勇者連盟の勇者と言う最高戦力が世界各国を守ることによってその信頼を築き上げている。だからこそ、聖教勇者連盟の掲げる竜が悪だという思想が真実だと思われており、覆すのが難しいのだ。
だから、この思想を覆すには聖教勇者連盟に比肩しうるような巨大な勢力を築く必要がある。しかし、それを築く能力は私にはない。今のところは会った人にそれは間違いだよと教えてあげるくらいがせいぜいだ。
「それでは、行ってきますね」
ユーリさんの事をエルに任せ、町へと入っていく。
ユルグさんの滞在している宿はすでに教えてもらっている。私達が帰ってくるまでは下手に外出しないようにも伝えているし、行けば会えるだろう。
そういうわけで宿屋に向かい、受付でユルグさんの名前を出すと、案の定すぐにユルグさんは出てきた。
「来たか。結理を連れてきてくれたのか?」
「はい。ただ、例によって町に入れるのは憚られたので、近くにある森で待機してもらっています」
ユルグさんはかなり楽しみにしていたのか、そわそわと落ち着きがない。
まあ、今までずっと探し続けてきた人に会えるかもしれないんだから当たり前ではあるけど、その顔で迫られると絵面が酷いから落ち着いてほしい。
見た目7歳くらいの幼女に興奮しながら話しかける男性とかあれでしょ。まあ、私は理由を知っているし、元々男だから迫られたところでどうとも思わないけど。
「なら案内してくれ。すぐに行く」
「わかりました。それでは案内しますね」
今にも走り出しそうな雰囲気のユルグさんを宥め、そのまま宿を後にする。
これ、会った瞬間に抱き着いたりしそうだな。本当に恋人同士なら問題ないのかもしれないけど、今のユーリさんは竜人と言う種族のせいか見た目は10歳程度の少女だし、記憶も失っているからそれは怖いよね。
うん、そこらへんは私が止めることにしよう。感動の再会を邪魔するようで悪いけど、私は味方につくなら竜人であるユーリさんの方につく。
道中、何度も急げとせっつかれながらも町を出て、森へと向かう。ユーリさんが待機している場所まで向かうと、一度待つように指示を出した。
「前にも言ったと思いますが、ユーリさんは現在記憶を失っています。ですから、心の準備も必要でしょう。なので、少し待っていてくれますか?」
「いや、その必要はないだろう。記憶を失っていたとしても、結理は俺の大切な恋人だ。きっと見ればすぐに記憶を取り戻すに違いない」
「なら、せめて向こうから話しかけてくるまで待ってあげてください。それと、いきなり抱き着いたりしたりしないこと。いいですね?」
「なぜそんなことをお前に指図されなければならない?」
「従えないならこのままユーリさんは連れ帰りますけど?」
「む……仕方ない、いいだろう」
気持ちが逸っているせいか、相手の事を全然考えられていないようだった。
気持ちはわかるけど、今の身長差を考えると女性からしたらかなり怖いと思う。仮に記憶が戻ったとしても今世では初対面になるわけだし、ユーリさんが恐怖しないとも限らない。
何かあったら即割り込めるように近くにいつつ、エルに合図を送る。しかし、しばらくしてもユーリさんが出てくる様子はなかった。
「なぜ出てこない?」
「何かあったのかもしれませんね。少し待っていてください。確認してきます」
「俺も」
「いいから待っていてください」
ついてこようとするユルグさんを何とか待機させ、木の裏へと向かう。
すると、そこには蹲って肩を抱えているユーリさんの姿があった。
「何があったの?」
「申し訳ありません。あの男を見た瞬間こうして蹲ってしまって……」
ユルグさんを見た瞬間に蹲った?
ユーリさんの様子を見る限り、何かに極度に怯えているように見える。まるで得体のしれないものに出くわした時のような、そんな感じの怯え方だ。
もしかして、ユルグさんを見たことで記憶が戻った? 確かに、ユルグさんの顔は恐らく前世のものと同じだから、それを見たことによって頭の奥底に眠る記憶の断片を刺激したとしても不思議ではないけど、でもだとしたらなぜ怯えているのだろう。
ユルグさんとは前世で恋人同士だったはずだ。それなら、普通は再会を喜びこそすれ、怯えるなんて反応を見せるのはおかしいはずだ。
一体どういうことだろう。とりあえず、ユーリさんを落ち着かせるのが先かな。
「ユーリさん、しっかりしてください。大丈夫ですか?」
「あ、ぁ……」
「大丈夫です。何も怖いことはありませんよ。ほら、ゆっくり息を吸って」
しばらく背中を撫でてやると、だんだん落ち着いてきたのか震えが収まってきた。
「ユーリさん、何があったんですか?」
「嫌……また、殺される……」
まだ錯乱しているのか、その視線は定まらず、うわごとのようにぶつぶつと言葉を呟いている。
殺される? いったいどういうことだ?
ユーリさんはユルグさんと前世で恋人同士だったというのは合っているはず。そして、ユルグさんの話では恋人と共に死に、転生したという話だった。
もし、ユーリさんの言う殺されるというのが前世での事を指すなら、その相手は最も近くにいたユルグさんと言うことにならないだろうか?
いや、それは早計だ。共に死んだというだけなら何かの事件に巻き込まれてと言う可能性もあるし、そもそも前世の事ではなく、今世での事なら実際何度も殺されかけているわけだからまた殺されると表現しても何ら不思議はない。
しかし、ユルグさんを見た途端それに怯え始めたと考えると、最初の可能性も捨てきれない。
これはユルグさんの前世の死について詳しく知る必要がありそうだ。とりあえず、このまま落ち着いてもらって話を聞きたいところ。
そう考えて再び言葉をかけようとした瞬間、不意にどこからともなく矢が飛んできて私の背中に突き刺さった。
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