第四百二十二話:ユーリの能力
アリアの回復を待ってから竜の谷へと転移し、ひとまずお父さんとお母さんにユルグさんの事を報告する。
そういえば、ユルグさんを見た感想だけど、意外と日本人っぽい顔立ちしてるなと思った。
と言うのも、この世界の人は皆西洋風と言うか、前世の感覚からすると外国人っぽい顔立ちが多い。だから、純粋な日本人風の顔立ちって言うのは案外珍しく、私が見た中ではミホさんと勇者くらいしかいないのではないだろうか。
ユーリさんの顔が前世と同じだと仮定すると、やはりあの二人はこの世界に来る際に前世と同じ顔で生まれることを望んでいたのかもしれない。
それは今世で再び出会えるようにするためにそう望んだのだろうか。もしそうだとしたら、よほど愛し合っていたに違いない。
死んで転生してもなおまた一緒にいたいってことだもんね。これでユーリさんの記憶が戻れば完璧だけど、うまくいくだろうか。
「と言うわけなので、ユーリさんを連れ出しても構いませんか?」
「元々記憶を取り戻すために色々動いてもらっていたのだ。記憶を取り戻す可能性があるなら構わないだろう」
「身体的には問題もないみたいだし、寝床や食事の世話をしてあげれば大丈夫だと思うわ」
一応、ユーリさんを連れ出すことに関しては一部の竜人が反対しているのだが、今回は護衛として私とエルがいるわけだし、酷い目に遭うことはそうそうないだろう。仮に記憶が戻らなかった場合でもその時は連れ帰ればいいだけの話だしね。
問題があるとすれば、無事に記憶が戻り、ユルグさんと行動を共にするという風になった場合だけど、ユルグさんはちゃんとユーリさんを守れるんだろうか?
確かに転生者として怪力の能力を得ているようだけど、他の転生者の能力と比べるとかなり地味な能力だし、ただ力が強いというだけなら竜人であるユーリさんも負けていない気がする。いや、もしかしたらそれ以上の怪力なのかもしれないけどね。
ユーリさんの能力はまだわかっていないし、記憶を失っている状態ではまともに戦うこともできないだろう。だから、一緒にいる人がきちんと守ってやる必要があるわけだけど、ユルグさんでは少し心配ではある。
一番いいのはユーリさんが記憶を取り戻し、且つ竜人差別の少なく、私達も住んでいるオルフェス王国に来てもらうことだけど、どうなることやら。
「じゃあ、準備が出来たら早速連れていきますね」
「あ、ちょっと待って」
報告を終えて早速ユーリさんの下に行こうとすると、お母さんに呼び止められた。
どうやら、ユルグさんの情報を集めるのと並行してユーリさんの情報も集めてもらっていたらしい。すると、いくつかの目撃情報があったようだ。
目撃されているのは主にこの大陸。各地の村や町を転々としており、その行く先々で人助けをしていたようだ。しかし、この人助けと言うのが少々問題があるらしい。
「みんなが言うには、怪我をした相手に手を添えると、相手の傷が治る代わりに自分の体に傷ができるんだそうよ」
「それって……」
「恐らく、怪我を肩代わりしているんでしょうね。聞いたことがない能力だけど、ユーリならあり得るんじゃない?」
一応、受けた攻撃のダメージを肩代わりするみたいな魔道具は存在するけど、すでに負っている怪我を自分の身体に移すみたいなものは聞いたことがない。
そうなると、これは転生者としての能力なのだろう。ほとんどの人がノーリスクで使えるものばかりを使っているのに、なぜそんな大きな代償が伴う能力を持っているのかはよくわからないけど、それなら運び込まれた時にボロボロだった理由に説明がつく。
もちろん迫害に遭ったというのもあるんだろうけど、ほとんどは自分から負った傷だったというわけだ。
記憶を失うまでその能力を使ってきたというのは正直驚きだ。下手したら死ぬかもしれないのに、何が彼女をそこまで駆り立てたのだろう。
しかし、これならば仮にユルグさんと会って記憶が戻らなかったとしても、ユーリさんが助けてきた人々に話を聞けば記憶が戻る可能性も出てきた。
と言うか思い出した。確か、以前竜の谷に来る際に助けた狼獣人の少年、確かヒック君だったかな。その子が確かユーリ姉ちゃんがどうとか言っていたはずだ。
どこかで聞いたことがあるとずっと引っかかっていたが、まさかそこで繋がるとは思わなかった。
ヒック君のことなら村に連絡をしていたピエールさんが知っているだろうし、聞けばすぐに場所はわかるだろう。
よしよし、だいぶ記憶回復の目途が立ってきた。ユルグさんでダメならそちらを当たってみるとしよう。
「ありがとうお母さん。これで記憶を取り戻すことが出来そう」
「役に立ったならよかったわ」
そうと決まれば早速連れていくとしよう。まだ日は高いので、今から出発しても問題はないはずだ。
早速ユーリさんのいる村長の家へと向かう。訪れれば、相変わらず部屋の隅で縮こまっているユーリさんがいた。
「ユーリさん、ユルグさんとの面会の約束を取り付けてきましたよ」
「そう、ですか。ありがとうございます……」
前世での恋人なのだからもう少し嬉しそうにするかとも思ったが、まあ記憶がなければこんなものだろうか。あまり芳しい反応は得られなかった。
記憶がなくて不安なのだろう、だからこそ引きこもっているのだろうし、記憶が戻るかもしれないとわかっても外に出るのは怖いのかもしれない。
でも、だからと言ってこのまま記憶が戻らないままと言うわけにもいかないし、少し勇気を出してもらわなければ。
「これからユルグさんがいるポッカと言う町に向かおうかと思っています。長旅になるかと思いますが、大丈夫ですか?」
「……はい、平気です。私を、連れて行ってください」
若干逡巡していたようだったが、最後には首を縦に振ってくれた。
もしここで断られるようなら最悪ユルグさんの方を竜の谷に連れてこなければならないところだったことを考えると頷いてくれてよかったと思う。
竜の谷に連れてくるとなると、どうあがいても私かエルが竜であることを明かさなければならないからね。竜に対する敵対心は持っていないようだったけど、万が一情報を売られても困るし。
「それじゃあ、行きましょう」
私の言葉にユーリさんはおずおずと立ち上がる。
私が手を差し出すと、遠慮がちにその手を握り、後についてきてくれた。
「エル、今回は背中に乗せてくれる?」
「了解しました。ハクお嬢様が一緒についていた方が安心できるでしょうし、私が運ぶのが適任でしょうしね」
「ユーリさん、前にも言ったかと思いますが、私達は竜です。これからお連れするにあたって竜の姿を取りますが、驚かないでくださいね」
「は、はい……」
一応ユーリさんに注意をした後、エルには竜形態になってもらう。
案の定、ユーリさんは驚いた様子だったが、事前に知らせていたおかげか腰を抜かすほどではなかったようだ。
若干震えている手を強く握り、出来るだけ安心させてやる。すると、次第に体の震えは収まっていった。
「では、しっかり掴まっていてくださいね」
共にエルの背中に乗り込み、適当な鱗を掴むように促す。
竜人であれば空を飛ぶことにも慣れているはずだが、例によって記憶がないためか飛んだ時はそれはもう驚いていたものだ。
しかし、次第に空を飛ぶ気持ちよさに気付いたのか、数十分もすれば落ち着いていたのでほっと胸を撫で下ろす。
ここからしばらくの間は海を渡る関係上、休息はエルの背中で行わなくてはならない。それに慣れるかどうかはわからないけど、出来るだけサポートしてあげよう。
ユーリさんの手を握りしめたまま、そう思った。
感想ありがとうございます。