第四百二十話:飛行速度
道中でエルに軽く聞いてみたが、レイティーヌ王国は主に人間が住む国らしい。
一応、獣人やドワーフの国とも交易を行っているが、基本的には人間至上主義で、人間以外の種族はあまり歓迎されないらしい。
ここシャイセ大陸は様々な種族が入り乱れる大陸ではあるが、一応は人間が最初の種族らしい。なので、昔ながらの風習でよそ者を嫌う文化が出来ているようだ。
もちろん、だからと言って獣人やドワーフが町に入った瞬間追い出されたりするわけではないが、妙な目で見られることは多いらしい。
そうなると、ユーリさんをそのまま街に連れていくのは悪手だろうか。この国がどれほど竜人を差別しているかは知らないけど、人間至上主義と言うことは少なくともオルフェス王国よりは危険だろうし、堂々と街中を歩くのは危険かもしれない。
まあ、町に入るだけだったら隠密魔法でもかければいいだけの話なので入るだけならできるけど、会う場所が問題だな。その辺は少し考えなければならない。
「そろそろ日が暮れますが、どうしますか? このまま飛んでも大丈夫ではありますが」
オルフェス王国から国二つ分離れているとは言っても竜の翼なら大したことはないだろう。そう思っていたけど、流石に半日で走破するには時間が足りなく、結局途中で日が暮れてしまった。
ちょっと竜の翼を過信しすぎたかもしれない。いくら速いとは言っても光の速度で動けるわけではないんだし、もう少し考えるべきだった。
そうなると、先にお兄ちゃん達に連絡しておいた方がよかったかもしれない、普通に今日中に帰るつもりだったから何も言ってないのだ。
「エル、この場所の名前わかる?」
「そうですね、恐らくレグザンド王国の北あたりかと。正確な場所までは覚えていませんが」
「そっかぁ。ちょっと難しいかな……」
一応、転移魔法を使えば今すぐにでも帰ることは可能だ。しかし、いくら見たことある場所なら転移できるとは言っても流石に忘れてしまっていたり正確な場所がわからなければ転移はできない。
だから連絡しに戻るならこの場所を把握する必要があったんだけど……近くに町とかもないし難しいかな。
「エル、このまま飛び続けたらあとどれくらいで着く?」
「恐らく明日の昼頃になるかと思います」
「うーん、微妙……」
目的地の町にさえついてしまえば場所の把握ができるから転移で戻ってすぐにまたとんぼ返りするという手も取れたけど、今日中に着けないのならあまり意味はない。
いや、別に目的地でなくても途中で町の一つでも見つけられればそれでいいんだけどさ。ただ、あんまり遅くなりすぎると町は入り口を閉じてしまうから町の中に入れなくなる。
町の名前を聞ければそれでもいいけど、その頃には門番も引っ込んでるだろうし人に会える可能性は低いだろう。
「ねぇ、何とかして今日中に着けない?」
「普通にいけると思いますよ?」
「だよね、そんな簡単に……え、いけるの?」
ダメ元で聞いてみただけだったのに案外あっさりいけるという答えが返ってきた。
転移魔法で行く、と言うわけではないよね? エルはワンチャン知っている場所かも知れないけど、私は知らないからいけないし。
「はい。明日の昼に着くというのはあくまでも普通に飛んだ場合の話です。全力で飛んでいけば今日の夜には着くと思いますよ」
「あ、なるほど……」
単純な話だった。確かに、私は今普通に飛んでいるけど、これは人間で言えば歩いているのと同じだ。当然、走ればより早く目的地に辿り着けるのだから、それと同じことをすればいいだけの話である。
竜の飛ぶスピードは相当速いから気づかなかったけど、よく考えれば当たり前の事だったね。ちょっと恥ずかしい。
「ただ、その場合竜の姿になっていた方がよろしいのと、激しく揺れると思うのでアリアが大変そうって言うことが問題でしょうか」
「ああ、そりゃそうだよね……。アリア、平気そう?」
「うーん、いつもの風の膜を張ってくれたら多分? それか振動軽減みたいな魔法を使ってくれたら大丈夫だと思うよ」
夜に着ければそのまま転移魔法で帰って家で寝て、朝起きたら戻ってくるって感じにすれば、外泊することもないし何の問題もない。
ただ、スピードを上げるならやはり乗り心地は悪くなるのは当たり前で、アリアがついてこれるかが心配だった。
いや、乗り心地に関してもそうだけど、転移魔法で帰るならアリアに連続で転移魔法を使ってもらうことになるためその点でも心配である。
一応、魔力は寝れば回復するからいけないことはないと思うけど、大変なことに変わりはないし。
「まあ、明日の午前中はちょっと寝かせてもらうことになりそうだけど、それでもいいなら何とかするよ」
「なんだかごめんね?」
「いいよいいよ。せっかくの転移魔法なんだから有効に使わなきゃ」
私が転移魔法でポンポン飛び回るものだからアリアにはかなりの負担を強いている。もちろん、アリアがついてこなくてもいい場面もあるけど、エルと一緒でいるのといないのとでは安心感が全然違うし、いてくれる分には普通に嬉しい。
せめて、道中くらいは快適な旅にしてあげよう。そう思って、色々魔法を模索するのだった。
竜の姿になって飛ぶのはもう何回かやってきたことだったが、全速力で飛ぶのは初めての事だった。
感想としては、ちょー気持ちいい、って感じ。
元々小柄なのもあって、私はどうやらかなりのスピードを出せるようで、途中でエルがついてこられなくなるほどの速度を出すことができた。
全身を流れる風の感覚や耳をつんざく風切り音がとても心地よく、ついついスピードを出しすぎてしまってその都度エルが追い付くのを待つ場面が多かった。
エルも相当早い部類であるはずなんだけどね。自分で提案した手前、何度も足を引っ張ってしまっていることにエルはとても申し訳なさそうにしていた。
だが、それでもかなりの時間短縮にはなり、日が落ちてしばらくした頃には目的地であるポッカと言う町に辿り着くことができた。
これでこの場所は記憶した。後は転移魔法で帰るだけである。
「アリア、大丈夫だった?」
「うん、案外平気だった。ハクが色々魔法をかけてくれたおかげだね」
「それならよかった」
風の膜はもちろん、振動軽減、衝撃軽減など思いつく限りの魔法を施したおかげか、アリアは比較的元気な様子だった。
あまり負担にならなかったようで何よりだ。アリアにはいつも苦労を掛けているし、このくらいは気を使わないとね。
「それでは、帰りましょうか」
「そうだね」
一応、転移用に目印となるものを確認した後、転移魔法で王都へと帰る。場所は家の上空だ。
全速力で飛んだこともあって割とお腹がすいている。今の時間ならもうお姉ちゃんが作ってしまっているだろうか。だとしたら申し訳ないけど、食べさせてもらえたらいいな。
「ただいま」
人の姿に戻った後、服を着てから家へと入る。
出迎えてくれるお兄ちゃん、そして、食欲をそそるいい匂い。やはりお姉ちゃんが作っていたようだった。
遠出をしてもいつでも家に帰れるというのはやはり便利なものだ。場所さえはっきりしていればどこへでも飛んでいけるというのはある意味最大のチートかもしれない。
まあ、竜の仕事の関係上、これくらいしないと務まらないって言うのはあるんだけどね。
そんなことを考えながら、食卓の席に着いた。
感想、誤字報告ありがとうございます。