第四百十九話:ユルグの情報
お兄ちゃんの祝勝会と言う名のパーティを終えて数日。ついにユルグさんの情報が手に入ったとお母さんから告げられた。
流石精霊のネットワークは広く、隣の大陸だというのにこの数日で瞬く間に情報は集まったらしい。
ユルグと言う名の緑髪の青年。情報はそれだけだったのによく集まったものだ。
「精霊は意外と人の顔を覚えているものよ。だけど、今回はその子はあまり魔力を持っていないようだったから、関心を持たれていなかったみたい。おかげでこんなに時間がかかってしまったわ」
「こんなにって、まだ二週間くらいしか経ってないけど……」
「精霊の噂話なら普通はもっと早く集まるわ。例え隣の大陸でもね」
私としてはこれでも十分早い方だと思うのだが、お母さんからしたらかなり遅いらしい。
精霊は人の傍にもたくさんいるが、その中でも特に集まるのは魔力が多い人だ。だから、必然的に魔力をあまり持たない人の傍には集まらない。だからこそ、精霊もあまりやる気を見せず、ここまで時間がかかったのだという。
念のため、竜にも探してもらっていたこともあって、その話を元に精霊を飛ばした結果、ようやく手に入った情報なのだとか。
情報戦において精霊はもうチートと言ってもいいけれど、やっぱり安定感はないようだ。竜にも捜索を頼んでおいてよかった。
「それで、ユルグさんは今どこに?」
「レイティーヌ王国っていう国のポッカと言う町にいるみたいね」
レイティーヌ王国はオルフェス王国から二つほど国を挟んだところにある国だったはずだ。
私は冒険者だから国境を超える分には大丈夫だけど、国には特有のルールがあることもある。特に、間にある国の一つは過去にオルフェス王国を侵略しようとした歴史のある国でもあるし、あまり通りたくない場所でもあるから事前にわかったのは本当によかった。
場所さえわかっていれば後は飛んでいけばいいだけだし。
「そこでユルグさんは何を?」
「人を探しているみたいだって言ってたわ。ハクの言う通り、ユーリの探し人かも知れないわね」
探している人の特徴なども聞いてみたが、やはりアリシアと同じ顔を探しているようだ。
ユーリさんはアリシアと瓜二つだし、ユルグさんが探しているのはユーリさんで間違いないだろう。
少し疑問に思ったのは、ユルグさんは前世で恋人と共に死亡し、自分が転生したのだから相手も転生しているだろうということで探しているとのことだった。つまり、ユルグさんは今世でのユーリさんの顔を知らないはずである。
それなのに、アリシアに似た顔と言ってるってことは、前世の時点でアリシアと同じような顔だったってことなのかな。
アリシアはかなり可愛いけど、とてもじゃないけど日本人の顔立ちではない。でも、名前は結理だと聞いたし、どう考えても日本人だよね?
ハーフかなにかなのだろうか。もしそうだとしても、今世でも同じ顔になるなんて偶然もいいところだ。
それとも、何かしら願った結果なのだろうか。同じ顔でいたいとでも願った? よくわからないな。
「他に仲間とかはいたの?」
「いないみたいね。一人でうろついていたらしいわ」
「それなら、まだ楽かも」
今までの聖教勇者連盟のやり方からして、誰かしら一緒にいるのだと思っていたけど、どうやらそういうわけではないらしい。精霊からの情報だし、その時たまたま一人だったというわけではないだろう。今この時にだってお母さんの下に精霊達は集まっているはずなのだから。
一人であるなら接触はたやすいだろう。いきなりユーリさんを連れて行ったとしても大丈夫かもしれない。
でもまあ、一応ここはプラン通り、まずは私だけで会いに行くべきだろう。ユルグさんの聖教勇者連盟での位置づけを確認しておきたいし。
「それじゃあ、この後接触を図ってみるよ」
「それがいいわね。でも、先にユーリに教えてあげた方がいいんじゃない?」
「あ、それもそうだね」
一応、探し人の目途が立ったことくらいは教えておいた方がいいだろう。
記憶を取り戻すのが目的ではあるが、その探し人に会うことこそが記憶を取り戻す一つの手段であるし、場合によっては会わせなければならないのだから準備は必要だろう。
そういうわけで、私は早速村長の家へと向かった。
「ハク様、ようこそおいでくださいました」
「こんにちは。ユーリさんはいますか?」
「はい、おります。どうぞこちらへ」
そう言って案内してくれるオーウェルさんに礼を言いつつ、部屋へと入る。
そこには以前と同じようにユーリさんが尻尾を抱えて座っていた。
もしかしてだけど、ずっと外に出ていないんだろうか。もちろん、オーウェルさんが閉じ込めているってわけじゃないだろうけど、やはり記憶喪失って言うのは不安なものなのだろう。
静かに近寄ると、ユーリさんは私の姿を見て若干表情を和らげた。
「ハクさん、こんにちは」
「こんにちは。記憶の方はどうですか?」
「いえ、まだ何も……」
まあ、そう簡単に記憶が戻ったら苦労はないだろう。
見た感じ、怪我をしているとか弱っているとかそういうのがないだけましだ。
「そうですか。無理に思い出す必要はないですからね。少しずつ思い出していければそれで」
「すいません、迷惑ばかりかけて……」
「迷惑とは思っていませんよ。それはそうと、ユーリさんの記憶の手がかりになると思われる人物の手がかりを掴んだのですが……」
私はユルグさんの事を伝える。向こうはユーリさんと同じ顔の女性を探しているということを伝えると、ユーリさんは少し首を傾げて不思議そうにしていた。
「多分、ユーリさんの探し人もユルグさんだと思うんですが、何か思い出せたりしませんか?」
「そう、ですね。多分そうだと思います」
妙に歯切れの悪い言い方に少し違和感を覚える。
でもまあ、ユルグさんの行動を見る限り、探しているのは恋人なわけだから、ユーリさんもまたユルグさんを探していると考えた方が辻褄は合う。
だから、多分これで合っているのだろう。それ以外の候補が見当たらないし。
「会いたいですか?」
「……はい。記憶も戻るかもしれませんし」
「じゃあ、安全が確保でき次第会えるように場を整えましょう」
後は向こうにアポを取って場を整えるだけ。できればオルフェス王国に招待したいところだけど、流石に竜であることを伝えるわけにはいかないし、そのままポッカと言う町にユーリさんを連れていくことになるだろう。
聖教勇者連盟に所属しているというのが一番のネックだが、一人で活動しているということは多分自由グループに所属しているはず。あそこなら対竜グループよりは好戦的でないはずだし、相手が竜人でも受け入れてくれる可能性はある。
もし竜人死すべし、と話を聞かないなら……その時は残念だけど引き離させてもらおう。唯一の知り合いに会えなくなるのは残念だろうが、命の危機に陥るよりはましなはずだ。
「それじゃあ、ちょっと行ってきますね。近いうちに場は整うと思うので、待っていてください」
「わかりました……」
さて、これでユーリさんへの説明はオッケーだろう。
ユルグさんの詳細もお母さんから聞き及んでいるし、行けばわかるはず。後は移動の最中にユルグさんが移動しないことを願うばかりだ。
「行きますか?」
「うん。行こ、エル」
「承知しました」
エルと共に翼を広げ、大空へと飛び立つ。
このままうまく記憶が戻ってくれるといいのだが。
感想ありがとうございます。