第四百十七話:決勝戦、ラルドVSサフィ
休憩と三位決定戦を挟み、とうとう決勝の時間となった。
今、フィールドにはお兄ちゃんとお姉ちゃんが対峙している。
お姉ちゃんは私が王都にいる関係で王都を拠点にして長く、特に冒険者の中では知らない者はいないほどの有名人。そして、お兄ちゃんもまたAランク冒険者として結構有名なようであちこちでその名前が囁かれている。
人気としてはお姉ちゃんの方が若干高いようだ。まあ、お兄ちゃんは最近までこの大陸にいなかったし、冒険者としての活動もしていなかったから忘れられてしまっているのだろう。応援している人のほとんどは予選からお兄ちゃんの試合を見て惚れ込んだ人だ。
準決勝で番狂わせがあったとはいえ、他はすべて開始数秒で瞬殺してきたお姉ちゃんにお兄ちゃんが対抗できるかどうか。すべてはそれにかかっている。
もし、お兄ちゃんが対応できないようなら史上稀にみる速さで決勝は終了するだろう。
いや、お兄ちゃんもまだまだ本気じゃなかったっぽいし、多分大丈夫だとは思うんだけど、お姉ちゃんもまた本気じゃないっぽいのでどう転ぶかは始まってみないとわからない。
私としては、どっちも頑張ってほしいけどね。
「それではこれより、決勝戦ラルド対サフィを始める。両者、準備はいいか!」
審判の宣言に二人とも構える。ヒノモトの剣士がやったように刀でお姉ちゃんの攻撃を防げるのは実証済みではあるけど、お兄ちゃんの刀はかなり長い。仮に先読みできたとしても、そこに刀を置くのはかなり難しいだろう。
さて、お兄ちゃんはどう捌いていくのか。
「それでは、始め!」
開始と同時にお姉ちゃんが高速で突っ込んでいく。お姉ちゃんがお兄ちゃんの背後に到達し、首筋に剣を突き立てると思われたその時、気が付けばお兄ちゃんの方がお姉ちゃんの背後を取っていた。
恐らく、とっさに転移魔法で短距離移動したのだろう。攻撃の対象を失ったお姉ちゃんの攻撃は空を切り、逆にお兄ちゃんの攻撃はお姉ちゃんの胴体を狙っている。
が、お姉ちゃんもただではやられない。瞬時に地を蹴ると、その瞬間には数歩離れた場所に立っていた。
「おいおい、いきなり即死を狙うなって。実の兄だぞ?」
「普通に躱した上にカウンター決めてこようとしてそれを言う?」
「ちゃんと急所は外しただろ。大目に見ろ」
「別に手加減しなくてもいいけどね」
開始位置が入れ替わった状態。互いに軽口を叩き合うと同時に再び両者の姿がぶれる。
単純な速さによって視界から消えるお姉ちゃんと、転移魔法によって瞬間移動するお兄ちゃん。詠唱がある分、お兄ちゃんの方が若干不利のように見えるけど、先読みもある程度できるのかその不利は十分に打ち消せているように見えた。
まあ、この先読みは兄妹故だと思うけど、強い人ってみんな先読みできるんだろうか。確かに経験による行動の予測はできるかもしれないけど、それが百発百中するとなるとそれはもはや未来予知なのでは?
いや、もちろんたまには外れるとは思うけどさ。私も「甘い!」とか言って攻撃防いでみたい。私の場合は防御魔法か結界使うだろうから絵面が地味になりそうだけど。
「ラルド兄が強いのは知ってるけど、そうホイホイついてこられると私も自信なくすんだけど」
「なら本気出せ。まだいけるんだろ?」
「わかってるじゃん」
だんだんとお姉ちゃんの速度が上がっていく。それはもはや瞬間移動に近く、お兄ちゃんの使っている転移魔法と変わらない速さになってきた。
もうパッと見る限りではお兄ちゃんがぱっとどこかに現れてそこにお姉ちゃんが現れては消えてを繰り返しているようにしか見えない。
動きが一瞬すぎて目では追えないのだ。これは仮に目に身体強化魔法を施したところで同じことだろう。この魔法の精度は前よりも上がっているとは思うけど、それでもお姉ちゃんの速さには追い付けない。
以前から音速を超えているんじゃないかと思っていたけど、下手したらそれ以上なのでは? そういうスキルを持っていることは確定だけど、なんかユニークスキルっぽい予感がする。
「おいおい、まだそんなに速くなるのか。それは予想外だな」
「ラルド兄が本気出せって言ったんじゃん」
「まあ、そうなんだけどな。そんなら、俺も少し本気出しますかね」
お兄ちゃんはそういうと、今まで防御に回していた刀を大振りに振り抜いた。
その瞬間、周囲に無数の風の刃が発生し、辺りに無差別に降り注ぐ。その威力はすさまじく、周辺にある岩や地面を容赦なく抉り取り、明後日の方向に飛んでいった刃が結界に当たって軋み始める。
さらに、その刃はまるで意志を持っているかのようにその場に留まり、まるで設置型のダメージ源のようにその凶刃を振るい続けている。
これにより、お姉ちゃんはだいぶ行動を制限されることになった。
今までは直線上に何もなく、容易にお兄ちゃんに近づくことができたが、風の刃が発生したことによって進路を塞がれ、ルートが限定されてしまっている。
もちろん、それでもお姉ちゃんの速度なら迂回したとしてもコンマ数秒の差にしかならないと思うが、お兄ちゃんにとってはそれでも十分な隙らしい。目に見えて刀の動かし方が変わった。
「気絶しても文句言うなよ。躱せるものなら躱してみな」
「上等!」
お姉ちゃんが駆ける。風の刃の隙間を縫い、一瞬にしてお兄ちゃんの下に到達する。
しかし、お兄ちゃんはすでに何かしらの準備を終えたようだ。防御には回らず、刀をお姉ちゃんに向かって振り下ろす。
「そこだ!」
「そう来ると思ったぜ」
「えっ……」
お姉ちゃんならその攻撃を躱すことも可能だっただろう。しかし、ここまで来てようやく見せてくれた隙を見逃すまいとお姉ちゃんは攻撃に転じた。
しかし、その攻撃はあっけなく弾かれる。防具を着ているとはいえ、確実に入ったその一撃を弾いたのは、目に見えぬ結界の存在だった。
ここまでお兄ちゃんはすべて防御は刀で行っていた。だから、お姉ちゃんもそれ以外に防御手段があることを思いつかなかったのだろう。思いがけない防御手段にお姉ちゃんの体勢が崩れる。
そして、次の瞬間には刀が勢いよく振り下ろされていた。
「……さて、終わったな」
風圧によって周囲に土煙が舞う。それが晴れた時、立っていたのはただ一人。刀を肩に置き、倒れるお姉ちゃんを見据えるお兄ちゃんだった。
「し、勝者ラルド!」
数瞬後、歓声が上がる。あの難攻不落だったお姉ちゃんを破った。その事実は観客を沸かせるのに十分な理由だった。
「うー、負けたー……」
どうやらお姉ちゃんも急所は免れたらしい。と言うより、お兄ちゃんがあえて急所を外したと言った方がいいか。ちゃんと意識はあるらしい。
悔しげに呻くお姉ちゃんにお兄ちゃんが手を貸し、起き上がらせる。そして、ポンとその頭に手を置いて軽く撫でた。
「まっ、まだまだ妹には負けないってこった。残念だったな」
「むぅ、今度こそ勝てると思ったのに」
軽口を叩き合いながらお互いの健闘を称える。
Aランク冒険者同士の戦い。そして、兄妹対決と言う特殊な決勝戦は多くの観客の心に残ったことだろう。
その後、表彰式と閉会式が行われ、今年の闘技大会は無事に閉幕した。
いきなり非殺傷魔法を使えと言われて焦ったけど、何とか無事に終われてよかった。
でも、忙しくなるのはここからでもある。私は気を引き締めることにした。
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