第四百十六話:準決勝、サフィVSヒノモトの剣士
お兄ちゃん達の試合が終わり、続いてお姉ちゃん達の試合となった。
こっちの試合もこれはこれで気になる。特に、ヒノモトの剣士って言うのが何者なのか。
フィールドに上がった件の剣士は、なんというか、少し古風な格好をしていた。
まるで戦国時代を生きた侍のようで、武器が刀と言うところからも余計にそう感じる。藁でできた笠を被っており、その表情はわからないが、お姉ちゃんを前にしても微動だにしないことから強者の風格は見て取れた。
「これより、準決勝第二試合、サフィ対ヒノモトの剣士の試合を始める。両者、準備はいいか!」
審判の合図にヒノモトの剣士は腰に佩いた刀を抜く。
お姉ちゃんも愛用の双剣を抜き、いつでも仕掛けられるように剣士を見据えた。
さて、これまでの戦い通りならお姉ちゃんの神速の一撃によって相手は何もできないまま負けることになるけど、どうなるかな?
「それでは、始め!」
審判の合図と同時にお姉ちゃんの姿がぶれ、次の瞬間には剣士の背後に立っている。そして、そのまま剣を首元に突き付ける……はずだった。
「なっ!?」
剣士はあろうことか振り向かないまま刀を背中に回し、その攻撃を防いで見せた。
お姉ちゃんが剣士の下に辿り着くまで一秒もかかっていない。それを見てから回避するには相当な動体視力が必要だが、動体視力に優れるサクさんでも今のお姉ちゃんの攻撃を防ぐのは無理があるだろう。
それをいとも簡単に止めてみせた。この剣士、なかなかやるかもしれない。
「……うむ、速すぎるな。お主、本当に人間か?」
「当たり前でしょう。というか、加減してるとはいえまさか受け止められるとは思わなかったわ」
「はは、あれで加減しておるのか。Aランク冒険者と言うのは魔境揃いか?」
お姉ちゃんがあれで加減しているというのにも驚きだけど、剣士の余裕たっぷりな話し方にも驚くばかりだ。
今まで一方的に終わってきた試合。流石に決勝ではもう少し見ごたえのある試合ができると期待したいけど、その前にお姉ちゃんを止める者が現れた。
観客達もどよめいている。それほど、お姉ちゃんの一撃を止めるというのは凄いことなのだ。
「興味本位で参加したに過ぎないが、世界はまだまだ広いということか。これはさらなる修業が必要になりそうだの」
「それは褒めてるの?」
「もちろんだとも。お主のような若い女子がそれほどの技を身に着けておるのだ。最強の道は遠いものよ」
そう言って刀を振り上げ、お姉ちゃんの剣を押し返す。
追撃もできそうだったが、あえてそれをしなかったのは正々堂々戦おうという意志の表れだろうか。
お姉ちゃんもその思いを返すように一歩引き、再び振出しに戻る。
この戦い、どっちが勝つのか見物だな。
「さて、儂の剣技がどれほど通じるかわからんが、お相手願おうか?」
「ええ、そういうことなら喜んで」
仕切り直して再び試合が始まる。お姉ちゃんは先程よりもさらに速いスピードで斬りかかりに行ったが、その攻撃はやはり防がれてしまう。
どうやら、最初の一回はまぐれと言うわけではないらしい。あまりに華麗な捌き方に観客のボルテージも上がっていく。
お姉ちゃんは今度は防がれることを想定していたのか、そのまま懐に潜り込み、斬り上げるようにしてわき腹を狙う。が、これもあっけなく防がれてしまう。
見ている限り、どうも見てから反応しているというよりはお姉ちゃんの動きを予想してあらかじめそこに刀を置いておくことによって防いでるって感じがする。
もし完全に予測できているのならそれはもう神の領域だと思うけど、ルナさんと言う前例もいるし全くないというわけではないか。
ただ、あの剣士は転生者と言うわけではないようなので、自力でその領域に辿り着いたということでもある。それはかなり凄いことではないだろうか。
「むぅ、やはり速すぎるな」
ただ、防いでいるのは凄いと思うが、次第にその欠点が見えてくる。
そう、攻撃の隙が無いのだ。
お姉ちゃんの攻撃は基本的に一撃必殺ではあるけど、今は防がれることを前提として動いているため一撃一撃は軽いものになっている。ただ、そのスピードは尋常ではなく、仮に急所でなくても当たればバランスを崩し、次の一撃で致命傷を食らうのは必至だった。
だから、剣士はお姉ちゃんの攻撃を一撃も受けるわけにはいかず、防戦一方が続いている。
素早さに物を言わせた連続攻撃は攻撃後の隙を補い、剣士に攻撃させる暇を与えない。いくら攻撃を防げたとしても、攻撃できなければ意味はないのだ。
しばらく剣戟が続く。もはや芸術とも言えるような攻防ではあるが、剣士の方はおおよそお姉ちゃんの動きを掴んだようで、次第にその動きを変えていった。
それはすなわち、受けるのではなく受け流す。それによって衝撃を逃がし、さらに安定して受けられるようになっていった。
片や目にもとまらぬ速さで連続攻撃を叩き込むお姉ちゃん、片やすべての攻撃を往なし守り切る剣士。戦いは膠着状態が続いていった。
「待て」
そんな攻防が続くことしばし、剣士が待ったの声をかける。
本来、戦いの最中に待ったなんて言ったところで聞き入れられるはずもないが、ここは闘技大会の場。待ったというルールはないが、話したいことでもあるのかとお姉ちゃんは動きを止めた。
「ありがとう。これでようやく話せる」
「話せるって、何を?」
闘技大会の試合中に会話をするのはよく見られる光景だ。自分の力を誇示したり、相手を称えたり、あるいは貶したり、そこには色々なドラマがある。
もちろん、会話ばかりで試合が進まないのは問題ではあるが、試合の合間に挟まる少しの会話は試合を盛り上げるスパイスでもあった。
あれだけの攻撃を往なしながら待ったを言えただけでも凄いだろう。お姉ちゃんは訝しみながらも返答を待っていた。
「この勝負、降参する」
「……はい?」
私も何を言うのかと期待していたら、出てきたのはまさかの降参の言葉だった。
闘技大会のルールでは相手を戦闘不能にする、あるいは相手から参ったの言葉を引き出すことができれば勝利とされている。だから、これを通すとなるとそのままお姉ちゃんの勝ちと言うことになるのだが、あれだけいい勝負をしておきながらいきなり降参と言うのはちょっと納得できなかった。
「剣を交えていてわかった。儂ではお主には勝てんよ」
「え、でも、全部防がれてたけど……」
「防ぐので精一杯ということじゃ。お主が疲れて攻撃の手を緩めることも期待したが、その兆しもないしの」
確かに、あれだけ動いておきながらお姉ちゃんはまだ汗一つ流していない。
普通、高速戦闘と言うものは終始動き続ける関係で疲れるものだが、お姉ちゃんにはその法則は当てはまらないようだ。
特別体力が多いとかそういうわけではないと思うんだけど、一体どんな鍛え方をしたらそうなるんだろう。私にはよくわからない。
「と言うわけで降参じゃ。審判、聞いておるか?」
「え、あ、ああ……よろしいので?」
「うむ。十分楽しめたしの。儂は満足じゃよ」
「そういうことなら……勝者、サフィ!」
お姉ちゃんが答えに窮していると、剣士はさっさと審判に掛け合って降参を認めさせてしまった。
唐突な幕切れに観客もぽかんとしており、しばし静寂が訪れる。
何とも締まらない終わり方になってしまったが、これでお姉ちゃんが決勝に行くことが確定した。
予想通りお兄ちゃんVSお姉ちゃんになってしまったけど、果たしてどちらが勝つのだろうか。
もやもやとした気持ちを抱えつつ、決勝の試合に思いをはせた。
感想ありがとうございます。