第四百十五話:準決勝、ラルドVSサク
試合は概ね予想通りの展開で進んでいった。
お兄ちゃんとお姉ちゃんは安定感抜群の戦いで準決勝まで歩を進め、観客の間で行われている賭けも大体がお兄ちゃんとお姉ちゃんが勝つと期待しているようだ。
少し意外だったのは、サクさんがミーシャさんに勝ったことくらいだろうか。
ミーシャさんの戦闘スタイルはお姉ちゃんの戦い方をそのまま真似たような戦い方ではあるが、それはサクさんにとってはそこそこ戦いやすい部類だったらしい。
確かに、一昨年の闘技大会でも初戦でお姉ちゃん相手にある程度対応できていたし、相手に合わせて動きを変え、カウンターを狙っていくサクさんの戦い方とは相性が良かったのかもしれない。
そういうわけで、準決勝にはお兄ちゃんとお姉ちゃん、そしてサクさんと三人も知り合いが上がることになった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、頑張ってね」
「おう、任せろ」
「ハクもお仕事頑張ってね」
三日目、配置につく前にお兄ちゃん達に挨拶をしていく。
本当はサクさんにも会いに行きたかったが、どうやら道場の弟子達が応援に来ているようで、弟子達に囲まれていたので今回は遠慮しておいた。
アリシアも来ているようだし、詳細に関しては後でいくらでも聞けるだろう。
さて、今日の準決勝だが、サクさんVSお兄ちゃん、そしてお姉ちゃんVS謎の冒険者、と言うカードになった。
謎の冒険者と言うのがまさに謎だけど、どうやらエントリー時にも名前を明かしておらず、呼び名としてヒノモトの剣士を名乗っているようだが、詳細はわからない。
まあ、闘技大会では呼び名さえあれば偽名だろうが何だろうが出場できるのでそこは問題ないのだが、ヒノモトの剣士って言うのが少し気にかかる。
ヒノモトって日の本だよね? おおよそファンタジー世界には似合わなそうな名前だが、もしかして転生者かなにかなのだろうか。
しかし、【鑑定】してみてもそれらしい名前は出てこなかったので、少なくとも彼は転生者ではないとわかった。
ヒノモトって言う地名でもあるんだろうかね。後で調べてみようかな。
「それではこれより、サク対ラルドの試合を始める。両者、準備はいいか!」
そうこうしている間に試合の時間となり、私は非殺傷魔法を発動する。
サクさんとお兄ちゃんの戦い。正直興味がある。順当にいけば恐らく決勝はお姉ちゃんが上がってくるだろうし、そうなるとまともに見れる試合はこれが最後と言うことになる。お姉ちゃんの戦いは早すぎて見えないからね。
サクさんも元とはいえ高ランク冒険者。今までのお兄ちゃんの戦いを見る限り、いい勝負はしてくれると期待する。
「それでは、始め!」
審判の合図を皮切りにお兄ちゃんが動き出す。
長い刀を横なぎに振るうと、衝撃波のようなものが飛び出し、サクさんを襲う。
予選の時から思ってたけど、あれ魔法じゃないみたいなんだよね。
魔法で風の刃を飛ばすとかなら別に珍しいことでもないんだけど、お兄ちゃんの場合は詠唱どころか魔力すら感じられない。だから、あれは魔法ではなく、本当に衝撃波が発生しているようだ。
飛ぶ斬撃と聞くとかっこいいけど、まさかそれを魔法なしで再現する人がいるとは。ゲームとかでは割とありふれた技ではあるけど、実際にやろうと思うと相当凄いことだと思う。
飛ぶ斬撃に対してサクさんは身をかがめ、最小限の動きで弾いていく。速度もかなりのものだが、サクさんの動体視力はかなりのものだし、あれくらいでは追えなくなるということはないのだろう。
しかし、お兄ちゃんも防がれるのは予想していたようで、すぐさま距離を詰めて突きを放って行く。
「はっ!」
剣の腹で受け流し、逆にお兄ちゃんの手元を切りつけていくサクさん。その動きはまさに水の如く、相手に合わせて動きを変えるサクさんの流派そのものだった。
だが、お兄ちゃんもただではやられない。一瞬、斬りつけられたことによって刀を取り落としたかのように見えたが、すぐさまもう片手で刀の柄を掴み、足元に向かって振り抜いた。
「なかなかやるな」
「そちらこそ」
サクさんにとっては幸いなのか、向きが悪くそれは峰打ちとなったが、その衝撃まで殺せるわけではないのでサクさんは少しよろめく。その隙にお兄ちゃんは一歩引き、再び両手で刀を握り締めた。
そんな調子でしばし互角の勝負が繰り広げられる。お姉ちゃんのような規格外の速さを持っているというならともかく、ある程度の速さの相手ならサクさんはすぐに見切ってしまう。ただ、一撃一撃は軽く、なかなか決定打を叩き込むことができないと言った様子だ。
逆にお兄ちゃんは一撃一撃はかなり重いが、見事に受け流されてしまって決定打を与えられない。
場は膠着状態となっていた。
「さて、そろそろ本気出してもいいか」
しばらく剣の交わる音が響いた後、お兄ちゃんがそう呟いた。
瞬時に数歩離れ、改めて刀を握り直すと、何やらぶつぶつと唱え始める。すると、次の瞬間にはサクさんの背後へと移動していた。
「ッ!?」
「防ぐか。そう来なくちゃ」
再びお兄ちゃんが何かを呟くと、その姿が再び消え、今度はサクさんの前に現れる。
確かに、お兄ちゃんの動きは素早い。お姉ちゃんのような飛びぬけた速さと言うわけではないが、それでも瞬きのうちに相手との距離を詰めることくらいはできる。
しかし、これはもはやそういう次元ではない。高速移動とかではなく、瞬間移動の域。それが今のお兄ちゃんだった。
私はこの現象に心当たりがある。そう、転移魔法だ。
お兄ちゃんはミホさんと言う空間の大精霊と契約したことによって空間魔法の一部を使えるようになったと聞いた。だから、その中に転移魔法があったとしても不思議ではない。
しかし、転移魔法は基本的に魔力消費が激しく、さらに下手をすれば周囲の者を巻き込んでしまって融合してしまうという事故があるので安易に使うのは難しい。
ではなぜお兄ちゃんは使えているのか。それは恐らく、転移する距離が相当短いからだろう。
基本的に、転移魔法と言うのは長距離を移動するための手段だ。その際、体の形を保ったまま移動するとロスが大きいため、体を粒子化し、現地で再構成することによって移動を成している。
だが、こうして短距離を移動する程度なら体の形を保ったままでもロスはそこまで発生せず、だからこそ融合事故が起こる可能性も少ない。それに短距離ならそこまで魔力消費も大きくならないだろうし、こうして相手を攪乱するには有効な手段だと言えた。
多分ミホさんの教えだとは思うけど、よくそんなことを思いつくものだ。私の中で転移魔法は長距離移動用だと決めつけていたから、こういう使い道があるのは素直に感心できる。
ちらりと隣にいるミホさんを見ると、誇らしげにどや顔していた。
「あなたもサフィさんと同じ類ですか」
「少し違うな。俺は速いわけじゃない」
そう言ってサクさんの背後から刀を突きつける。サクさんもかなり反応していた方だったが、流石に短距離転移を繰り返す相手を目で追えるはずもなく、前半の善戦が嘘のようにあっさり決着はついた。
審判の勝利宣言がなされる。お兄ちゃんは刀をしまうと、サクさんと握手を交わした。
「流石、殲滅者の名は伊達ではありませんね」
「その名前はあんまり好きじゃないんだけどな」
サクさんの言葉にお兄ちゃんは困ったような顔をしながら頬を掻いていた。
殲滅者と言うのは初めて聞いたけど、お兄ちゃんの二つ名かなにかだろうか。お姉ちゃんも神速のサフィと呼ばれているわけだし。
お兄ちゃんの意外な名前に驚きつつ、二人の健闘を称えるのだった。
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