第四十三話:VSサフィ(後編)
何度か遠くから水球を飛ばしてみたが、悉く迎撃されてしまう。
追撃してこないところを見ると探知魔法を使っている様子はないんだけど、まさか勘だけで反応してるんだろうか。
あれだけの高速戦闘を主体としてるんだから、たとえ探知魔法が使えなくても周囲の気配には敏感なのかもしれない。
前世でたまに見ていた漫画では殺気だけで相手の場所を把握することが出来るみたいな能力はよく出ていたけれど、実際にやられると化け物じみてるなぁと思う。
それを可能にしてくれる探知魔法がどれだけ優秀かを思い知ると共にお姉ちゃんが熟練の冒険者なのだと改めて再認識した。
このままでは埒が明かない。結局攻撃を全て往なされてしまうなら遠距離で攻撃し続ける利点はあまりないな。
こうなったら……。
私は隠蔽魔法をかけつつ水の剣を生成する。
せっかく隠密してても新しく生成するものは見えてしまうからね。その辺は抜かりない。
さらにお姉ちゃんの背後に魔法陣を展開する。恐らく迎撃されるだろうけど、そうすればこちらに背を向けてくれる。
今のお姉ちゃんは完全に足を止めている。これなら剣術素人の私でも背後を取って斬ることはできる。
タイミングを図り、背後に展開した魔法陣から水球を飛ばすと同時に飛び出した。
狙い通り、お姉ちゃんは水球を迎撃し、後ろを向く。これなら、やれる!
「光よ、影を暴き、その正体を現したまえ」
お姉ちゃんからパッと強い光が発せられる。その瞬間、隠密魔法によって隠されていた私の身体が見る見るうちに露わになっていった。
これってまさか、看破魔法!?
走り出した勢いはもう止められない。お姉ちゃんは水球を切り飛ばした後瞬時にこちらの方を向くと、剣を振り上げた。
探知魔法は使えないと知って勝ったと思った。なのに、あろうことか特殊属性の光魔法を使ってくるなんて。
基本属性である火、水、土、風は複数所持することもままあるが、特殊属性を授かることは稀だ。
私は異例中の異例で特殊属性を含めてすべての属性を持っているが、特殊属性を持つこと自体数十年に一度あるかどうかの頻度。その一人がまさかお姉ちゃんだなんて誰が予想できようか。
私はとっさに身体強化魔法をかけて防御を試みる。しかし、お姉ちゃんはぽかんと口を開けて剣を振り下ろしてくることはなかった。
何かに驚いてる? なんにしても、これはチャンスだ。すぐさま跳び退って距離を取る。
しかし、切り札の隠密魔法を看破されてしまった以上、打てる手は少ない。無理矢理近接戦に持ち込んでもじり貧だし、かといって離れてもすぐに距離を詰められてしまうだろう。
やはりお姉ちゃんには勝てないのだろうか。有名な冒険者らしいお姉ちゃんに挑むには経験が足りな過ぎたのだろうか。
お姉ちゃんが迫ってくる。かぶりを振って不安を取り払い、水の剣で応対する。
相変わらずお姉ちゃんの動きは素早い。ともすれば見失いそうになってしまう。けれど、先程までと違いどこか違和感を感じた。
動きが単調になったというか、攻撃を受けやすい。防がれても少し鍔迫り合いをしては離れると言った感じで覇気がなく、あまり力も籠っていないような気がする。
一体何が?
『……ク。ハク、聞こえる?』
『えっ!? そ、その声はお姉ちゃん!?』
何度目かの鍔迫り合いの最中、唐突に頭に響いてきた声。それは紛れもなくお姉ちゃんの声だった。
驚いてお姉ちゃんの顔を見てみれば、ウインクして見せてくれた。
間違いない、これは【念話】だ。
『事情はまだ呑み込めないけど、ハクが呪いにかかっていることはわかったよ』
『そ、それって……』
『ええ。どこの誰がかけたかは知らないけど、ハクが大会に参加したのはそれが原因みたいだね』
ちらりと腕に刻まれた紋章を見やる。認識阻害の魔法がかけられ、他の人には見えないはずだが、どうしてお姉ちゃんは気づいたんだろうか……そうか、あの時の看破魔法か!
私が同じように看破魔法を使って認識阻害に気付いたように、お姉ちゃんも看破魔法でそれに気が付いたんだ。
看破魔法なんて限定的な場面以外ではほとんど使われない。お姉ちゃんが光魔法を使えることも驚いたけど、それによって私の呪いにも気づいてくれたことは幸運としか言いようがなかった。
これなら、喋れなくてもお姉ちゃんに事情が伝わるかもしれない。
『それで、どうして大会に? 誰に何を言われたの?』
『ご、ごめんなさい。言えないの……』
『なんで……ああ、そういう呪いなんだね? わかった、お姉ちゃんが助けてあげるからね』
適当に打ち合いながら念話を続ける。
偶然とはいえ、お姉ちゃんに状況が伝わったのは僥倖だ。だけど、これからどうしよう。
あいつらの事は呪いのせいで話せない。何を言われたのかも、そういう人物がいたことさえ。
呪いをかけられているということはわかっても、それをかけたのが誰なのか伝えることが出来ない。これでは協力を仰ぐこともできない。
でも、勝たせてくれるように言うことはできるかもしれない。そうすれば、決勝戦まで時間を稼げる。
『お姉ちゃん、負けてくれないかな』
『試合に? ハクが勝たないといけないの?』
『うん。お願い』
『わかった。じゃあ、次の鍔迫り合いの後に足を滑らせるから、そこで覆いかぶさって』
『ありがとう』
打ち合わせ通り、鍔迫り合いの後でお姉ちゃんに覆いかぶさり、首元に水の剣を突きつける。
「ああ、もう、降参降参。私の負けだよー」
わざとらしく大声を上げると、審判の決着の声が響き渡った。
優勝候補筆頭と言われていたお姉ちゃんの敗北に会場は大いに沸き立った。中には賭けでもしていたのだろうか、悔しそうに地団太を踏む人も見えた。
お姉ちゃんはウインクをして合図すると、フィールドを去っていく。
私もすぐさまフィールドを後にし、控室に急いだ。
「お疲れ様。ハク、強いね。お姉ちゃんびっくりしちゃった」
「お姉ちゃんこそ、あんなに速いとは思わなかったよ」
姉妹対決を終え、お互いに相手を褒める。だが、それはカムフラージュだ。
私の近くには常に見張りらしきあいつらの仲間がついている。お姉ちゃんもそれを察知しているのだろう。他愛ない会話をしながら【念話】を飛ばしてきてくれた。
『ハク、腕を見せて』
『うん』
会話の流れに合わせるように腕を見せる。お姉ちゃんは少し眉を吊り上げると、私の手を取ってしげしげと見つめてきた。
『……駄目、教会でちゃんと解いてもらわないと、私には解けない』
『そっか……』
『その様子だと、タイムリミットは大会が終わるまでって感じ?』
元々思い至ることがあったのだろうか、お姉ちゃんの予想は大方当たっている。
後はローブ姿の奴らの事を伝えられれば簡単なんだけど、それは話せない。
私が伝えられることと言ったら……。
『アリアを……』
『うん?』
『アリアを、助けて……お姉ちゃん……』
泣きそうになるのを必死にこらえ、演技を続ける。アリアはあいつらの事とは直接関係がない。だからこれくらいなら話すことが出来た。
【念話】越しに聞こえた私の涙声にお姉ちゃんは私の肩を掴んでぐっと親指を立ててこう言った。
『お姉ちゃんに任せなさい!』
その言葉で、私は救われたような気がした。私は一人じゃない、頼れる仲間がいるのだと。
お姉ちゃんはそれを言うと去っていった。
具体的にどうするのかはわからない。でも、お姉ちゃんなら本当に何とかしてくれそうで、心が少し軽くなった気がした。
誤字報告ありがとうございます。