第四百十三話:闘技大会で実践
その後、練習に時間を費やしていたらあっという間に闘技大会の日がやってきた。
私は調整も含めて前日から王様の下に向かい、実際に非殺傷状態になっていることを確認してもらい、そのまま城で一夜を明かしている。
王様としては不測の事態で私にいなくなられたらたまったものではないし、万が一闘技大会を台無しにしてやろうと画策している人がいて情報が洩れていたら私が狙われかねないしと言うことで大事を取って城で匿ってもらったわけだ。
まあ、それだったら始めから城で匿った方がよかったと思うけどね。私を一度帰した時点であまり意味はない心配だ。というか、城よりお姉ちゃん達がいる家の方がよっぽど戦力が揃っているし安心できると思う。
そこらへんは闘技大会が失敗するんじゃないかとびくびくしていたというのもあるだろうし、別に城で寝る分には特に不自由もないからいいけどね。
そんなわけで闘技大会当日。私は騎士数人と共に闘技場のフィールドへとやってきた。
すでに観客の入場は始まっており、観客席には多くの人々がいる。
私の持ち場はどうやらフィールドのすぐ近くのようで、ここでフィールド内に非殺傷魔法をかけ続ければいいとのことだった。
かなり近いけど、一応結界魔道具は張ってあるし、こちらに流れ弾が飛んでくることはない。それに仮に飛んできても騎士達がガードしてくれるらしい。
これは私だからと言うわけではなくて、元から不測の事態で魔道具が壊れるのを防ぐために非殺傷魔道具の傍にはガードとして数人配置していたそうだ。
今回は魔道具でなく私が魔法をかけるため肉盾みたいなことをさせてしまうが、まあ恐らく大丈夫だろう。いざとなればアリアが守ってくれると思うし。
「ハクさん、今日はよろしくお願いします」
「はい。なんとか闘技大会が終わるまで持たせますね」
「いやぁ、まさかハクさんが来てくれるなんて思いませんでした。あ、握手してくれませんか?」
「え? え、ええ、いいですよ」
リーダーと思われる人が気さくに握手を求めてくる。
私はサリア関連で騎士には割と嫌われていると思っていたけど、どうやらそういうわけでもないらしい。……いや、よく考えたらサリアの事を知っているのは城の中でも一部の人だけだったはずだし、敵対しているのはそれなりに地位のある人物。つまりは近衛騎士だ。この人達は普通の騎士だからそういう対立を知らないわけか。
やたら嬉しそうなのは私が有名人だからなんだろうけど、そう考えると騎士と一言で言っても一枚岩ではないんだなと思う。いや、事実を知っているからこその警戒だし、仲が悪いというわけでもないのかな。その辺はよくわからない。
「それにしても、大丈夫なんですか? 予選と本選で丸三日ありますが」
「大丈夫です。念のため魔石も持ってきましたし」
万が一、魔力が足りなくなった時の備えも万全だ。仮に魔石が尽きたとしても、その時はミホさんが引き継ぐことになっている。
ミホさんは今はここにはいないけど、お兄ちゃんと一緒に闘技場にはくるので、その時に合流する予定だ。
元々この魔法を作り上げてくれたのはミホさんだし、何ならミホさんの方が扱いはうまい。だから、私がぶっ倒れるようなことがあっても安心だ。
「無理そうならいつでも声をかけてください。陛下からもしもの時は闘技大会を中止すると言われています」
「ありがとうございます。そうならないように気を付けますね」
もし、ここで闘技大会が中止になるようなことがあったらブーイング必至だろうな。貴族を始め、平民にとっても闘技大会は楽しみな余興だし、余興が少ないこの世界では人々の心を満たす数少ないイベントである。それがいきなり中止となれば暴徒と化して襲い掛かってくる可能性も否定できない。
しかも、まさかその原因がメンテ不良による魔道具の故障なんて理由だと知れたらなおさらやばいだろう。というか、国としてはそんな理由で中止したとは言えないだろうから、理由は公表されないかもしれない。
うん、よく考えなくても大惨事だ。真面目に頑張ろう。
幸い、ここからなら試合の内容はよく見える。これなら応援はできなくとも観戦くらいは余裕でできるだろう。
特にお兄ちゃんの戦いは楽しみにしているので裏方で調整なんて風にならなくてよかった。
「そろそろ開会式ですね。それが終わったらすぐに試合が始まるので、準備しておいてください」
「はい」
騎士の言う通り、しばらくして選手達が入場し、開会式が始まった。
開会の宣言がなされ、そのままの流れで予選が始まる。
さて、ここからだ。私は三重魔法陣を思い浮かべ、フィールド全体に及ぶように非殺傷空間を作り上げていく。
この魔法、使い方を考えれば相手にだけ非殺傷設定を押し付けてこちらは攻撃しまくるという手段も取れそうだよね。一対一の状況なら三重魔法陣を即座に思い浮かべられるか微妙なところだけど、チームとして戦っている状況なら割と有用かもしれない。
まあ、その場合指定する空間を相手の身体に限定する必要があるから多分三重魔法陣じゃ足りなくなる。上級魔法の部類なので、むしろ範囲を狭めるのは手間がかかるのだ。
相手がいる空間、と言うならまだましだけど、相手が動いてしまえば意味はなくなるし、こちらが近接攻撃を仕掛けようとすれば自分も非殺傷設定を受けることになるので少し使いづらい。
というか、そんなデバフをかけなければならない相手なんてそうそういないだろう。使えるかもしれないけど、結局使わないで終わりそうだな。
「第一試合。リリー対シュバルツの試合を始める! 両者準備はいいか!」
そんなことを考えていたら、早速第一試合が始まった。
まさかの最初からリリーさんの登場だ。応援したいところだけど、流石にこの魔法は失敗できないので集中している必要がある。せめて心の中でだけでも応援しておくとしよう。
リリーさんの装備は以前と若干変わっている。剣は以前シンシアさんに作ってもらった特注のミスリルソードだが、防具に関しても魔物の素材を用いた軽鎧を着ているようだ。
【鑑定】で調べてみたけど、どうやらBランクの魔物の素材を使っているらしい。最初に会った時から強いと思っていたけど、どうやら順調にレベルアップを続けているようだ。
対して、シュバルツと言う相手の男性は戦士風の冒険者っぽい。王道と言えば王道の装備だ。
同じ剣士同士の戦い。さて、どっちが勝つかな?
「それでは、始め!」
合図と同時に両者駆け出し、素早い剣戟が交えられる。
リリーさんの戦闘スタイルは少しお姉ちゃんと似ている。素早い動きで相手を翻弄し、隙をついていくって感じだ。
ただ、相手も王道らしく騎士の剣術を嗜んでいるらしく、守りが硬い。素早く振るわれるリリーさんの細剣を的確に往なし、カウンターを決めていく。
シュバルツ、と言う冒険者に心当たりはなかったが、Bランクのリリーさんと張り合えるとなるとなかなかやるようだ。
しばらく息もつかせぬ接戦となり、これは初っ端から長い試合になるかと思われたその時、リリーさんが一瞬の隙をついて相手に足払いをかけた。
シュバルツさんはそのまま転倒。起き上がろうとしたときにはリリーさんの剣先が喉元に突き付けられているという状況だった。
うんうん、順当にリリーさんの勝ちだね。前回は初戦敗退でだいぶ落ち込んでいたようだし、これで自信を取り戻してくれるといいな。
最初からいい試合ではあったが、これは予選。まだまだ次の選手はいる。
まだ魔力に余裕はあるけど、万が一にも切れないように気を付けなければ。私は気合を入れ直すために頬を叩いた。
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