第四百十一話:鍛錬の場所
家に帰ると、お兄ちゃんとお姉ちゃんが迎えてくれた。
闘技大会が三日後に迫っているということもあって、依頼は受けずに家で鍛錬をして過ごしているらしい。
庭もあるので、基本的な型や素振りなんかの練習には事欠かないが、お姉ちゃん達にとっては少し手狭なようで、どこかにいい訓練場はないものかと嘆いていた。
そんなに言うならギルドの訓練場にでも行けばいいと思うのだが、一応、闘技大会では冒険者が多く出てくるため、技を見られないためにもそういう人が大勢くる場所での鍛錬はあまりしない方がいいらしい。
お兄ちゃんはともかく、お姉ちゃんはすでにばれてると思うんだけど、そこのところはどうなんだろうか。
「それなら、私がいい場所に連れて行ってあげるよ」
「いい場所?」
「うん。すぐ着くから」
まあ、お姉ちゃんの技云々は置いておいて、そういうことならいい場所がある。
と言っても、私が転移魔法の訓練によく行っている森なのだが、あそこなら何度も行っているし、ある程度木を切り開けば場所もできるだろう。
転移魔法なしなら割と時間がかかる場所ではあるが、今なら私が【竜化】して運んであげれば数分で着く距離だし何の問題もないね。
「そういうことならお願いしようかな。森なら障害物も多いし、駆け抜ける練習になりそう」
「だがいいのか? あんまり竜になるのは乗り気じゃなかったみたいだが」
「まあ、慣れなきゃいけないことだし、お兄ちゃんとお姉ちゃんのためなら喜んで」
いやまあ、別に私が竜になる必要はないんだけど、せっかく竜になれるようになったのだから慣れておいた方がいいだろう。
空の動きに関しては本能的にだいたいわかっているけど、戦闘もあまりしたわけでもないし、日常的に竜の姿になっていた方が力の使い方もわかると言うものだ。
もちろん、人として生活している以上あんまり慣れすぎるのもよくないけどね。
まあ、いざとなればエルにバトンタッチすればいいし、大丈夫だろう。
「なら早速行こうか。準備してくるね」
「ハク、ありがとな」
「いえいえー」
しばらくして準備が整い、庭に出て早速竜の姿となる。
もちろん、服は脱いでおいたよ。また破いたらもったいないからね。
私の裸にお兄ちゃんが若干もじもじしていたけど、まさか妹に欲情していたわけではあるまい。きっと。
さて、本来なら町から出て人気のないところまで行ってから【竜化】するところだが、この庭は通りから反対側にあるし、周囲には塀もあるので見られる心配はない。飛べば流石に目に入るだろうが、その辺りのフォローも考えてあるので大丈夫。
そういうわけで、乗りやすいように伏せると、エルが二人を背中に乗せていった。
「相変わらず綺麗な鱗ね。エルさんとはまた違う感じ」
「まあ、ハクはどんな姿になっても可愛いが」
お姉ちゃんがさっと背中を撫でてくる。
竜形態での私の鱗はかなりごつごつしているが、光の反射の影響か常にキラキラ輝いている。逆に、翼膜は光を吸収しているようで、その辺は結構暗い。なので、明暗がはっきりしているのだ。
エルは逆なんだけどね。竜によってその辺の状態は違うらしい。
『みんな乗った?』
「乗ったよ」
『それじゃあ、アリア。お願いね』
「任せて」
【念話】で確認を取った後、翼を広げて空へと飛び立つ。
飛び立つ瞬間、アリアが私の身体に隠密魔法をかける。
そう、飛んでいる姿を見られてしまうのなら隠してしまえばいい。単純なことではあるが、竜はその辺の認識が結構甘いようだ。
というか、竜は最強種だけあって外敵がほとんどいない。だから、わざわざ隠れる意味もなく、逆に威圧してやるくらいがちょうどいいのだ。それに闇竜か光竜くらいしか隠密魔法は使えないしね。
いや、空間魔法を使えばワンチャン? ……それはそれで面倒か。少なくとも、わざわざ魔力を消費してまで隠れる意味は竜にはないというわけだ。
『ちゃんと消えてる?』
「うん、ばっちり。低空飛行しても多分気づかれないよ」
アリアの隠密魔法はかなりのレベルだ。というか、妖精は基本的に隠密魔法が使えないと生きていけないため扱いがうまいのは当然と言える。
妖精の身であれば竜の身体をすっぽり隠すようなことは難しかったかもしれないが、精霊となった今なら私くらいの大きさなら問題ないのだとか。
元から頼もしいけど、より頼もしくなったものだ。
「空を飛ぶのってやっぱり気持ちがいいね」
「そうだな。こういうのは中々味わえない感覚だ」
今回はそこまでのスピードは出していないけど、一応風魔法で風の膜を張って暴風を防いでいる。
ホムラの背中に乗った時に感じたけど、やっぱりこれがあるのとないのとじゃ全然乗り心地が違う。
二人にはこれからも乗って欲しいからね。乗り心地には気を付けているよ。
『見えてきたよ』
「お、もうか。早いな」
しばらくして眼下に森が目に入り、ゆっくりと降下していく。
何度も訪れている森なので、最低限私やエルが着陸する場所は確保してあるため、それを目印に着地した。
見渡す限りの森。ここでは主にE~Cランクの魔物が生息しており、たまに狩ることがある。と言っても、竜の姿だとどうしても魔力による威圧が発動してしまうので大体の魔物は逃げてしまって相手にすることはほとんどないのだが。
まあ、今回は鍛錬の予定だし、その点はむしろありがたいだろう。その気になれば、【竜化】を解いて誘ってやれば来ることもあるし。
「この森まで数分でつけるなんて、やっぱり竜は速いわね」
「まあ、このくらいはね」
みんなを降ろして【竜化】を解き、服を着る。
別に【竜化】したままでもよかったけど、どうせ私は暇になるし、この隙に非殺傷魔道具の解析をしようと思ったのだ。
空間の魔石を使った魔道具なんて普通に興味あるし、何ならこの魔道具が作られたという国まで行ってみたい気持ちもある。
ルナルガ大陸って言うとトラム大陸のさらに隣の大陸だけど、一体どんな国なのやら。
「二人とも、ここで大丈夫?」
「ええ、問題ないわ」
「ああ。大丈夫だ」
「それじゃあ、私はここにいるから。エル、二人の鍛錬に付き合ってあげて」
「承知しました」
お姉ちゃん達の相手をエルに任せ、私はさっそく例の魔道具を取り出す。
大の大人が二人がかりで運ぶような代物だけあって、私一人では持つことはできなさそうだ。いや、竜の力を使えば持てるかもしれないけど、そこまでやる必要はないかな。
さて、どうやって解析したものか。とりあえず【鑑定】かな。
「む、【鑑定妨害】がかけられてる」
【鑑定】をしても名称や製作者の名前は伏せられていた。
まあ、どう考えても空間の魔石なんて機密情報だし、妨害をかけるのは当たり前と言えば当たり前か。
でも、私には【鑑定妨害】を看破する魔法がある。その秘密暴かせてもらおう。
と言うわけで、早速使って、伏字になっているところを明らかにした。
「え、これって……」
改めて表示された名前を見て、思わず眉を顰める。なぜなら、その製作者の名前は明らかに異常だったから。
製作者の名前は「ミオ・フユノ(冬野澪)」と表示されていた。
これ、どう考えても転生者じゃん。
感想、誤字報告ありがとうございます。