第四百十話:複雑な気持ち
私としては、彼らが反省し、もう竜人に手は出しませんと約束してくれるのを待っているわけだが、この状況は結構危険でもある。
一応、ミラさんの反射の能力に関してはミホさんが封じているので怖くはないが、他二人の能力は未だに健在だ。
プラーガさんは時間操作によって相手に気付かれないうちに屋敷を脱出することも可能だし、アーネさんも種を相手に植え付けることによってその人物をある程度操ることができるためやはり簡単に脱出されてしまう。
未だにそうしていないのは、プラーガさんが乗り気でないことと、待遇がそれなりにいいからだ。
だから、安全を考えるならさっさと隷属の首輪をはめて能力を使えなくしておく必要がある。
口では色々言えるが、やはり私は甘いんだろう。少なくとも、理性が壊れるほどの出来事がなければよほどの状況でない限り殺しはしたくない。相手が転生者ならなおさらだ。
しかし、このままではまずいのも事実。さて、どうしたものか。
「ふ、ふざけるな! 僕達は何も悪いことはしていない! なのに、一生閉じ込めるなんて横暴だ!」
「何も悪いことをしていないと本気で思っているなら思い上がりもいいところです。今まで何人の竜人を殺してきましたか? それに関連して、どれだけの人達を巻き込んできましたか?」
「それはあいつらが悪いんだ! 僕達は正義だ!」
「本当はわかっているんでしょう? 聖教勇者連盟の教えが間違っていると」
聖教勇者連盟の教えと言う洗脳にも近い価値観の植え付け。以前の彼らなら私の言葉など歯牙にもかけず自分の正当性を主張しただろうが、今はそれがない。
洗脳と言うのは大抵の場合、命の危機に瀕するような衝撃的なことがあれば揺らぐものだ。そして、彼らは皆あの時に命の危機に陥っている。
だから、少なからず疑問に思っているはずなのだ。聖教勇者連盟の教えが本当に真実かどうか。
しかし、それを嘘だと認めてしまったら、今までの自分を否定することになる。聖教勇者連盟の使命と言う免罪符がいきなり取り上げられるかもしれないのだ、彼らとしてはそれを手放したくないと思う。だから、疑問に思っていても認めようとしない。
「……やっぱり、竜人が悪というのは間違ってるの?」
「プラーガ、騙されちゃだめだ! ああやって僕達を裏切らせるのが狙いなんだ!」
騒動に消極的だったプラーガさんはそれでも認めようとしてくれているようだ。しかし、男子二人はまだ納得がいかないらしい。
マルスさんのように、自分が間違っていたと気づき、死をもって償いをしようとするような気概は彼らにはない。言うなれば、聞き分けの悪い子供のようなものだ。
「今すぐ信じろとは言いませんよ。ただ、一つ言っておくとするならば、あなた達聖教勇者連盟のやっていることは世界を破滅に向かわせることだということは伝えておきましょう」
竜の仕事は竜脈を整備し、世界のバランスを保つこと。竜人はこれらのことに関わってはいないが、誰だって自分の子供を殺すような連中を助けたいだなんて思わないだろう。
竜がその気になれば、一部の地域だけを魔物で溢れさせたり、大地を枯れ果てさせることだって可能だし、なんなら直接滅ぼすことだってできる。
聖教勇者連盟が今まで許されていたのはお父さんが不在だったからであって、復活した今、いつまでも好き勝手やっていたら滅ぼされても文句は言えない。
聖教勇者連盟が滅ぼされるだけならまだいいが、彼らが広めた間違った常識が蔓延してしまえば、その粛清対象はどんどん増えていく。そうなれば、下手をすれば世界から人族がいなくなってしまう。
流石にそこまで大規模に滅ぼすようなことはしないとは思うが、このまま竜人を殺し続ければ衝動的に滅ぼされる国も出てくるというのは問題だ。
だから、聖教勇者連盟の掲げる竜は悪という思想は世界の破滅をもたらす思想と言っても過言ではない。
「とりあえず、命が惜しいのなら暴れたりせず、大人しく過ごしていることです。もしまた暴れるようなことがあれば……わかりますよね?」
私の宣言にアーネさんはぶるりと体を震わせた。
さて、これだけ釘を刺しておけばしばらくは大丈夫だろう。一応、心配だから出られないように結界を張っておくのがいいかもしれない。
「では、私はこれで。後はお願いします」
「はっ。ありがとうございます」
騎士に後を任せ、その場を後にする。
もし、万が一忠告を無視して脱走しようものなら結界で阻むし、それを突破したとしてもその時点で私にその事実が伝わるから対処は可能だ。
まあ、今は色々用事があるから出られない時はあるかもしれないが、その時はお姉ちゃんやお兄ちゃんにでも頼むとしよう。実際、二人は彼らに勝っているわけだし問題はないはずだ。
「……ハクお嬢様、わざわざ彼らを生かしておく必要はあるんですか?」
途中、エルが少し言いづらそうにしながらそう聞いてきた。
確かに、今のところ彼らを生かしておくメリットはない。すでに彼らは聖教勇者連盟からは死んだことになっているし、ここで殺したとしてもその事実が伝わることはないから恨まれることもないだろう。
彼らを生かしている理由の九割は彼らが転生者だからだ。聖教勇者連盟について聞けるのではないかとか、そもそも倫理的に殺しはダメだとかそういう理由もあるけど、ほとんどの理由は私が同郷の者を殺したくないという理由に集約される。
「一応、同郷の人だし、殺したくはないかな。それに、まだ更生の余地はあるし」
「そうですか……」
「まあ、ほとんど私の我儘なんだけどね」
そもそも聖教勇者連盟にばれる云々を気にするならカエデさん達にも監視を付けておくべきなのだ。
カエデさん達がいるのはここから遠く離れた隣の大陸。いくら裏切ったとは言っても、それが本当に真実かは判断できないし、真実だとしてもその内心変わりする可能性だってある。
万全を期すなら監視を付けるなりなんなりして対策しておくことが重要だ。それをしていないのは、私が単に甘いってだけ。カエデさんやマルスさんの言葉に嘘がないと思ったから、それを信じただけの話だ。
カエデさん達を信じているのも、アーネさん達が更生するのを願っているのも全部私の我儘。失敗すればどれだけの人に迷惑をかけるかわかっていても、こればっかりは止められない。
時々自分でも思う。私はそんなお人好しだったのかと。確かに、前世では後輩の失敗を被って仕事をなくしたが、大きなものはそれくらいだ。人並みに怒りもするし、聖人君子のような立派な人だったということもない。
それがなぜ、こうもリスクを負いながらも躊躇しているのかよくわからない。
この気持ちは、一体どこからくるものなんだろう。
「でしたら、私はその願いを叶えるために奔走しましょう。何かあれば、いつでもお申し付けください」
「エル……ありがとう」
いつの日か、取り返しのつかないことが起こるかもしれない。でも、その時に後悔しないようにせめて今できることをやっていこう。
私は竜で、世界のバランスを保つ者である。ならば、転生者がそれを乱すならば何度だって止めてみせればいいのだ。
竜にとって人族は守るべきものである。なら、私個人のこの気持ちは何も間違ったことと言うわけではない。
そんな風に自分に言い聞かせながら、帰路へとついた。
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