第四百九話:聖教勇者連盟の生き残り
中央部は貴族が多く住む区画なだけあって治安は結構いい。常に警備が巡回していて、ここで暴行だの窃盗だのをしようものならものの数分で逮捕されてしまうだろう。
まあ、逆に言えば外縁部は中央部ほど治安はよくないと言っているようなものだが、こちらは中央部とは違って冒険者ギルドがあるためこっちはこっちで治安は保たれている。
もちろん、冒険者は警備の仕事を請け負ってでもいない限りはあえて介入する義務はないため完全に自主性に任せているが、この国では悪人の逮捕に協力した者には少なからず報奨金が出るためある程度は積極的に協力してくれる。
だから、他の地方都市とかと比べれば全体的に見てもかなり治安はいい方なのだ。
だが、そんな治安がいいはずの中央部のとある一角で騒がしい声が聞こえてきた。そう、例の聖教勇者連盟の残党を軟禁している屋敷だ。
「いいのかな? そんな態度を取って。僕達は聖教勇者連盟の一員なんだよ? こんなところに閉じ込めておいてただで済むと思ってるの?」
「まったくだ。僕達は竜人を始末するという崇高な目的を果たそうと活動していただけだ。それが目が覚めたらこんなことになってて、僕には君達の考えがよくわからないよ」
その屋敷は結構豪華で、捕虜を軟禁しているにしては相当優遇しているのが見て取れる。王様の話だと、常に数人のメイドを付けており、欲しいものがあればできる限り与えているようだった。
まあ、要はこっちで全部何とかするから大人しくしていろと言うことだ。
しかし、現状は屋敷の入口で押しとどめる兵士達に向かって言いたい放題言っている。
やはり、あの程度では反省することはないらしい。傷を治したのは失敗だったかもね。
「や、止めようよ二人とも。私達は一応命を救われた身だし……」
「何言ってるのプラーガ。薄汚い竜人どもなら話は聞かないだろうけど、相手は人間だよ? 恐らく、僕らが庇護している国の一つだ。それなのにこんな扱いを受けるのはどう考えてもおかしいだろう?」
「そりゃあ、人間だから殺すのはほんとはダメだろうけど、守ってやってるのにこうして反抗してくるなんてもう守る意味ないよね? 殺されても文句言えないと思うんだけど」
唯一、女性であるプラーガさんは二人を宥めようとしている。だが、二人は聞く耳を持たないようだ。
まあ、確かに彼らの扱いは一応捕虜ではあるけど、別に戦争していたわけではない。言うなれば、部族同士の抗争のようなものだ。そして、勝った部族は捕虜の扱いを第三者である私達に任せ、戦いの場から離れている。
だから、この捕虜を使って賠償金を要求することもできないし、捕虜を殺してすっきりすることもできないという目の上のたん瘤のような存在なのだ。
いや、彼らを連れ帰ったのは竜の乱入により勇者を含めた全員が全滅したという話を信じさせるためなので、別に殺してしまったところで何の問題もない。ただ、やはり転生者と言う同郷の存在と言うこともあって私には手を下すことはできなかった。
だから王様に預けたわけだけど、このままだとこの国すら脅かしかねない存在になってしまう。持ってきたのは私なのだから、私が何とかしなくてはならない。
「ちょっとよろしいですか?」
いくら騎士が訓練を重ねているとはいっても、流石に攻撃全部を反射したり、植物を自在に操ったりするような連中に勝つのは難しい。このままだと本当に手を出しかねないので早めに声をかけることにした。
騎士達を含め、全員の視線がこちらへと向く。すると、彼ら、特にアーネさんは私の顔を見るなり顔を青ざめさせていた。
これは、足を切り落としたことがまだトラウマなのかな? なら、少しは話がしやすいかもしれない。
「君は? ここは関係者以外立ち入り禁止の場所だ。早く家に帰るといい」
「それなら問題ありません。私はハク、王様から許可はいただいています」
「!? それは失礼しました。ご協力感謝します」
隊長と思われる騎士は私の言葉にすぐさま道を開けてくれた。
どうやら、私のことは聞き及んでいるらしい。まあ、聞き及んでいると言っても多分闘技大会で活躍した実力者と言う風にだろうけど。流石に竜のことについて知っているとは思えないし。
ともあれ、任せてくれるのならありがたい。私は騎士達が空けてくれた道を通ってアーネさん達の目の前までやってくる。
「な、なぜ君がここに?」
「そりゃあ、私がここに連れてきたんですから、いるのは当たり前でしょう?」
若干びくつきながら話しかけてくるアーネさん。他の二人も私の存在に驚いているのか目を丸くしている。
「王様からあなた達があまりにも好き勝手なことを言うから困っていると言われてしまいました。あなた達は立場と言うものをわかっていないんですか?」
「た、立場も何も、僕達は聖教勇者連盟の一員だぞ! 庇護される国が僕達にこんなことしていいわけ……」
「どうやらわかっていないみたいですね」
私はわざとらしくはぁと溜息をつく。
この様子だと、どうしてここに閉じ込められているのかすらわかっていなさそうだ。まあ、あの場で眠らせてそのままこの大陸まで運んできたわけだから、彼らからしたら目が覚めたら全然知らない場所にいたって感じだろうし、説明をしていないなら当然かもしれないけど。
庇護される国とか言ってたし、多分まだトラム大陸から出ていないと思っているのかもしれないね。一応、オルフェス王国も聖教勇者連盟に守ってもらっている国ではあるけど、それをわかって言っているとは思えない。
「いいですか? あなた達はもはや死んだも同然の身です。それを情けによって生きながらえさせているのですよ? それなのに反省しないどころか好き勝手言って、本当に死にたいんですか?」
「あ、あの時はちょっと油断しただけだ! 油断さえしなければ……」
「では、また切り裂いてあげましょうか?」
私はそう言って足元に水の刃を放つ。
軽く、ほんの少し力を込めただけの一撃だったが、それは地面を抉り、深い溝を作り上げている。
アーネさんはそれを見て息を飲んだ。顔も真っ青で、多分あれが当たった時のことを想像しているのだろう。
実際、今のを当てれば防御していない限り確実に手足を吹き飛ばす自信がある。精霊の加護、アリアの加護、竜の力、それらが合わさった今の私は本当に簡単に人を殺めることができてしまう。
もちろん、そうならないように加減は十全にしているが、あまり怒らせるようなことを言われたらどうなるかわからない。
「あなた達は竜によって殺された。だから、あなた達は聖教勇者連盟の一員としてでなく、ただの一人の人間として新たな人生を歩むのです。とは言っても、今のままでは一生この屋敷からは出られないでしょうが」
例の鳥獣人の件は、竜人の殲滅には成功したが、竜によって大打撃を受け勇者を含む全員が死亡したという筋書きにしている。しかし、ここで彼らを解放して聖教勇者連盟に生きて帰られてしまうと辻褄が合わなくなり、怪しまれてしまう可能性がある。
そうなればせっかく逃げ切った鳥獣人達が再び狙われる可能性もあるし、カエデさん達の裏切りもばれる可能性がある。だから、外に出すわけにはいかないのだ。
彼らがこの屋敷から出るには、隷属の首輪をつけて奴隷化するか、しっかり反省して信用を勝ち取り出ていくかの二択しかない。だが、根底に聖教勇者連盟の事がある限り後者の選択肢はない。
本当は奴隷化なんてしたくないけど、これが長く続くようなら仕方ないかもね。どっちにしろ、聖教勇者連盟の奴隷みたいなものだし、それから解放してあげるという意味ではありかもしれない。
そんなことを考えながら、表情のない目でアーネさんをねめつけていた。
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