第四百六話:今年の闘技大会
その後、竜の谷に戻ってお父さんに協力を取り付け、シャイセ大陸にてユルグさんの捜索の準備を進めた。後ついでにユルグさんの現在の状況も調べるように頼んでおいた。
ユルグさんは名前では聞いたことがあるけれど、実際に会ったことはない。なので、どんな人物なのかはわからない。
アリシアの話では、20歳くらいの青年で、緑髪の背の高い人物らしい。もの凄い怪力の持ち主で、見た限りだと暴走した馬を素手で止めるくらいには強いらしい。
怪力に関しては転生者としての能力なんだろうけど、見た目の情報が結構少ないなぁ。
種族は人間らしいけど、この世界では緑髪なんてそう珍しい髪色でもないし、高身長と言われても大体の男性は身長が高いので転生者視点で背が高いと言っても当てにならない。普通に探そうとしたらそれこそ何か月とかかるだろう。
一応、服装からして冒険者っぽかったそうだが、聖教勇者連盟に入ったなら装備も変わっている可能性があるからなぁ。
まあ、だからこそ調べてもらうんだけどね。
幸い、ユルグと言う名前は偽名ではなさそうだし、それと緑髪と言う特徴が合されば精霊の力を駆使すればすぐにわかるだろう。精霊は竜のように転移魔法を使うことはあまりないけれど、そこら中に存在する。そして、精霊は噂話が大好きなので、噂が噂を呼び、あっという間に広まっていくのだ。
流石に、大陸を挟んでとなると一日や二日で届くことはないが、それでもしばらく時間を置けば目的の情報を持ってきてくれるはずである。
なので、とりあえずしばらくの間は待機だ。私が調べに行ってもいいけど、現地の竜や精霊にはどうあがいても勝てないし、私はユルグさんに直接会って交渉するという仕事がある。
流石に、初っ端からユーリさんと一緒に行くようなことはしないよ。まだユルグさんの探し人がユーリさんだと確定したわけではないし、仮にそうだとしてもユルグさんの性格によってはユーリさんを排除しに動く可能性もある。だから、会わせるにしてもこちらに有利な状況で会わせたいところ。そのための交渉役と言うわけだ。
まあ、初対面であるアリシアを見返りも求めずに助けたあたり、普通に話が通じる相手ではあると思うんだけど、それはアリシアが前世の恋人に似ていたからか。聖教勇者連盟に洗脳されていなければいいんだけど。
『ねぇ、そう言えば今年は闘技大会には出ないの?』
『ああ、そう言えばもうそんな時期だっけ』
連絡を済ませ、王都に戻ってきた後、適当に町をぶらついていたら、不意にアリアにそんなことを聞かれた。
年に一度行われる闘技大会。私はなんだかんだで一昨年も去年も参加しており、それぞれ準優勝と優勝という成績を残している。
まあ、どちらも必要に駆られての事だったのでそこまで闘技大会に興味があるわけではないのだが、その成績故に王都の人のみならずいろんな国の人々から注目されてしまい、少し面倒になったことを覚えている。
と言うか、今でも結構声をかけられることが多い。もはや、王都で私の名を知らない人はいないというくらいには有名になってしまっているのだ。
他国からの引き抜き云々に関しては国や学園が対応してくれているので問題はないが、もしまた出場して優勝でもしようものならまた同じことが起こりかねない。
なので、よっぽどの理由がない限りは今年は出場する気などなかった。
『まあ、今更金貨1000枚貰ったところで今のハクならはした金って言えるもんね』
『いや、はした金とは思わないけど、でも確かに今はお金には困ってないね』
お金に関してはホムラが見つけてくれたダンジョンのおかげで有り余るほどにある。いや、正確にはそれだけの価値がある素材を持っているということではあるが、ギルドに持ち込めばすぐにでも換金できるので値崩れしない程度に売り払っている。
すでに以前の皇帝からの依頼の報酬である白金貨10枚が霞んで見えるくらいには稼いでいるので、優勝賞金である金貨1000枚は確かにそこまで魅力的には映らない。
それに、私としてはただ平穏に暮らせればいいだけなので、優勝することによる名声も邪魔なだけだ。
『じゃあ、見には行くの?』
『行くよ。なんかお兄ちゃんが参加するみたいだし』
お兄ちゃんが参加すると聞いた時は驚いたものだ。確かに、お兄ちゃんは長く鳥獣人達の集落を守っていた関係でお金はほとんど持っていなかったが、それに関しては冒険者として依頼を受けて稼ぐと言っていたし、優勝すれば手っ取り早く稼げるとはいえ参加するとは思わなかったのだ。
理由としては、自分の腕が鈍っていないかの確認と、この一年でどれだけ冒険者の質が変わったかを見たい、とのこと。
確かに、お兄ちゃんは元々この大陸を拠点にして活動していた冒険者だし、これでもAランク冒険者だから自分が抜けたことによってどれだけパワーバランスに変化があったかを見たいというのは何となくわかる。腕が鈍っていないかに関しては……Aランクの魔物が犇めくような山奥にいたんだから問題ない気がするけど、確かに対人という意味では久しぶりだしあり、なのかな?
さらに、お兄ちゃんが参加するからか、今年はお姉ちゃんも参加するらしい。Aランク冒険者が二人、これだけでも相当やばいと思うのだが、今年の闘技大会はどうなってしまうのだろうか。
その他で参加する知り合いに関しては、未だ王都に留まっているリリーさん、そしてサクさんがエントリーするらしい。
リリーさんに関しては前回はルナさんに瞬殺されていたし、リベンジの意味もあるのだろう。サクさんに関してはよくわからないが、道場の宣伝でもするのだろうか。
そういうわけで、知り合いの応援もかねて今年は観客として見に行こうと思っている。
『誰が優勝すると思う?』
『順当にいけばお兄ちゃんかお姉ちゃんじゃないかなと思うよ』
過去の闘技大会の様子を見る限り、参加しているのは冒険者がほとんどだ。そして、冒険者の中でもAランクは規格外と言ってもいい連中である。
だから、仮にBランクの冒険者が当たったとしてもかなりの確率でAランク冒険者の方が勝つ。
まあ、これに関してはそもそもAランク冒険者は闘技大会に参加するほど暇じゃないというのがあるので大体の場合は上位はいてもBランク冒険者になるのだが、お兄ちゃんとお姉ちゃんは少し特殊で、私のために色々動いていた関係でAランク冒険者の中でも割と自由が利く方だ。
だからこんな真似ができるんだけど、あんまり暴れすぎたらアグニスさんのように出禁を食らう羽目になるのでどのみちそう遠くないうちに消えそうではある。
というか、私が出禁を食らっていないのが不思議だ。あれだけの事をやらかしておいて何のお咎めもなしって言うのはいいんだろうか? いくら私が竜だとは言え、あの王様なら普通に意見してきそうな気がするけど。
『ラルドってそんなに強いの? 正直、サフィの速度について行けなそうなんだけど』
『うーん、実は私もよく知らないんだよね』
お兄ちゃんがAランク冒険者だということは知っているが、その実力がいかほどかまでは実はよく知らない。まあ、戦っているところを見たことないから当たり前なんだけど。
一応、武器は刀を持っているから近接型なんだろうけど、正直あんな長い刀を使っていたらお姉ちゃんの速度に対応できないと思う。
でも、お兄ちゃんには契約精霊であるミホさんがいるし、その力を使えばワンチャンあるのかな? 闘技大会は一対一が基本ではあるけど、精霊の姿は見えないから、こっそり力を貸してもらうことは普通にできるし。
まあ、それをお兄ちゃんが良しとするかは微妙なところだけど、もし本気で戦えばいい勝負をするかもしれない。多分。
とはいえ、どっちが勝ったとしても私の身内だし、それで優劣が決まるというわけでもないから勝敗はそこまで気にしていないんだけどね。
闘技大会が始まるまで残り数日。恐らく、闘技大会が終わる頃にはユルグさんの情報も上がってきているだろう。
何もできないことが少しもやもやするが、焦ったところで仕方がない。私には私のできることをやればいいのだ。そう思いつつ、帰路につくのだった。
感想、誤字報告ありがとうございます。