第四十二話:VSサフィ(前編)
お姉ちゃんと共に帰路に就く。道中、お姉ちゃんが色々と声をかけてくれたが、応える気にはなれなかった。
食事もあまり喉を通らず、お風呂に入ってもさっぱりしない。自分でもかなり焦っているのがわかる。
だけど、もはやあいつらを捜索するのは時間的に厳しい。
闘技大会は明日の準決勝戦、決勝戦で閉幕する。私が勝とうが負けようが明日ですべてが決まる。
捜索が難しい以上、私に残る選択肢は大会で勝つしかない。それが最善の方法であり、全員を救うにはこれしかないだろう。
アリアに限った話で言うなら、負けてもチャンスはあるかもしれない。今もあいつらがアリアを連れているなら、どさくさに紛れて奪い返せるかもしれない。
魔法が効かない相手に魔術師の私が勝てるかどうかは微妙だけど、不意を突いて殴り倒すくらいはできるだろう。
もう連れていなかったら……いや、それは考えないでおこうか。
それより、お姉ちゃんに勝つ方法を考えよう。順当に勝ち上がっている場合、明日の準決勝の相手は間違いなくお姉ちゃんだ。
誘拐騒ぎでお姉ちゃんの試合を全然見れてないけど、身体強化を施した目でも追えないほど速い事は知っている。普通に戦ったら勝てないだろう。
あのスピードに追い付くには目だけでなく体にも身体強化魔法をかける必要がある。流石に全身に掛けると魔力が持たないだろうから、かけるとしたら足か。
目と足、二か所に掛け続けるとなると負担も大きい。恐らく、解除した時に反動が来るだろう。そんな状態で決勝戦に挑めるのかという不安があるが、お姉ちゃんは闘技大会の優勝候補筆頭、ここで出し惜しみするわけにはいかない。
後はどうやって攻撃を当てるかだ。普通に魔法を撃ったんじゃ十中八九避けられてしまうだろう。
何かお姉ちゃんが攻撃を躊躇うような、思わず足を止めてしまうような何かがなければ難しい。
……そんな方法あるんだろうか?
まあ、私がもの凄い大怪我してるとかなら足を止めてくれるかもしれないけど。私のこと可愛がってくれてるし。でも、それじゃ私だって動けないんだから意味がない。
偽装する? 光魔法を使えば大怪我してるように装うことはできるかも? いや、それって大会的にどうなんだろう。ルールには書いてないけど、なんか騙し討ちって卑怯なような……。というか、そもそも今元気なんだから明日いきなり大怪我しててもばれるか。
「ハク、どうしたの? なんか変だよ?」
お姉ちゃんが隣に寄り添ってくる。お姉ちゃんの前では努めて平静を装ってたつもりだけど、やっぱり何か感じるものがあるらしい。心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「な、何でもないよ」
「でも、辛そうだよ? 何か悩みがあるなら話してみて?」
話せるものなら話したいよ……。
覗き込んでくる空色の瞳が心配そうに揺れている。ただ言葉にすることがこんなにも遠いことだなんて、思わなかった。
思わず涙が溢れそうになる。顔を背け、上を向いて涙が零れないように必死に食いしばる。
お姉ちゃんを心配させるわけにはいかない。ここで泣いたら、きっとお姉ちゃんは困ってしまう。
「大丈夫、心配しないで」
袖で目を擦り、精一杯の笑顔で応える。
虚勢を張っているように見えたかもしれない。でも、これが今の私にできる精一杯だった。
「さあ、もう寝よう」
まじまじと顔を見られる前にさっさとベッドに入る。
隣に入ってきたお姉ちゃんは、背中から優しく抱いてくれて、耳元で小さく呟いた。
「大丈夫だよ……お姉ちゃんがついてるからね」
それは私が今一番欲しい言葉だった。話せなくても、お姉ちゃんはわかってくれている。それが嬉しくて、気づかれないように静かに涙を流した。
次の日、いよいよ準決勝だ。
あれから一応策は考えたが、うまくいくかはわからない。というのも、お姉ちゃんが探知魔法が使えたら結構きつい。
私がいた村では魔法の適性がある子供が冒険者になるために町に出ていく。つまり、同じ村で生まれたお姉ちゃんは魔法の適性があるわけだ。
多分、あの異様な速さは身体強化魔法を使っているんだと思う。それでも異常だけど。
それだけならともかく、探知魔法、つまり風属性に適性があると私の計画の半分は崩れる。
こんなことならお姉ちゃんに聞いておくべきだった。まあ、今隣にいるのだから聞けばいいのかもしれないけど、今から戦う相手にどんな魔法が使えますかって聞くのも何か変だしなぁ。
「ふふ、ついに私と当たったわね」
「そうだね」
「ハクだからって手加減しないからね?」
「出来ればしてほしいけど……」
私と戦うことになってお姉ちゃんは上機嫌だ。
ちょっとだけゼムルスさんに聞いたけど、お姉ちゃんは予選からここまでほとんど一撃で勝負をつけてきているらしい。少し苦戦したのが私が見た最初の試合の奴。あの青年、なんだかんだで強かったのかな。
近接職の人が軒並みそんななんだから魔術師の私が普通に戦って勝てるわけないと思うんだけど、お姉ちゃんって私の事なんだと思ってるんだろう。
まあでも、今回は私だって本気だ。どんな手を使っても勝つ。
しばらくして試合の時間となった。お互いに別々のゲートから入場し、フィールドで顔を合わせる。
実況席が私達の紹介をする中、私は改めて作戦を確認した。
お姉ちゃんの武器はその圧倒的な素早さだ。仮にこちらが身体強化魔法を施しても反応するのが精一杯だろう。それだけじゃ勝てない。
だから、お姉ちゃんの足を止めさせる。半分くらい賭けだけど、これで止まってくれることを祈ろう。
審判の合図でお互いに構える。試合開始の鐘が鳴った。
即座に目と足に身体強化魔法をかけ、お姉ちゃんの動きに備える。案の定、突っ込んできたお姉ちゃんをすんでのところで避け、隙を見て水の剣を生成した。
ウェポン系の魔法は放たれた後一定時間経つと消えてしまうけど、今回は魔力を保持して常時発動モードだ。
お姉ちゃんは素早すぎて身体強化魔法を施した目でも追いきれない。だから、近接戦を挑むことにした。
剣術なんて全然知らないけど、どうせ当たらない遠距離で攻めるよりこっちの方がまだましだ。追加で腕にも身体強化魔法をかけ、お姉ちゃんの攻撃に合わせるように剣を滑らせ、攻撃をいなしていく。
でも、それでも追いつけない。元々の戦闘経験の差もあるのだろう。私が防げばそれをかわすように捻りを入れてきたり、フェイントをかけて別の方向から攻めてきたり、その度に身体強化魔法で皮膚を覆って防いできたけどこれではじり貧だ。
私は一度距離を取り、自分の周囲に水柱を立たせる。仕切り直しの意味もあるが、これは目くらましだ。
気づかれないうちにさっさと魔法陣を展開し、自分に掛ける。
私の姿が周囲の景色に溶け込んでいく。水柱が収まる頃には私は完全に景色と同化していた。
隠密魔法。私が本選一戦目で使われた手だ。
探知魔法を使われると厄介と言ったのはこれを使うため。これで動きが止まればチャンスが生まれる。
「あれ、消えちゃった?」
あれだけ動き回っていたお姉ちゃんが足を止めた。どうやらうまくいったらしい。
だけど、油断はしない。私がしたように、気づかないふりをしているだけかもしれないのだから。
私は手に持った水の剣を投げつける。隠密状態となった今、もう必要はない。
「そこかっ」
お姉ちゃんは飛んできた水の剣を見事に切り伏せてみせたが、追撃はしてこなかった。
やっぱり見えていない? これならいけるかも。
勝ちの目が出てきたことに安堵し、だけど油断しないように攻め始めた。
誤字報告ありがとうございます。