第四百三話:竜人との対面
翌日。洞窟の中に設けられた一室で目を覚ますと、隣にアリアの姿があった。
どうやら瞑想とやらは終わったらしい。魔力も完全に馴染んだようで、体調も良好のようだ。
そして、その影響か、若干背が伸びたように思える。妖精だった頃は私の手のひらに収まるくらいの大きさだったのに、今では両手を使っても収まらないくらいには大きくなっている。
このまま大きくなっていったりするんだろうか。普通の精霊はみんな人間の子供くらいの大きさのようだから、アリアはまだまだ小さい方だし、可能性はあるかもしれない。
「アリア、今度から体調が悪い時はすぐに言ってね?」
「あー、うん、気を付けるね」
アリアは明後日の方を見ながら曖昧に返事をする。これ、絶対直す気ないでしょ。
仕方ない、なるべく私が気にするようにしよう。魔力の乱れくらいだったら今の私なら感知できるだろうし。
「それはそうと、今日はなんか竜人に会いに行くって聞いたけど?」
「うん。ちょっとお父さんに頼まれてね」
恐らくお母さんに聞いたのだろう、アリアはすでに今日の目的を知っているようだった。
その竜人がいるのは竜人の里の村長の家らしい。保護された竜人には早いうちから家が与えられるが、今回は怪我の治療の事もあって保留になっているようだ。
流石に、記憶喪失の人を一人で住まわせるには不安が大きすぎるしね。
「すでに話は通してあります。いつ向かっても大丈夫ですよ」
すでにいつもの格好になっているエルがそう報告してくる。
流石に、お父さんに頼まれたことだけあって仕事が早い。体感的にはまだ早朝に入る時間だと思うのだが、一体いつから起きていたのだろうか。
「ありがとう、エル。それじゃあ、朝ご飯食べたら行こうか」
寝間着から普段着に着替え、水魔法を使って水を出して顔を洗う。
朝風呂と言うのもいいが、水の処理が意外と面倒くさいのでそう何度も入るわけにはいかない。
パパッと身支度を整え、洞窟の奥へ行くと、すでにお母さんが朝ご飯を用意して待っていてくれた。
「おはよう、ハク。今日はサンドイッチにしてみたけど、どうかしら?」
「おはよう、お母さん。朝は軽めの方が嬉しいから十分だよ」
お母さんにお礼を言って朝食を取る。
精霊は食事をとる必要はないのに、お母さんの料理は凄く美味しい。
一部の竜はお母さんの料理を熱愛しているようだし、このレベルならお店を出してもいいくらいだろう。
ゆっくりと噛みしめるように食べ終え、洞窟を後にする。
さて、竜人の里へ行こうか。
「出発しますか?」
「うん、行こう」
私は翼を広げ、エルと共に飛び立つ。
竜人の里にはちょくちょく顔を出している。以前、アダマンタイトを加工する際にも竜人の里の鍛冶場を活用させてもらったし、今回ヒヒイロカネも手に入ったのでそのうちまた借りることになるだろう。
だがまあ、今はそれは後回しだ。しばらく飛ぶと、竜人の里が見えてくる。入り口に降下すると、何人かの竜人が出迎えてくれた。
「ハク様、エル様。お待ちしておりました」
「わざわざお出迎えありがとうございます」
最初に来た時は同じく竜に救われた者同士対等の関係のような振る舞いだったが、私がお父さんの娘だと知れた今ではこうして敬われる立場になってしまった。
彼らにとって竜とは親のようなものであり、すなわちそのカテゴリに入っている私は親も同然で敬うべき存在なのだという。
私は別に最初と同じように対等の立場でもいいんだけど、流石に恐れ多いらしくてこの通りだ。
まあ、一部の人達は普通に接してくれることもあるし、この辺の扱いに関してはもう慣れたので特に問題はない。
「早速ですが、件の竜人に会わせていただけますか?」
「わかりました。彼女は今村長の家に滞在しております。どうぞこちらへ」
竜人の一人が先導を任され、私達はその後をついていくことになる。
村長の家は以前にも行ったことがあるが、特に変わった様子はなかった。
先導の竜人が扉をノックすると、中から村長であるオーウェルさんが現れる。オーウェルさんもすでに来ることはわかっていたのか、特に驚くこともなく対応してくれた。
「ハク様、それにエル様、お待ちしておりました。先日保護された竜人の件で間違いないですかな?」
「はい。今はお話しできますか?」
「はい、大丈夫です。どうぞ中へ」
オーウェルさんに促され、中へと足を踏み入れる。
村長とは言っても、家の大きさにそこまでの差はなく、むしろ狭くすら感じる。なので、部屋に通されればその竜人と言うのもすぐに発見することができた。
そこにいたのは10歳程度だろうか、天使かと見まがうような純白の翼を持ち、蛇のようにしなやかな尻尾を前に回して抱きかかえるようにして座っている少女がいた。
髪色は純白の翼に反して黒色で、入ってきた私達に向けられる深緑色の瞳は不安げに揺れている。
その美しさは息を飲むほどだが、私はそれ以上に別の部分で驚いていた。
それは、彼女の顔。髪色や瞳の色こそ違うが、その顔はまさしく私の友達である転生者、アリシアの顔と酷似していたのだ。
「……誰、ですか?」
「怖がらないで。この方はハク様、それにエル様。お二人とも人間の姿をしておられるが、我らが親である竜ですよ」
「竜、ですか……」
「初めまして。私はハク。竜ではあるけど、人間みたいな生活をしているからあまり気を使う必要はないですよ」
訝し気に視線を向ける竜人に対し、私はできるだけ怖がられないように優し気な口調を心がけて話す。
若干怯えが混じったような表情ではあるが、特に逃げるなどの仕草は見せないところを見ると少しは信用しているのかもしれない。
まあ、大怪我したところを救われているわけだし、信用するのは当たり前と言えば当たり前か。
「記憶が曖昧だと聞いたんだけど、今もまだ思い出せませんか?」
「……はい。覚えていることも、多少はあるんですけど……」
「私はお父さん……竜のまとめ役にあなたの記憶を取り戻す手伝いをするように頼まれました。なので、もし記憶を取り戻したいと思うなら、協力していただけませんか?」
いきなり転生者云々の事を話してもいいけど、まずは相手の事情を確認してからだ。
もし警戒して話してくれないようならその時に話せばいいし、話にくいことを聞き出しに行くこともないだろう。
竜人は少し悩んだように視線をさ迷わせると、しばらくしてこくんと頷いた。
「はい、よろしくお願いします……」
「ありがとうございます。では、ゆっくりでいいので聞かせてくださいね」
さて、何から聞いたものか。
いや、とりあえずは名前がないと不便だし、名前を聞いてみようか。覚えているかはわからないけど。
「まず、自分の名前は憶えていますか?」
「……多分、ユーリだと思います。その名で呼ばれていた記憶があります」
「ユーリさんですね。わかりました」
ユーリ、と言う名前を聞いた時、なんだかどこかで聞いたような気がしたが、少し考えてみてもどこで聞いたのか思い出すことはできなかった。
聞いたことがあるということはもしかしたら彼女の記憶の手がかりになるかもしれないことだけど……思い出せないものは仕方がない。今は捨て置こう。
気を取り直して、私はユーリさんへの質問を開始した。
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