第四百二話:記憶喪失の竜人
竜の谷では日々多くの竜人達が保護されている。
竜人は竜と人族の間に生まれた子供で、親の魔力を受け継ぐのかかなりの量の魔力を持って生まれることが多く、また力も強いため、魔法に長けたエルフと力に長けた獣人を合わせたような性質を持っている。
それだけなら強い子供と言うだけで済むのだが、昔、魔王とされていた竜に付き従ったことから敵視されており、今なお一部の地域では迫害が続いている。
そのため、竜達は居場所を失った竜人達を保護し、竜の谷で世話を焼いているというわけだ。
だから、竜人が保護されてくること自体は珍しいことではないし、特に私が関わっているとは考えにくい。
しかし、今回保護されたその竜人と言うのはかなり酷い怪我を負っていたとのことだった。
竜人は強い力を持つが故にその治癒能力も高く、多少の怪我なら時間が経てば自然に治ることが多い。竜の谷に運び込まれる竜人達も最初は迫害によって怪我をしていることが多いが、二、三日もすれば回復していたのだという。
しかし、件の竜人は酷いもので、翼の一部が千切れていたり、腹部を穿たれたような傷があったりととにかく状態が酷く、光竜による治癒魔法をかけてもなかなか治らなかったのだとか。
結局、リヒトさんの力を借りることによってようやく傷は癒えたが、竜達はそのあまりの治りの遅さに皆頭を悩ませたらしい。
私からしたら翼が千切れるような怪我が数日で治った方がおかしいと思うけど……治癒魔法を施してもなお治りが遅かったことが問題なのかな?
まあ、それはそれとしてもう一つは、記憶の混濁。
最初はそれこそ言葉も喋れないような危険な状態だったらしく、恐らくその影響で記憶の一部を失っているんだろうとのこと。ただ、目的ははっきりしているようで、どうやら人を探しているらしい。
ただ、探している人がどのような姿なのか、性別も、年齢も、種族も何一つわからないらしい。
探しているのに何で知らないんだと思うけど、これも恐らく記憶の混濁が原因だろう。
この探し人がいるという問題は竜人の里でも意見が割れているらしく、あそこまで酷い迫害を受けている子をこれ以上追い詰めるわけにはいかないとこのまま竜人の里で保護する派と記憶を取り戻すためにもいろんな場所に連れて行った方がいいんじゃないかと言う派で分かれているらしい。
どちらもその竜人の事を慮っての事ではあるが、正直どちらが正解かは測りかねているようだ。
「では、力を貸してほしいというのはその子の記憶を取り戻すということでしょうか?」
「そうだ。その竜人も探し人に会いたいと言っているし、竜人の願いはできる限り聞き届けなければならない。だからこそ、ハクの力が必要なのだ」
その竜人は記憶を失いながらも探し人に会いたいと願っている。しかし、苛烈な迫害を受けていた可能性があるその竜人を下手に外に出すのは危険。だから、外にいてもおかしくない私がその探し人とやらを探せばいいということか。
しかし、それだけだと別に私である必要はない。なぜなら、竜はある程度歳を経た者なら【人化】することが可能であり、実際竜の谷近くの町には獣人に化けた竜が何人か混じっている。
それに、竜脈を管理するための竜が各地に散っているし、探すならばそちらに手を貸してもらった方がよほど効率的だと思うのだが。
「……ハク、お前は自分の名を覚えているか?」
「自分の名、ですか? ハクですが、それが何か?」
「違う。魂の名だ」
魂の名、つまり、私の前世である春野白夜の名と言うことか。
「はい、覚えていますよ」
「そうか。今回ハクに頼むのはその名が関係しているからなのだ」
「えっと、どういう意味です?」
私の前世の名が関係していると言われてもピンとこない。
以前の私は製薬会社に勤める一般的な研究員だった。同僚と呼べる者はいたが、そのほとんどが知り合い止まりであり、特に親しい間柄の人物は仕事の失敗を押し付けてきた小生意気な後輩くらいだ。家族に関しても一人暮らしであったため長らく連絡を取っておらず、私の周りにいた人など数えるほどしかいないはずである。
そんな私の前世の名前が一体どう関係するというのだろう?
「その竜人に話を聞く際、覚えていることはないかと聞いたらいくつかの名前が挙がった。そして、その中にはハク、お前の魂の名もあったのだ」
「それって……」
「そして、他の名もほとんどがルナルガ大陸の端にある島国で使われる限定的な名のみ。白夜の名が出てこなければその国の関係者かと思うところだったが、白夜の名が出た以上、お前の元居た世界の記憶を持つ者だと判断した」
どうやら、私の前世の名前のような形の呼び名がある国はあるらしいが、だからと言ってその中で偶然私と同じ名前に当たる可能性は低いだろう。私の名前は結構特殊だし。
つまり、その竜人は前世の私の事を知っているということになる。それはすなわち、その竜人もまた別の世界からやってきたということだ。
なるほど、それなら確かに私の出番かも知れない。別に私は転生者を保護するなんて目的は持っていないけれど、せっかく同郷の者がいるのなら仲良くなりたいと思っているし、出来ることなら力になりたいと思っている。
それに、私の前世での名を知っているということは私の知り合いだった可能性が高い。ならば、力を貸すのは当然だろう。
「恐らく、聞きだせばまだ何か知っている可能性が高い。同じ世界で育ってきたハクならば、彼女の心を開けるかもしれん。そういうわけで、頼まれてくれるか?」
「そういうことならお任せください。なんとか記憶の手掛かりを探ってみます」
竜人の転生者と言うだけでもかなりレアな存在だ。この場合、転生者を保護して回っている聖教勇者連盟的にはどうなんだろうか? 竜人は敵だと教えているわけだし、やはり排除しにかかってくるのだろうか。
まあ、そうなる可能性が高いし、その竜人の扱いには十分注意した方がいいかもしれない。
「頼んだぞ。必要とあらばこちらも力は貸そう」
「ありがとうございます。では、明日会ってみますね」
私の名を知る転生者。彼女と言っていたから女の子なんだろうけど、一体どんな人なんだろうか。
向こうは記憶喪失でそれどころではないかもしれないが、少し会うのが楽しみでもある。
「さっきの話、もしかしてリヒトさんが言ってた竜人の事だったのかな?」
「恐らくそうだと思います。リヒトでなければ治せない怪我など早々ありませんから」
食事を終え、お風呂の準備をしながら呟く。
実際、リヒトさんが封印されている間も竜人は保護されていたわけだけど、リヒトさんがいないからと言って対処できなかったケースはない。それこそ、全身バラバラで生きているのが不思議なくらいの重症でもなければ光竜達の治癒魔法でどうとでもなる。
このタイミングでリヒトさんが復活したのは運がよかっただろう。そうでなければ、その竜人はもう死んでいたかもしれないのだから。
「どんな人なのかな」
竜人と聞くと、好奇心が旺盛で、好戦的で、おおらかな性格と竜をそのまま人にしたような感じの性格の人が多いが、転生者であればその法則には当てはまらないかもしれない。
件の竜人の顔を想像しつつ、土魔法で作ったお風呂に使ってゆっくりと休むのだった。
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