第四百一話:アリアの魔力事情
竜の谷へと帰還し、ホムラと別れて洞窟へと向かう。
もう遅い時間だし、泊ることは伝えてあるからきっとお母さんが晩御飯を作ってくれていることだろう。
お母さんは精霊ではあるが、私のために料理を覚え、よく作ってくれたのだ。
まあ、それ以前は竜特有の大雑把さで、その辺で狩った魔物を丸ごと出してくるとかそういうレベルだったので、お母さんが料理を覚えてくれたのは本当に助かった。それがなければ、いくら元人間とは言え野生児のように育っていたかもしれない。
「お帰りなさい、ハク。遅かったわね」
洞窟へと戻ると、お母さんが出迎えてくれた。その隣には人姿になったお父さんの姿もあり、食卓には鍋が置かれている。
やはり、少々帰るのが遅かったらしい。まあ、ヒヒイロカネにつられて結構念入りに探索してしまったし、時間を取られるのは当たり前の事だったが。
幸いにして、晩御飯ができてからそれほど時間は経っていないようで、鍋からは未だに暖かな湯気が上がっている。
中には恐らく人の町へ行って買ってきたであろう野菜や肉が入っており、食欲をそそるいい匂いを湧き立たせている。
それを認識すると、急にお腹が減ってきた。まあ、今日は激しめの戦闘もしたし、探索もしたりしたのでいつもより動いているし、お腹が減っていてもおかしくはないかな。
「ただいま、お母さん。遅くなってごめんなさい」
「ふふ、いいのよ。ホムラと遊びに行っていたんでしょう? それにエルも一緒だったのだし、それほど心配はなかったから」
これはホムラが伝えていたのだろうか。ホムラの性格ならよほど重要なことでない限りは黙っていきそうなものだけど、まあお母さんは精霊の女王だし、私がホムラと遊びに行く姿は多くの精霊に目撃されていただろうから知っているのはある意味当然か。
お母さんは精霊が運んでくる情報を仕分け、有用そうな情報を竜に伝えるのが役目だ。だから、情報収集においては右に出る者はいないだろう。そこらの国の間諜なんかよりよっぽど信頼できる。
「楽しかった?」
「はい。虫が出てきてちょっとうっ、ってなったけど、それ以上にいいものを見つけられたから」
「そう、それならよかったわ」
精霊はどこにだって存在する。ある意味空気みたいな存在だ。だから、私がダンジョンで何を見つけたかも恐らく知っているんじゃないかと思う。
でも、それをわざわざ聞くのは私と話したいからだろうな。
700年以上も離れ離れではあったけど、それでも私は二人の子供だ。こうして再び会えるようになって、二人が私の事をとても愛してくれているのは肌で伝わってくる。
そんな二人と離れ離れになっているのは少し心が痛むけど、私は元々人間だし、今では人間社会に多くのかけがえのないものが出来てしまった。
今更竜として生活するというのも自信がないし、私はこのまま人間として暮らしていきたい。でも、だからこそ、会える時はちゃんと会いに行って、私の無事を伝えなくてはならないだろう。
それが、せめてもの親孝行と言う奴だ。
「リヒトの方はどうだった? ネーブルとは仲良くなれたか?」
「多少のストレス発散はできたと思います。ネーブルさんとは、まだわかりませんね」
リヒトさんはともかく、ネーブルさんとはまだ距離感がわかりかねる。
怯えられているのか、人見知りなのかはわからないが、ネーブルさんは終始リヒトさんの陰に隠れっぱなしだったし、私の事を姫様と呼んでくれているから恐らく敬っているんだろうとはいえ、まだどう接したらいいかはわからなかった。
何かきっかけでもあればいいんだけどね。機会があったら、ちょいちょい様子を見に行った方がいいかもしれない。
「そういえば、アリアはどこに?」
「ああ、アリアならちょっと瞑想をね。魔力を馴染ませるために私の泉に置いているわ」
「魔力を馴染ませるって……アリアは精霊だし、元々魔力は馴染んでいるんじゃ?」
「ああ、そうね。その辺りの話を少ししましょうか」
食事をとりながら、お母さんの話に耳を傾ける。
アリアは元々妖精であったが、以前竜の谷を訪れた時にお母さんの手によって精霊へとランクアップした。
これは妖精として私の傍にいるより精霊として傍にいた方が人目につかないで移動したりその他補助をしたりするのに都合がいいからと言う理由らしい。
本来は妖精が精霊になるには何十年、何百年と時間をかけて自然の魔力を吸収してなるものらしいが、今回はお母さんが膨大な魔力を一気に手渡すことによって無理矢理精霊へと進化させたらしい。
そのせいもあってか、魔力生命体としての自らの魔力が未だに馴染み切っていない部分があり、また、私が竜の力に覚醒したことによって大きな魔力に晒され続けたせいか、さらに別の魔力が交じり合い、とても不安定な状態だったのだとか。
不安定と言っても、存在を保てなくなるとかそういうことではなく、魔力過多によって体調が悪くなったり、あるいは興奮状態になったりとかそういうことらしい。
私の知る限りアリアにそういった兆候は見られなかったような気がするけど、もしかしたら我慢していたのだろうか。そうだとしたら、ちょっと申し訳ないな……。
「まあ、そういうわけだから、ちょっと安定させるために瞑想させてるの。明日の朝には十分馴染むと思うから、そこまで心配する必要はないわ」
「それならいいんだけど……」
よくよく考えると、アリアがわざわざ転移魔法まで修得してまで付いてきたのはそういう理由もあるのかもしれない。実際、初回以降はみんな転移魔法で私単独で竜の谷へ赴いていたし、アリアの状態をお母さんに見せる機会なんてなかった。
一応、転移魔法で他人を転移させることもできなくはないけど、自分が転移するよりも繊細な魔力制御が要求されるし、アリアからしたら私に負担はかけられないとでも思ったのかもしれない。
今回、自力で転移魔法を覚えることでようやくお母さんとの対面が叶い、魔力を落ち着ける機会を得ることができた、と。
これは気づかなかった私も悪いけど、何も言わなかったアリアも悪いと思う。確かに、正式に契約したおかげか何も言わずとも相手の事を多少なりとも理解はできるようになっているけど、それでも気づかなかったってことは意図的に隠してたってことだ。
心配かけたくない気持ちはわからないでもないけど、それで体調が悪くなったら意味ないし、今度からはちゃんと言っておいて欲しいな。
まあ、それは本人に後で直接言うとしよう。結果的には特に大きな問題にはならなかったようだし。
「そうだ、ハク。少し頼まれて欲しいのだが」
食事が進み、もうそろそろ食べ終わろうという頃、不意にお父さんがそう話しかけてきた。
「なんでしょう?」
「実はつい先日竜人を保護したんだが、少し訳ありのようでな。できれば力を貸してやってほしい」
「はぁ、私で力になれるなら喜んで貸しますが、具体的にはどういうことなんです?」
お父さんがわざわざ私に協力を求めるということは、恐らく私に何かしら関係があることなのだろう。であれば、協力しない手はない。
どうせこの後は帰るだけなのだ。多少帰還の日程が伸びたところで夏休みだし、問題はない。
私はお父さんの話に耳を傾けた。
感想、誤字報告ありがとうございます。