第三百九十七話:竜同士の激突
私の身体が膨れ上がっていく。着ていた服は破れ去り、その中から銀色の鱗を持つ竜が現れた。
ああ、服を破くのは想定外だったな。でも、脱いでいる暇もなかったし、仕方ないと言えば仕方ないか。
視界が一気に高くなり、手が自然と地面をついて四足歩行の体勢になる。
体に纏わりついた服の残骸を払うように翼を広げると、抑えられていたものが一気に解放されたような感覚になってとても気持ちがよかった。
やはり、【竜化】はいい。少し好戦的になるのが玉に瑕だが、こうして竜の姿になっているだけで心地よい気分になれる。
だがまあ、今はその余韻に浸っている暇はない。私は目の前にいるリヒトさんを見据えた。
〈それがハク殿下本来の姿ですか。その鱗の色、小柄ながらも雄々しい姿、あなた様は間違いなく竜王陛下の御子でございます〉
若干興奮した様子で話すリヒトさん。リヒトさん自身も割と小柄な方ではあると思うけど、私はそれ以上に小さい。
この中で一番大きいのはエルだろうか。ネーブルさんもリヒトさんよりは大きいけど割と小さめだし。
〈今度はもうちょっと強めなの行くよ〉
私は魔法陣を思い浮かべ、水の槍を形成する。ウェポン系の魔法は中級魔法ではあるが、完全竜化の影響で魔力が溢れかえっており、その威力は何十倍にも引き上げられている。
翼を広げてそれを囲うように形成された無数の槍は、私の意思を感じ取って一直線にリヒトさんへと向かった。
〈では力比べと参りましょう!〉
そう言って、リヒトさんも光の刃を形成する。リヒトさんは光属性を司る竜だから、攻撃方法も光にちなんだものになるのだ。
水の槍と光の刃が激突する。威力は互角なのか、ぶつかるたびに小爆発を起こし、眩い光と水飛沫によって視界が塞がれていく。
しかし、そんなもの竜の前では何の意味もなさない。【竜化】によってテンションが上がっていることもあり、私はさらに追撃を仕掛けることにした。
〈次はこれ!〉
私が次に用意したのは雷の矢。本来なら、光属性であるリヒトさんに有効なのは闇属性だが、今のリヒトさんは最初の水の大砲によって全身が濡れている。そして、水は電気をよく通すため、効率よくダメージを与えることができるのだ。
まあ、事前の準備が必要なので使えるのなら初めから対抗属性の魔法を撃った方が早いが、向こうは弱点を突けないのにこちらだけ弱点を突くのは少しフェアじゃないし、ここは闇属性魔法は使わない方針で行こうと思ってる。
なので、わざわざ雷魔法を選択したのだ。
〈甘いですぞハク殿下!〉
探知魔法がある私には煙による視界妨害なんて意味をなさないものだが、それはリヒトさんも同じことのようだった。
即座に展開された光の線によって矢はすべて叩き落され、逆にこちらに向かって攻撃してくる。
だけど、それも予想済みだ。
〈これでどう!〉
私は準備していた火魔法の壁で線を防ぐ。しかし、ここで予想外の事が起こった。
飛び込んできた光の線は火の壁に当たりこそしたが、そのまま壁を素通りし、私に直撃したのだ。
予想外の事で回避もままならず、私は光の線の一斉掃射をすべて身に受けることになる。
〈ぐっ、なんで……〉
〈ハク殿下、光は透過するものです。火の壁では防げませんぞ〉
幸い、完全竜化したおかげで防御力も跳ね上がっており、そこまで致命傷を負うことはなかったが、光が透過するというのはびっくりだった。
いやまあ、確かに光は本来物体ではないのだから透過する性質があってもおかしくはない。もし防ぐなら、土魔法のような質量を持った壁でなければならないということか。
今まで光魔法も色々研究してきてはいたけど、その情報は初耳だった。
となると、光魔法は相手によっては防御を無視して攻撃することも可能と言うことになる。うまく生かせばかなり強力な攻撃手段になりそうだね。
〈さて、まだまだやれますよね?〉
〈もちろん!〉
驚かされたが、まだ戦闘不能になったわけではない。
私は即座に雷の槍を生成すると少し時間差をつけて複数本飛ばした。
雷魔法は速さが売りではあるが、光魔法も使いようによっては雷魔法に匹敵するほどの速度を出すことができる。むしろ、光魔法の方が速いことだってあり得るだろう。だから、リヒトにとってこの程度の速さは想定済み。同じように光の線を展開され、即座に叩き落された。
〈ワンパターンではありませんかな?〉
〈それはどうかな?〉
再び迫りくる光の線。私はそれを土魔法の壁で防ぐ……のではなく、水魔法の壁で防ごうとした。
当然、水魔法では透過されてしまうため攻撃を防ぐことはできない。しかし、水の壁の表面は鏡面になっているのだ。
光は反射する性質もある。だから、当然水の壁に当たれば大半は反射され、そのコントロールはリヒトの手を離れる。
〈うぉっと!?〉
縦横無尽に駆ける光の線が辺りにめちゃくちゃに降り注ぐ。
それはリヒトさんのみならず観客であるネーブルさんやエルにまで飛んでいったが、そこはエルの事。すでに結界を張ってあったのか、それらが二人に当たることはなかった。
よって、当たることになるのはリヒトさんだけである。
〈面白い作戦ですが、わらわに光属性はそうそう効きませんぞ〉
〈でも、隙くらいは作れたでしょう?〉
貫通した光の線によって私にも多少のダメージは入っている。しかし、それ以上に攪乱できたという事実は次の攻撃を成功させるには十分すぎる功績だった。
私は両手をしっかり地面に着き、口を大きく開ける。
竜であれば誰もが使える必殺技のようなもの。未だに威力の調整などはできていないが、リヒトさんならまあ、死なないだろう。
口内に十分エネルギーが溜まったタイミングでそれを一気に吐き出す。
私の渾身のブレスがリヒトさんに向かって放たれた。
〈これは……回避はできんな〉
リヒトさんが光の線を捌き終わる頃にはすでにブレスは目の前に来ていた。
もはや避けられないと悟ったようだが、それでもただでやられるようなことはしないらしい。
前足を掲げると、その場所の空間が揺らぎ、透明な幕が張られる。そう、結界だ。
竜であれば空間魔法に関してはほとんどの者が使えるのでリヒトさんが結界を使えても不思議はない。ただし、私のブレスはそんな急造の結界で防げるほど甘くはないよ。
〈ぬぉぉぉ! こ、これは……〉
べきべきと砕かれていく結界。リヒトさんは破壊される度に結界を張り直していたようだけど、それごとすべて破壊する。
やがて結界をすべて抜き、ブレスはリヒトさんを飲み込んでいった。
〈けほ……ちょっとやりすぎちゃったかな〉
余波によって若干煙たい口元を気にしながらブレスの跡を見る。
そこには一直線に地面が抉れ、まるで干上がった川のようになっている地形があった。
リヒトさんが受け止めたおかげか、その川は中途半端なところで止まっていたが、もしリヒトさんが避ける選択をしていればその先にあった森の一部が消失していたかもしれない。そう考えると、やっぱりブレスって反則だなと思った。
〈こ、降参です……〉
そして、肝心のリヒトさんは地面に力なく横たわっており、弱弱しく降参の意を示した。
流石エンシェントドラゴンだけあって、普通なら跡形も残らないであろうブレスを食らっても多少体力を消耗する程度で済むらしい。
下手をすれば私がああなっていた可能性もあるので、ブレスは撃ったもん勝ちだなと思った。
これでリヒトさんも多少はストレス発散できただろうか。いや、ストレス発散と言う意味では私が負けてあげた方がよかったのかもしれないけど、ついついいつもの癖で勝ちに行ってしまった。
まあ、少しは暴れられただろうし、満足してくれたならありがたい。ブレスも撃てたし私は満足だ。
心配そうに近づいてくるネーブルさんを見つつ、私はリヒトさんに治癒魔法をかけるのだった。
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