第三百九十六話:リヒトとの勝負
平原には色とりどりの花々が咲き乱れている。
竜と言う支配者がいる関係でこの辺りは人も魔物も存在せず、脅かされることがない花々は周囲の魔力を目一杯吸い込んでその美しさに磨きをかけている。
中にはあまりに魔力を吸収しすぎて結晶化し、魔石のような性質を持つ花も存在するが、それはそれで綺麗だ。
多分、売ったら相当な高値が付きそうだけど、竜はそこまでお金に執着することはないのでその機会は訪れないだろう。むしろ、お金よりも宝そのものに興味を見出しているのでこのまま守り続けるだろうな。
さて、そんな平原だが、その一角に二匹の竜がいた。
一匹は純白、もう一匹は漆黒。まるで月と宵闇のような二人は、何やら奇妙なことをやっていた。
ふと、空に舞い上がったと思ったら、今度は急降下し、地面すれすれで翼を広げて止まり、その風圧で地上にある花々を揺らしている。それらを交互に繰り返しており、端から見れば何をしているのか全然理解できなかった。
しかし、どちらも楽しそうで、二人とも笑顔を見せている。恐らく、何かしらの遊びなのだろうことは推察できるが、私にはさっぱりだった。
「リヒトさん、お久しぶりです」
〈む? こ、これはハク殿下にエル様! よ、ようこそいらっしゃいました!〉
タイミングを見計らって話しかけると、リヒトさんはすぐさまこちらに寄ってきて首を垂れる。
なんか、エルもお父さんに対してこういうことしてるけど、私に対してまでやらなくてもいいのにと思う。敬ってくれるのは嬉しいけど、私としては友達や家族として接したいからね。そこまでの敬意は不要だ。
〈……誰?〉
「えっと、そっちがネーブルさんかな? 初めまして、私はハクです」
〈ネーブル、ほら、この前教えた竜王陛下のご息女だ〉
〈!? ……姫様、初めまして、ネーブルです……〉
「あ、そんなに畏まらなくていいですよ? もっと気楽にいきましょう」
ネーブルさんはリヒトさんの後ろに隠れるようにしてちらちらとこちらを見ている。
今の私はほぼ人の姿をしているから、大きさ的には向こうの方が圧倒的に大きいんだけど、なぜだか怖がられているようだ。
大人しいというより、引っ込み思案なのかな? 竜は割と豪快な性格の人が多いからこういうタイプは結構貴重かもしれない。
軽く手を振って敵意がないことを示してみたが、ネーブルさんはリヒトさんの後ろから出てこようとしない。これは嫌われているのか、それとも人見知りなのかどっちなんだろうか。
一応、自己紹介はしてくれたし、嫌われているのではないと思いたい。
〈そ、それでハク殿下。本日はどのようなご用件で?〉
「あ、うん。リヒトさんがなかなかストレス発散できる相手がいないと聞いて、もしよければ相手をしてあげようかなと思いまして。ほら、前にも言ったでしょう?」
リヒトさんが封印から目覚めたばかりの時、暴れたいという要望に対して私は自分が相手をすると提案したことがある。別に約束したと言うわけではないが、言ったからには責任は取るべきだろう。
あの時はエルの登場や私の正体に驚いてうやむやになってしまったからね。今日までリヒトさんがストレス発散できなかったのは私のせいでもあるし、やれるならやるべきだろう。
〈え、は、ハク殿下が直々にお相手してくださるのですか!? そ、それは嬉しいですが、よ、よろしいのですか?〉
「うん。私も模擬戦の相手が欲しかったし」
〈あ、ありがとうございます! わらわの我儘を気にかけてくださって感謝の極みでございます!〉
「だからそんなに畏まらなくていいって」
がちがちに緊張しているリヒトさんに軽い口調で返す。
まあ、私も若干初対面の人相手の口調になっているところはあるけど、それはもう癖みたいなものだから仕方がない。そのうち親密になれば勝手に口調も矯正されるだろう。
〈それでは、模擬戦のほどよろしくお願いします。ルールはいかがしましょう?〉
「うーん、とりあえず殺しはなしね。相手が参ったって言ったら終了ってことで」
〈承知しました〉
まあ、お互いに殺してはならない相手だから殺しはなしなんてルールは設けなくてもいいかもしれないけど、一応念のため。というか、竜との模擬戦なんてやったことないからどんなルールにすればいいかなんてよくわからない。
場所はここでいいだろう。辺りに人はいないし、多少花が荒れるかもしれないがその程度の被害しか出ない。
お互いに少し離れ、向き合う。その様子をネーブルさんが少し不安そうに眺めていたが、リヒトさんに諭されて素直に離れてくれた。
「さて、それでは審判は私がしましょうか。二人とも、準備はいいですか?」
〈うむ〉
「いつでもいいよ」
「それでは……始め!」
エルが合図をすると同時に、私は水の刃を無数に生成し、リヒトさんに向かって放った。
今思えば、なんで初めから【竜化】しなかったんだと思ったが、流れ的にそうせざるを得なかったというか、とりあえず忘れていた。
だがしかし、ここまで飛んできた影響もあって竜人モードではある。なので、たとえ最低威力の初級魔法でも、それなりの火力はある。
しかし、飛んでいった刃はリヒトさんが翼を一振りすると跡形もなく消えてしまった。
〈次はこちらから行きまする!〉
そう言って空に舞い上がると、発光する体から無数の線状の光が飛び出し、縦横無尽に動き回りながら私に迫ってきた。
これは、中級魔法だろうか、線ではあるが、カテゴリ的には矢に入るかもしれない。ただし、その威力は中級どころではなく、上級、いやそれ以上のものだった。
いくら防御が上がっているとはいっても、竜人モードでは流石にあれは耐えられない。多分、小手試しのつもりで放ったんだろうが、人にとってはそれだけでも即死級の攻撃だった。
「あっぶな!」
とっさに結界で防いだが、それでも一発で軋みを上げるほどの威力。
これ、まともに食らったらホントに塵も残らないんじゃないかな……。
いや、ホントに危なかったらエルやアリアが止めるだろうし、今の私なら多分耐えられるんだろう。凄く不安ではあるけど。
「初級じゃ話にならないし、中級……いや、上級かな」
とりあえず、攻撃でもなんでもない翼の一振りだけで相殺されてしまった以上、初級魔法では牽制にすらならない。なので、今度は威力重視で収束魔法を選択する。
多少の隙は結界でカバー。周囲の水気すらも集めて作り出された巨大な水の塊は次の瞬間もの凄い勢いでリヒトさんの下へと放たれた。
〈のわー!?〉
リヒトさんの悲鳴が上がる。余波によって地面が抉れ、土煙が上がり一瞬姿が見えなくなる。
しばらくして煙が晴れると、そこにはプルプルと首を振って水気を払っているリヒトさんの姿があった。
〈その姿でそれほどの魔法を放てるとは、流石ハク殿下です!〉
その声色は喜色に溢れていて、とてもでかいのを食らって焦っているという風ではない。端的に言えば、無傷だった。
流石に無傷は想定していなかった。上級魔法ともなれば掠り傷程度でも傷はつけられると思っていたから。
「……これは、出し惜しみなんてしてる場合じゃないね」
人が竜を倒したという竜殺しの逸話はあれど、それは通常の竜の話。エンシェントドラゴンともなれば難易度は跳ね上がり、もはや人の力ではどうにもならない領域になっているのだ。
だから、人の姿でエンシェントドラゴンに勝つことは不可能。ならば、竜の力に頼るしかないよね。
私は全身に行き渡る魔力を解放させる。
さあ、勝負はここからだ。
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