第三百九十四話:夏休みに入って
今回から第十二章の開始です。
修学旅行も終わり、夏休みがやってきた。
あれからカムイとは良好な関係を築けている。と言うか、完全に吹っ切れて聖教勇者連盟から抜ける意思を固めたようだった。
カムイとて聖教勇者連盟に恩義を感じてはいるが、私の話を聞いた影響か、これ以上協力することはできないと感じたらしい。だから、これからはただの一人の学生として学園生活を楽しもうという考えのようだ。
聖教勇者連盟は表向きは転生者に対してかなり甘く、あくまで竜人や魔物を退治するのは転生者が自主的にやっていることと言うことになっているが、それでも組織としての規律がないわけではないし、抜けるには相応の沙汰が待っている。だから、抜けると言っても正面から抜けると宣言するのではなく、あくまでこれ以上協力しないだけで籍自体は置いているという形になる。
まあ、しばらくの間は大丈夫だろう。報告ではカムイは未だに任務を続行中ということになっているし、ここにいても不自然ではない。流石に時間がかかりすぎればその能力を疑われることにはなると思うけど、その時に手がないわけではない。だから、監視役である『流星』のメンバーがカムイを裏切り者として摘発しなければ大丈夫のはずだ。そして、それに関してはすでにシンシアさんと話がついている。
少なくとも、この一年は安全のはずだ。まあ、今後の動き次第では変わるかもしれないけどね。
「ねぇ、エル。リヒトさんはあれからどうなったの?」
カムイさんのことはとりあえずそれでいいだろう。今私が気になっているのは、竜の谷に戻ったリヒトさんの事だ。
あれから、エーセン王国にはルフトさんと言うエンシェントドラゴンが担当になり、竜脈の整備を行っているらしい。だから、そちらの心配はないけれど、ならばリヒトさんはどうなったのか気になったのだ。
まあ、リヒトさんも同じくエンシェントドラゴンだし、封印されていたとはいえあれは不幸な事故みたいなものだから早々厄介なことにはならないと思うけど、それでも心配だからね。
「リヒトならしばらくは竜の谷で療養することになりましたよ。ネーブルもリヒトが帰ってきてから少し元気になりましたし、今では二人仲良く遊んでいるんじゃないでしょうか」
「ネーブル……リヒトさんの幼馴染なんだっけ?」
「はい。竜の中では割と大人しい性格ですね」
幼馴染って言う響きを聞くと仲睦まじい様子を思い浮かべるけれど、その様子だと割とその想像は当たっているのかもしれない。
というか、ネーブルさんにとっては1000年以上ぶりの再会なんだよね。リヒトさんがいなくなって落ち込んでいたようだし、それがようやく戻ってきたとなれば一緒にいたくなる気持ちはわかる。
とにかく、無事に過ごしてくれているなら何よりだ。
「ただ、リヒトは長く封印されているせいか運動不足気味で、少し暴れたいとか言ってましたね」
「そういえば、言ってたね」
まあ、あれは封印した人間に対する殺意みたいなものもあったとは思うけど、確かに強い力を持ち、空を自在に飛び回れる竜がずっと封印されていたらそう思うのも無理はないだろう。
竜の谷ならそれこそ場所にも相手にも困らなそうだけど、そういう相手はいないのだろうか。何ならネーブルさんでもよさそうだけど。
「ネーブルは戦闘は苦手なので無理ですよ。他の竜もリヒトに喧嘩売るような奴はいませんし、対等の立場であるエンシェントドラゴンはみんな別の大陸に散っていますしね」
「ホムラは? ホムラならあの大陸が担当だしいるんじゃないの?」
「面倒事は嫌だとあえて避けているようです。ただでさえ働いていないのに、さぼりもいいところですね」
想像すると、確かにホムラならそう言う気がする。ホムラは私と関わることなら割と積極的だが、面倒事は嫌うタイプだ。あ、あと一応子供相手にも甘いかな、エルクード帝国の王子達とはかなり仲がよさそうだったし。
まあ、ホムラの事だから少し挑発してやれば乗ってくれる気がしないでもないけど、リヒトさんはそういうことはしないらしい。あの時は理性を失っていたけれど、割と常識的な考え方はできるようだ。
「ネーブルがいれば大丈夫だとは思いますが、発散させてやりたいのは事実なので今度定例会議の時に戻ってきたらライ達に頼むつもりです」
「そっか」
まあ、それが妥当だろう。リヒトさんがどれほどの実力かは知らないけど、エンシェントドラゴンだけあって実力は高いだろうし、並の竜では束になっても相手にはならないと思う。ならば、同じエンシェントドラゴンであるライ達に頼むのが理想だ。
ただ、その定例会議って言うのは結構長いスパンで行われているので、しばらくの間はその機会は訪れないだろうということが気がかり。
幼馴染と再会できたという心の拠り所がある限りは暴発はしないだろうけど、出来れば早く発散させてあげたいところだよね。
「……ねぇ、その発散させる係は私じゃ務まらないかな?」
「えっ、ハクお嬢様がですか?」
思いついたのは私が相手になるということだ。
以前ならば到底相手にはなれなかっただろうが、封印が完全に解かれた今、私の魔力量はエンシェントドラゴンにすら届きうる量まで増えている。
もちろん、魔力量だけですべてが決まるわけではないが、多少ならば相手をすることも可能なのではないだろうか。
私の完全竜化はまだ数えるほどしかやっていないし、模擬戦の相手が欲しいというのもある。うまくいけば、私もリヒトさんも満足できる結果になるのではないだろうか。
「まあ、今のハクお嬢様ならリヒトの相手も務まるでしょうが……よろしいのですか?」
「うん。ちょうど夏休みで暇だし」
やることと言えばカードゲーム用の原案作りだが、それもほぼ完成してすでにテトに渡している。なので、私の仕事はほぼ終わったと言っていい。
カムイとは良好な関係を築けているし、サリアのことに関しても今となっては自分の身は自分で守れるくらいには強くなっているためそこまで厳重に見張る必要もない。暴走してぬいぐるみ化の能力を発動させたとしても、今ならその対策となりうる魔法も完成したしね。
まあ、それでもせっかくの夏休みなのだからお兄ちゃんとも一緒にいたいという気持ちもあるし、そう長居はしないつもりだ。
「でしたらお願いできますか? 私としても心配事の一つですので」
「おっけー。なら、早速行こうか」
「行くのでしたらお兄様やお姉様に挨拶していった方がいいかと。心配させたくはないでしょう?」
「あ、そうだね」
軽いノリで言ったが、確かに連絡は必要だ。ついでに王子にも連絡しておこう。私が王都にいるかいないかは一応重要な事項の一つだからね。主に竜の所在がはっきりしているかどうかで。
そういうわけで、私は早速みんなに挨拶しに回った。
とは言っても、そう時間のかかるものではない。お兄ちゃんが少しごねたくらいで、そう時間はかからずに終えて現在はお昼頃。昼食も食べ終えていい感じに暇になる時間帯だからちょうどいい。
「それじゃあ、行こうか」
「ええ」
私達はいつものように寮の裏に集まって転移魔法を発動する。
今回行くメンバーは私とエル、そしてアリアの三人だ。
本来ならアリアは転移魔法を使えないので連れていくなら多少面倒な過程を踏まないといけないのだが、いつの間にやらミホさんに転移魔法を教わっていたらしく、出来るようになったらしい。
転移魔法って馬鹿みたいに魔力を消費するからそうホイホイ使えるものじゃないんだけど……まあ、アリアも精霊にランクアップしたことで魔力が増えたのかもしれないね。
そんなわけで、私達三人は転移魔法で竜の谷に向かった。数瞬後、寮の裏には誰の姿もいなくなっていた。
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