幕間:幼馴染との再会
エンシェントドラゴン、リヒトの視点です。
元々、わらわは世界のバランスを保つなんて使命にそこまでの執着は感じていなかった。
わらわ達竜は世界のバランスを保つために神より生み出され、何百年、何千年と言う時間を竜脈の整備や魔物の間引きに費やしてきた。
竜として生まれた以上、それを仕事と考えてやることに異議はなかったし、自分達が整備を怠った結果人々が滅ぶのはいいにしても世界が滅んでしまっては竜ですら住めない土地になってしまう。だから、別に文句はなかった。
しかし、一万年ほど前の竜の個体数が少なかった時代ならともかく、ここ数千年の間なら竜の数も増え、多少さぼったところで他がどうにかしてくれる状況になった。
元々、わらわには幼馴染のネーブルの存在もあり、そんなことより遊びたいという考えもあったため、ここ1000年近くは二人でずっと遊んでいた思い出がある。
だから、いきなり竜の谷を離れてある土地の専属になれと言われた時はごねたものだ。
しかし、時が経つに従ってわらわもエンシェントドラゴンと呼ばれるようになり、それなりに責任ある立場に立たされたこともあって結局断ることはできなかった。
ネーブルとしばらく会えなくなるのは嫌だったが、エンシェントドラゴンでなければ務まらないような現場なら仕方がない。わらわはいやいやながらその土地に向かった。
そして、愚かな人間どもによって封印された。
元々、人間などに期待はしていなかった。昔から身の程知らずで、どういうものかもわからない癖に竜脈をいじくりまわしてめちゃくちゃにし、勝てもしないのに竜に対して攻撃を仕掛けてくるようなどうしようもない奴らだと思っていた。
だから、そんな奴らに封印されてしまった時ははらわたが煮えくり返るような思いだった。
攻撃してくる分にはまだいい。せいぜい、羽虫がたかってきた程度のことに過ぎない。しかし、封印などと言う方法でわらわの行動を完全に封じてくるなど誰が予想できようか。
そもそも、わらわは不承不承ながらもこの地の人間達を保護するために派遣されてきた竜だ。それなのに、守るべき対象に牙をむかれるという忌々しい結果になり、わらわの心は憎しみでいっぱいになった。
封印が解かれた暁には必ず人間どもを駆逐してやる。そう決意しながらその時を待った。
しばらくして、ついに封印が解かれる時がやってきた。早速暴れてやろうと思っていたのだが、そこにいた人物が衝撃的すぎて復讐などどうでもよくなってしまった。
そこにいたのは、わらわの上司であるエル様、そして、竜王陛下のご息女であるハク殿下だったのだ。
わらわがこの地に派遣された時にはまだ竜王陛下に御子はいなかった。それが、封印されている間にいつの間にかお生まれになっていたというだけでも衝撃的だったのに、さらには今は人間として学園に通っているのだという。
理解が追い付かなかったが、少なくともハク殿下は人間達の肩を持っており、わらわがこの国を滅ぼすのを良しとしていないということはわかった。
はらわたが煮えくり返るほどの憎悪をため込んでいたわらわだったが、竜王陛下のご息女にそう言われてしまっては引き下がるほかない。それに、竜と精霊のご夫婦と言う特殊な関係な都合上、なかなか御子を賜れなかったお二人が子を成したというのは憎悪を塗り潰すほどにめでたいことだった。
さらに言うなら、ハク殿下はわらわの気持ちを慮ってこの地の担当から外れさせてくれるようにエル様に頼んでくれたらしい。しかも、他の大陸にはすでに別のエンシェントドラゴンが担当になっており、空席は今のところ見当たらない。つまり、再び自由を手に入れることができたということだ。
再び、あの頃のようにネーブルと遊ぶことができる。そう考えただけでも舞い上がりそうなほどだ。ハク殿下、そしてエル様には感謝してもしきれない。そして、封印を解いてくれたというカムイと言う少女にも感謝せねばならないだろう。
わらわはそれらのことを報告すべく一度竜の谷に戻り、竜王陛下と対面した。
わらわが封印されてから1000年以上もの時が経っていると聞いたが、竜にとって1000年などそう長い時間ではない。竜王陛下もお変わりなく、最古の竜として竜をまとめておられた。
〈リヒト、今回の事はすまなかった。これまで助けてやれなかったのは我の実力不足に他ならない。本当に申し訳ない〉
〈か、顔をお上げ下され竜王陛下! わらわは気にしておりませぬ。それよりも、こうして再び御身にまみえられたことをとても嬉しく思いまする〉
流石に、竜王陛下から頭を下げられて堂々としているのは無理だった。
そもそも、封印されたことに関しても人間如きに後れを取ったわらわのミスであるし、それを助けに来なかったのはある意味で当然と言える。こうしておめおめと戻ってきて許されているだけでも十分にありがたいことだった。
〈久しぶりの外で疲れているだろう。今日はゆっくり休むがいい〉
〈ははっ。……それでその、つかぬことをお伺いしますが、ネーブルは何処に?〉
〈ネーブルか。奴はお前が封印されて以来無気力になってしまってな。平原の方に引きこもっておる。お前の顔を見れば喜ぶだろうし、会ってやってはくれぬか?〉
〈それは願ったり叶ったりでございます。わらわも久しぶりに会いたいので、この後顔を出してみようかと思います〉
〈そうか。ではさっそく行ってやってくれ。今後のお前の処遇に関しては追って連絡する〉
そうして竜王陛下との話は終わった。
下手を打ったとはいえ、わらわの使命はあの地の竜脈の整備である。だから、順当にいけばそのまま同じ任につくことになるだろうが、それに関してはハク殿下が気を利かせてそうならないようにエル様を伝って進言してくれた。
なので、有事の際の保険要員、あるいは他のエンシェントドラゴンの補佐と言う形になるだろう。
いずれにしろ、今のうちにネーブルに会っておかないとまた離れ離れになってしまう可能性がある。元気がないともいうし、わらわが元気づけてやらねばならないだろう。
竜王陛下が言う平原とは、竜の谷に隣接する花々が咲き乱れる平原である。
ここは竜が多いためか空気中の魔力の量が多く、半ば魔力溜まりのようになっているため植物の育成状況はかなりいい。人間どもが見ればなんて美しい場所なんだろうと心打たれることだろう。
平原は広大ではあるが、ネーブルがいそうな場所には心当たりがある。これでも昔はかなりの時間一緒に遊んでいたんだ、どこに行くかくらいなんとなく予想できる。
予想を頼りに平原を飛んでいくと、案の定ネーブルはそこにいた。
体色はもちろん、翼の翼膜も尻尾も爪もすべてが黒色で、まるでそこだけぽっかりと空間がなくなってしまったかのようにも見える。ただ一つ、瞳の色だけは赤色で、暗闇ではその赤だけがネーブルを見分ける手段だった。
〈ネーブル、寝ておるのか?〉
〈……リヒト?〉
丸まっていた身体がむくりと起き上がり、頭がこちらを向く。
ともすれば死神ともとれるような容姿ではあるが、ネーブルがそれとは正反対の大人しい性格だとわらわは知っている。
〈リヒト、ホントにリヒトなの?〉
〈ああ、ようやく帰ってこれたのじゃ。心配をかけたの、すまなかった〉
〈リヒト……リヒトぉ!〉
目に涙を溜めながら抱き着いてくるネーブル。わらわはその背を優しくたたいて受け止めてやる。
幼馴染とはいえ、こやつはまだまだ未熟だ。子供と言ってもいい。だから、わらわが守ってやらねばならんのだ。
1000年もほったらかしにしておいて言える義理はないかもしれないが、それでも大切な弟分なのには変わりない。
誰もいない平原にネーブルの泣き声が響き渡る。わらわはネーブルが泣き疲れて眠ってしまうまでいつまでも背中を撫でていた。
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