第三百九十三話:エンシェントドラゴン
完全に問題が解決したとは言い難いが、それでも一時の平穏が訪れたことに変わりはない。
少し、カムイさんの友達の存在が気にかかってはいたが、この一週間特に接触してくることもなく、無事に観光を楽しめている。
そうしてそろそろ帰る時期が迫ってきた時、エルの下に伝令が入った。
「ハクお嬢様、どうやらこの地の後任が決まったようです」
それは長らく放置されてきたこの地の竜脈を整備する竜が再び派遣されてくると言うもの。
この地には以前、封印師と言う職業が存在し、彼らの手によって竜が封印されてしまうという事件が起きた。しかし、今となってはそれらの職業は失われ、封印石の製造法も失伝していると聞く。
それに、現在の竜脈の近くは高濃度の魔力によって半ば魔力溜まりと化しており、近づく人は少ない。なので、今ならば竜を派遣したとしても誤って封印されることもないだろう、と判断されたようだ。
もちろん、先日のように封印石をどこからか拾ってきて使う、という危険もなくはないけど、知らなかった以前と違って今は知識がある。封印石の特徴に関しても派遣されてくる竜には伝達済みであり、もし見かけた場合は転移魔法を使ってでも即座に撤退するように言い含めているとのことで、よほどのことがなければ再び封印されるということはないだろう。
この地の竜脈が整備されれば、強い魔物も生まれにくくなるだろうし、その内この地にも平和が訪れることだろう。
リヒトさんを封印してしまったこの地の人々に思うところがないわけではないが、人々が平穏に暮らせるならそれに越したことはない。
まあ、もし魔物が減って再び竜脈に近づき、竜を退治するようなことがあれば、その時は滅ぼされても文句は言えないかな。むやみに国を滅ぼすのはダメだと思うけど、言って聞かないなら実力行使するしかないし。
せいぜい、この国の人々が欲をかきすぎないことを祈るとしよう。
「ちなみに、その後任って言うのはどんな人なの?」
「長年放置されてきた場所ですから、それ相応の技術が必要と考えて、今回はルフトに一任したようです」
「ルフト?」
ルフト、と言う名前に聞こえ覚えはなかった。
私が首を傾げていると、意外そうな顔をしながらもすぐに教えてくれた。
「ハクお嬢様は会ったことはありませんでしたか? ルフトは空間を司る亜竜で、エンシェントドラゴンの一体ですよ」
「そうなんだ」
エンシェントドラゴンの知り合いと言うと、エルやシルフィ達くらいだ。そんなに個体数がいないはずなのでそれでもだいぶ多いと思うが、まだいたらしい。
空間を司る竜と聞くとだいぶ強そうに感じる。空間魔法は竜の専売特許みたいなところがあるけど、それに特化した竜と言うことは色々な応用が利きそうだ。
未だに空間魔法のバリエーションは少ないので、色々と魔法の使い方を見せてもらいたいところだ。
まあ、この地に派遣された以上は忙しいだろうから当分は無理かもしれないけど。
「そもそもエンシェントドラゴンって全部で何人いるの?」
「ハーフニル様を含めて11人でしょうか。皆それぞれ司る属性が違いますね」
「へぇ」
確かにシルフィ達も風、水、雷、土、火と司っている属性が違う。それぞれの属性の長的な人がエンシェントドラゴンとして君臨しているとしたらまあ辻褄は合うかな?
ただ、私が知っている属性は全部で9個。お父さんは除くとしても一人余る。
残りの一体は被っているのか、それとも私の知らない属性なのかどっちなんだろうか。
「ハクお嬢様が知らない竜は、恐らく闇竜と毒竜だと思いますよ。彼らは昔から竜の谷にあまりいませんでしたから」
「毒竜、そんなのもあるんだ」
確かに毒はどの属性にも属さないような気がするけど、まさか独立しているとは。
勝手なイメージだとどちらも邪悪なイメージがあるけど、まさかお父さんと敵対しているとかじゃないよね?
「ハクお嬢様が想像しているようなことではありませんよ。闇竜、ネーブルはリヒトとは幼馴染で、リヒトが封印されてからずっと引きこもりがちでほとんど表に出てこなかったんです」
「なるほど」
「毒竜、ヴィオはその特性のせいですね。常に微弱な毒素を発しているのであまり一緒にいると毒に侵されてしまうんです。私達竜は多少の毒なら無効化できますが、竜人達まではそうはいかないので、竜の谷からは距離を置いているんですよ」
「そうだったんだ」
話を聞く限り、別に敵対しているわけではないらしい。
シルフィ達はそれぞれの大陸の総監督としてちょくちょく竜の谷に帰ってきて、その度に私に顔を合わせてくれたものだけど、他の竜はそういうわけにもいかなかったようだ。
まあ、未だに知らないエンシェントドラゴンがいたのは少しびっくりではあるけれど、別に私に必ず関わらなければならない理由なんてないし何ら不思議はないか。
でも、もし機会があれば会ってみたいね。
「それじゃあ、この国の竜脈ももう大丈夫なのかな?」
「はい、ルフトなら数年もあれば元通りに復元できるでしょう。この手の事で彼女の右に出る者はいませんから」
「それならよかった」
これでまた一つ懸念事項が解消された。
この地を放置したからと言って必ずしも世界に悪影響が出るかと言われたらそれはわからないけど、やっぱり気にはなっていたのだ。
もし、今後竜脈の近くに行くようなことがあったらさりげなく状態を確認していくのもいいかもしれない。……いや、それらをいちいち報告してたら担当の竜達に悪いかな。仕事を奪っていることになるし。
まあ、あまりに酷いようなら咎めるけど、そうでないなら任せてもいいかもしれないね。私は竜脈の整備に関しては素人も同然だし、そういうことはプロに頼むのが一番だ。
「ハク、何してるんだ? あんまり離れると迷子になるぞ」
ふと、前を歩く王子から声がかかった。
今日は修学旅行最終日なので、最後に色々とお土産を買っていこうとみんなで最後にお店を回っているところだ。
エルからの報告もあり、少し後ろを歩いていたのだが、少々足を遅くしすぎたらしい。
私はすぐに速度を上げ、近くまで寄っていった。
「すいません、少し考え事をしていました」
「そうか、まあハクなら心配ないとは思うが、今日で帰るのだからきちんとついてくるんだぞ」
「はい、ありがとうございます」
「いいえ! あなたなんて置いてきぼりになればいいんだわ! アルト様に気安く近づかないでくれる? しっしっ!」
私が近づくと、間に割って入ってくるエレーナさん。
この人は最後まで私に冷たく当たりまくっていたな。まあ、別に気にしていないからいいんだけど、耳がいいものだからそのキンキン声が割と耳に来る。
できれば仲良くなりたかったけど、まあそれは追々かな。
「そんなこと言わないでエレーナ。私はハクちゃんいい子だと思うけどなぁ」
「そうだな。アルトが気に入るのも納得だ」
「うるさいわね! アルト様は私のものなの!」
騒がしい旅の一幕。今では当たり前のように感じているけれど、元々私はこんな暖かな場所とは無縁の場所にいた。
サリアがいて、エルがいて、王子やシルヴィアさん達がいる。カムイさんのように素直になれない子もいるけれど、それはそれで新鮮な気持ちになれる。
出来ることなら、この騒がしい日常が続いてくれるといいんだけどね。
「ハク」
「なんですか、カムイさん?」
不意に、カムイさんが話しかけてきた。振り返った先にいたカムイさんは少しもじもじとした態度で顔を赤らめながら、意を決したように声を上げる。
「そ、その、これからも、友達でいてくれりゅっ!?」
勢いよく出た言葉は思いっきり舌を噛んで何とも言えない空気を作り出してくれた。
口元を押さえながら涙目になっているカムイさん。さっきから赤かった顔がさらに赤くなっている気がする。
私はそんなカムイさんの頭に手を置いて、優しく撫でた。
「もちろん、よろしくね、カムイ」
感想ありがとうございます。
これで第十一章は終了です。幕間を少し挟んだ後、第十二章に続きます。