第三百九十二話:今後の動き方
一夜明けて、私達は無事に目を覚ますことができた。
カムイさんもすっかり大人しくなり、残った封印石もこちらに預けてくれた。
今まで自分が犯してきた罪の重さに不安を覚えたのか、一緒に寝て欲しいとせがまれて一晩中引っ付かれていたという事件はあったけど、まあそれは些細なことである。
昨日の夜のことは、妙な咆哮を聞いたとか、大きな影を見たとか小さな噂はあったものの、特に大事にはなっておらず、長年封印されてきた竜が復活したという事実は闇に葬られ、この国はこれからも何も知らぬまま過ごしていくことになるだろう。
竜として、竜が悪者のまま放置されるのはあまり気持ちのいいものではないが、ただの修学旅行生がそんなことを言ったところで信じてはもらえないだろう。それに、私達は別に人間達に崇めて欲しいわけではない。世界のバランスが保たれるのならば人間達にどう思われようがあまり関係がないのだ。いざとなれば【人化】して紛れ込むことだってできるしね。
だから、この件はリヒトさんが封印から解放されてよかったね、で終わりでいいのだ。
「ハク、その、ちょっと相談があるんだけど……」
朝起きて身支度を整えていると、カムイさんが話しかけてきた。
そう、リヒトさんの問題はそこまで重要ではないが、カムイさんの方はそうはいかない。
カムイさんは聖教勇者連盟に所属しており、その任務は私とエルの殺害である。今回、その任を果たそうとしたものの、結局途中で改心し、任務を放棄した。
これは私からしたら喜ばしいことではあるが、聖教勇者連盟にとってはそうではないだろう。
今までのパターンとは違う竜と仲良くなった人間(本当は竜だけど)、そして、竜の中でも強大な力を持つエンシェントドラゴン。これらが人間の多く住む王都に住み、平然と学園にまで通っている。
それはいつ起爆するかもわからない爆弾を抱えて過ごすようなものであり、たとえ二人に戦闘する意思がなかったとしても危険なことに変わりはない。
危険なものは排除しなくてはならない。だからこそ、世界平和を守る組織である聖教勇者連盟は人を派遣したのだ。
カムイさんが私達を殺害したとしたら彼らにとってはすべてが丸く収まる。しかし、そうでない場合はどうすべきか悩むところだろう。
カムイさんは聖教勇者連盟の中でもかなりの実力者だと聞く。そんな彼女でも殺害が実行できないとなれば、さらに強い者を派遣するしかない。
そうなれば、また同じことの繰り返しだ。
組織の期待を裏切ったカムイさんも罰せられるかもしれないし、私が殺されなかったという事実は今後の事を考えると割と面倒な事案なのだ。
「私が聖教勇者連盟から派遣されてきた、って言うのは知ってるわよね?」
「はい。聞きました」
「そう。それで、これからどうするかなんだけど……」
「どう報告するか、ですよね」
「ええ……」
馬鹿正直に殺せませんでした、と報告したらそれこそ再び刺客が送られてくる羽目になるだろう。
勇者を倒せることからして、本気を出せば大抵の輩は返り討ちにできるとは思うけど、そう毎回来られては私の私生活に影響が出てしまう。
カムイさんはなんだか結構フレンドリーな感じで来てくれたからそこまでのストレスは感じなかったけど、例えば暗殺者のような人知れず殺しに来るようなタイプの場合いつまでも気が抜けない。それは勘弁願いたい。
まあ、とは言っても、今の聖教勇者連盟は多くの人を失っているはず。なぜなら、先日の鳥獣人騒動で対竜グループの大半は死亡、あるいは捕縛されているのだから。さらに言うなら、勇者すら死亡している。
そんなガッタガタの状態で今のところ被害が全く出ていない私に構ってくる可能性は低いし、正直に報告してもしばらくは安全だとは思う。
「私としては、任務は無事に完了したって報告するのも手だと思ってるんだけど、どう思う?」
「うーん、どうでしょうね」
私やエルを無事に殺害できたと虚偽の報告をするのはまあまあいい手だとは思う。
こうすれば、今後私達が狙われる心配はないし、カムイさんも罰せられることはないだろう。
ただ問題があるとすれば、私の名前はそこそこ有名になってしまっているっていうことだ。
意図して目立つつもりはあまりなかったのだが、私はすでに闘技大会優勝やら対抗試合で勝利やら色々とやらかしている。当然、この国のみならず色々な国に私の存在は知られてしまっているし、そんな私が死んだなんて言ったところですぐに嘘だとばれてしまうだろう。
いくら本拠地は隣の大陸とはいえ、この大陸にも彼らの手の者は大勢いる。その誰かに私が生きていると知られれば、虚偽の報告をしたカムイさんは結局罰を受けることになるし、最悪殺されてしまうかもしれない。
だから、カムイさんのみの安全を考えるならあまりやらない方がいい手ではある。
「なら、まだ殺せていないって言うのは」
「根本的な解決にはなりませんね」
カムイさんは指令を受けてから半年くらい時間をかけてこの大陸にやってきた。だから、無駄に時間がかかったとしてもカムイさんの事だからと見逃される可能性はある。
ただこれも、すでにこの大陸について学園に潜入しているというところまで報告されているようだし、目的地に着いたなら後は殺すだけなのだから、ここで半年とか一年とか経過したら流石に不自然すぎる。
それに、仮にそれだけの時間騙し通せたとしてもいつかは限界が来る。そうなれば、結局新たな人材が送られてくるだけだ。
結局、どう転んだところで追加の人員が送られてくるのは免れない。それこそ、聖教勇者連盟自体を潰さないことには一生付きまとわれることになるだろう。
さて、どうしたものか……。
「……ハクは、竜が世界の管理者だって知っているのよね?」
「ええ。実際にその仕事を体験したこともあります。あれは竜でなければ不可能でしょうね」
「でも、その認識を持っている人はかなり少ない。私は信じるけれど、他にはどれくらいの人が信じているの?」
「そうですね……10人前後でしょうか」
シンシアさんやカエデさんなどの聖教勇者連盟の一部、それに私の正体を知っている一部の人々は信じていることだろう。他にも話した人はそこそこいるが、信じてくれているのはそのくらいだと思う。
まあ、貴族が多く通う学園は竜を悪だとして教育しているし、聖教勇者連盟に匿われている転生者達もそういう風に教育されている。竜の事を敵として見ていないのは対岸の火事として見ていられる隣の大陸以外の人々、それも教育をあまり受けていない平民とかだけだろう。
「それじゃあ、その話をもっといろんな人にして、聖教勇者連盟が間違っているって示せば襲われることもなくなるんじゃないかしら」
「それは……」
聖教勇者連盟は世界の平和を守る組織として全世界に知られている。彼らが行うことはすべて正義であり、そのために多少の犠牲があったところで黙殺されることが多い。
そんな組織に異を唱えるとしたら、それこそ大陸規模の支持が必要となるだろう。
確かに、裏で竜人達を迫害しているとはいえ、表向きには厄介な魔物を討伐したりしているわけで、彼らの信頼はそこそこ厚い。そんな彼らに牙をむけば、今後守ってもらえなくなることは目に見えている。
そんなリスクを冒してまで常識を覆されるような眉唾な話を信じて行動してくれる国がどれほどいるだろうか。
仮にいたとしても、それは戦争の始まりを意味する。しかも、敵は転生者が多数、被害が甚大になるのは目に見えている。
どう考えても、その案は悪手と言わざるを得なかった。
「……いえ、それは止めておきましょう。今のところは、まだ任務続行中でいいと思います」
結論を出すにはまだ早い。どう報告したところでしばらくの間は来ないだろうしその間に妙案が浮かぶことに期待しよう。
感想、誤字報告ありがとうございます。